12-18 ウエディング・ウイーク 下
結婚ウィーク最終章です。が、カトリーヌ姉様のリュミエラとの再会が本題みたいになってしまっています。これも、結婚を機に生じた変化、ということですね。
ぼくはカトリーヌ姉様を三階の自分の部屋に案内した。三階に招き入れる最初の外部の人間が姉様だとは想像していなかったが、見方によっては姉様コンプレックスのぼくらしいかもしれない。
「ふーん、使いやすそうな部屋ね。アンリくんの部屋にしては綺麗に片付きすぎている気がするけど」
「まだ引っ越してから間もない……って、どんなですか、ぼくの部屋のイメージ!?」
「それで? 話って何かな?」
このあたりのぼくのからかいかた、話題の変えかた、姉様だなぁ。
「いまお茶を持ってきてもらってるから、少し待ってて」
そう言ってすぐドアがノックされ、数瞬ののちドアが開いてリュミエラがトレーに乗せたお茶を運んできた。うつむき加減で入ってきたので、カトリーヌ姉様からはまだ顔は見えない。
「あら、ステキな方……いえ、男装の麗人、かしら?」
リラックスしきっている姉様の前にお茶の器が置かれ、リュミエラが姉様を見上げる。ベアトの時もそうだったけど、相変わらずスパイス効いてるな、リュミエラ方式は。姉様は見上げたリュミエラの顔を見るや、すべての余裕を放り捨てて、両手で口を覆ったままの姿で固まる。
「ま、まさか……うそ……でも、そんな……」
「ごぶさたしています、カトリーヌさん」
カトリーヌ姉様はヨロヨロと立ち上がり、リュミエラに歩み寄って手を取り、そのまま床に崩れ落ちた。
「リ、リュミエラ様なのですか……? なぜ……いや、そもそも……生きて、おられたのですか?」
リュミエラは姉様の手を取ったまま床にひざまずき、正面から姉様の目を見た。
「ええ、この通り生きております。話を……聞いてくださいますか?」
カトリーヌ姉様は言葉を発することもできず、ただ頷いた。
「いまのわたしは、アンリさまに忠誠を誓うただのリュミエラです。この手も血で汚れています。カトリーヌさんが憧れてくださったリュミエラ・アンドレッティはもうこの世にはいないとお考えください」
リュミエラは、ぼくがギリギリのところで彼女が奴隷としてどこかに売り飛ばされるのを防いだこと、ぼくや魔族の力を借りて復讐を果たしたこと、その後は表社会に出ることなく、ひとりの冒険者としてぼくに仕えてきたことを淡々と語った上で、そう締めくくった。いや、防いだのはホントに偶然なんだけど。
「そんなことをおっしゃらないでください! そうお話しくださるリュミエラ様は、わたしが存じ上げるリュミエラ様となにひとつお変わりになっていません! いえ、そのお強い心に触れて、わたしの憧れはもっと強くなりました!」
「カトリーヌさん……ありがとう」
カトリーヌ姉様はそこでようやくリュミエラの手を離し、立ち上がった。
「アンリくん」
ん? こっちを向いた姉様が満面の笑顔だぞ? しかも、貼りつけたような……。
「わたし、アンリくんとおしゃべりをしているとき、何度もリュミエラ様の話をしたわよね?」
あ、あれ? こちらに近づく姉様に妙な迫力が?
「う、うん」
「そのとき、リュミエラ様はアンリくんのすぐ近くにいたのよね?」
なんか、やばい雰囲気?
「そうだけど……