13-1 行動計画
新しいチャプター(「部」)には入りませんが、今回からいわば「女王国編」というべきパートに入ります。すぐに今まで名前だけ出てきていた人物が……。
運営の指摘を踏まえ、多少改稿しました。
「落ち着いてここに来るのも久しぶりだなぁ。なんかすごく新鮮」
婚姻ウィークの翌日、ぼくはベアトが帰ってくるのを待つ間に拠点に顔を出した。リュミエラとローラは屋敷のほうで警備との調整の真っ最中で、ぼくだけがここにいる。ラウンジでふんぞり返っていると、昨日までのバタバタがだいぶ昔に思えてくる。
「旦那様と呼ばれる気分はどうだい? ぼくたちもそう呼んであげようか?」
ビットーリオがイヤな返しをする。
「絶対にやめてね、それ。けっこう参ってるんだ」
「まじめな話、きみの歳で爵位をもらって当主になってしまうというのは、あまり普通の話じゃないからね。旦那さまと呼ばれて平然としている十五歳がいたら、ぼくはその方がイヤだね」
「これまであまり目立たないことを心がけてやってきたのに、その努力がかなり無駄になっちゃったよ。同窓生の中で最速だし、フェリペ兄様よりも早く家を背負うようになるというのは、変に人の興味を引いちゃって……」
「そのへんは気にしたら負けでありますよ。いつもどおり恥知らずに押し通すのがよいであります」
「恥知らずってどういうことかなっ!!?」
「アンリの恥知らずはいいとしてさ、そろそろ今後どう動きたいのかアンリ自身の考えを教えてよ。それがないとみんな動きようがないからさ」
エマニュエルが雑談を切り上げるきっかけを作ってくれた。それはありがたい。ただ,「恥知らずはいいとして」というところは、全く納得がいかない。
「女王国に行ってみようと思うんだ。拠点の確保もしなきゃならないし、あの国のことをぼくらはあまり知らない。ローザやヨーゼフに話は聞けるけど、いちど落ち着いて見てみたい」
「知らない、ということで言えば、アッピアもじゃないかい? 土地勘があるのはボルダンだけで、それもぼくとヨーゼフとフレドだけだ。ああ、アンリくんもジュゼッペとの組み手なんかで行ってたか」
「うーん、なら女王国からボルダン経由でアッピアを回ることにしようかな。ペドロのところにも、久しぶりに落ち着いて顔を出してみるかな」
「ひと月半くらいの旅になるでありますな。久しぶりの長旅であります」
ひと月半、ひと月半……。なにか頭に引っかかるな。
「アンリ、エリーゼの件はどうするんだい? ひと月半、彼女を放置する?」
エマニュエルが言うが、それはわかっている。とにかく一度、フェルナンデス筆頭大司教に正式にご挨拶に行く必要がある。ただ、それはすぐに行くつもりだし、エリーゼもぼくが国外に出ることがあると理解してくれている。
「それはないよ。そこはちゃんと考えてる」
「そういえば、アンリさまは本当に無職のままでいるつもりでありますか?」
「それだ!」
「……え? どれでありますか?」
シルドラのまっすぐすぎるボケはスルーしよう。さて、どこまで話すべきかな。すぐに全部バラすのはマズい。話すにしても、さすがにこれは様子を見てからにしたい。
「仕事っていうわけじゃないんだけど、ひと月に一度くらい近衛騎士団の親衛隊長のところに顔を出すことになってるんだ。補佐官の肩書きをもらっててね」
「なんでまた、そういうことになってるんだい?」
「うーん、侯爵が勝手に話をそう持っていったんだけどね。顔を出して何が待っているかは、いまの時点ではなんとも」
これはウソじゃないんだよな。
「じゃあ、アンリはひと月を超える不在は出来ないってことか。それだと、女王国とアッピア両方は無理だろ。どちらかに絞るとしたらどうするんだい?」
「アッピアだけだと、またあとまわしにしてしまう気がするんだ。これまでのかかわりも薄いしね。だから、今回は両方行くことにしておきたい」
「だとするとテルマさんに頼るしかないけど……」
今回は、シルドラをここに残しておくつもりだ、だからテルマには頼りにくい。もちろん、行きと帰りだけめんどうを見てもらう、という手もあるが、日程の調整が難しい。
「シルドラ、ベルメイリアはテルマさんの代わり、出来るかな?」
「わたしよりは使いものになると思うでありますが、なんとも言えないでありますな」
魔法については最近開き直りが目立つシルドラだった。
「ここに連れてきて。すこし鍛えてみる」
寝ていると思っていたテルマがそう言ってくれた。ありがたい。さっそく彼女にここに戻ってもらおう。
屋敷に戻ったぼくは、二階の小ラウンジでローラとベルメイリアに今後の予定をざっと説明し、ベルメイリアにテルマのメッセージを伝えた。三階は、今のところぼく、ベアト、リュミエラ、ローラ、ロザリーの五人だけが立ち入り権限を持っている。まあ、ナターリャさんも勝手に権限を手に入れているとは思うが……。
「うう~……、テルマさんの特訓かぁ……ありがたいけど、生きて戻れるかなぁ……」
ベルメイリアは頭を抱えてウンウン唸っている。魔法技術の上達は望むところのようだが、テルマに対する恐怖心が抜けていない。
一方、ローラはけっこうご機嫌だ。ゆうべ長い夜を一緒に過ごした、ということもあるのだろうが、たしかにまとまった行程を彼女と一緒に行くのも久しぶりだからな。
「ひと月かぁ。ちょっと楽しみかも。誰が一緒に行くことになるのかな?」
「ふたりと、あとは土地カンのあるヨーゼフを考えてる。戦闘前提の旅じゃないからそれでいいかな、と思ってるんだ」
「うんうん、いいんじゃないかな」
ご機嫌なローラはとても可愛いから、これで良しとしよう。
「なんの話?」
ふりかえると、ラウンジのドアのところでベアトが覗きこんでいた。ああ、彼女にも話を通しておかなきゃな。
「やっと身のまわりが落ちついたし、そろそろ動き始めようと思って。近く女王国とアッピアをまわってこようと思ってるんだ。一ヶ月ぐらい留守にしちゃうけど、いいかな?」
「もちろん。むしろ、このままダラダラしているつもりかしら、と思っていたくらいだから。ローラさん、アンリくんをその間よろしくね?」
「うん、しっかり監視しておくよ」
仲が良いのは非常によろしいのだが、何を監視するというのだ?
「旅に出るのはいいけど、そのまえにフェルナンデス筆頭大司教様のところには行くんでしょ?」
いまベアトは寝台の上で、少し汗ばんだ躰をぼくに絡みつかせている。ついさっきまで激しくぼくを求めていた彼女が、そのすぐあとにほかの女の子の話をすることは、日本の常識から完全には離れられていないぼくにはまだ違和感がある。だが、カトリーヌ姉様にこっそり訊いてみたところ、そういうものなのだと思うしかないようだ。この世界の女の子は、男に対して独占欲を抱くような価値観を持っていないらしい。独占欲が本能なのか価値観なのか、ぼくには判断はつかない。ただリュミエラにそうだと言われ、実際に周囲の女性に独占欲を感じない以上、そう考えるしかないのだろう。
「うん。ただ、十日くらいのうちには陛下と王宮でお目にかからなきゃいけないし、それが済んだらすぐに出発したいんだけど、ぼくがひとりでご挨拶に行ったあと、ベアトは時間がとれる?」
「なんとかするわ。でないと、エリーゼさんも準備を進められなくて気の毒よね」
第二夫人を娶るときは、まず本人が娶ろうとする女性の家を訪ねて先方の許しを得、そのあとに第一夫人と場合によっては親が一緒に挨拶に出向く。この第二段階は必須ではないが、相手や周囲に与える印象が大きく変わってくる。第一夫人、ひいては家全体の祝福を得ているかどうかがこれで判断されるのだ。第二段階があるかないかで相手の反応が異なる場合もある。
「明日にはロジェに日を調整してもらうよ」
「エリーゼさんを安心させてきてね。わたし、あの方が大好きなの」
「ベアトは安心してる?」
「してるわ。でも……もっと安心させてくれる?」
返事の代わりに、ぼくはベアトの首筋に唇を這わせた。すぐに彼女のくぐもった声がぼくの鼓膜を震わせた。
翌日、ロジェにフェルナンデス家にアポを入れてくれるよう頼みながら、ふと考えた。
(安心させるって、ああいうことなのか? ベアトはエリーゼを安心させて、といったけど……)
とたんにぼくの頭の中は超爆乳が踊る妄想だらけになり、それを振り払うのにえらく苦労した。うーん、この世界に来て、ぼくはすっかり心身ともに節操なしになってしまっったのだろうか。
二日後の夕刻、ぼくはフェルナンデス家のラウンジでアフタヌーンティーみたいな感じでお茶をいただきながら、エリーゼパパの筆頭大司教と向かい合っていた。
「じゅうぶん裏での話が先行してしまっているから、今さら細かいことは訊かないよ。ただ、ニスケス一門に入ったきみでなく、ひとりの貴族としてフェルナンデス家との関係をどう考えるのか、訊かせてくれるかい?」
「これまで縁を持つ機会のなかった教会と、幹部の方を通して縁を作らせていただくことは、カルターナでも旅に出ているときにも計り知れない利をぼくに与えてくれます。ぼくは成り立ての男爵で、ぼく自身がフェルナンデス家のお役に立つことはしばらく出来ませんが、ニスケス侯爵だけでなく、ウォルシュ侯爵やギエルダニア王家とのつながりを提供することくらいは出来ると思います」
こういうときに使わせてもらってこその人脈だ。
「それと、先払い分もあります」
「それは?」
「先走った人たちを排除したのは枢機卿様や大司教様ご自身でしょうが、この件をニスケス侯爵にまかせる判断をしたのはぼくです。黙っていれば、教会内部に変化は起きなかったでしょう」
「いいだろう。もともと確認のようなものだしね」
「では、あらためて妻と一緒にご挨拶にあがります。二、三日中に、ということになってしまうかもしれませんが、よろしいでしょうか?」
「きみも結婚早々忙しいようだね。約束は出来ないが、秘書に調整させるよ」
こうしてエリーゼをめぐる「当主同士の下ごしらえ」は無事に終了した。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




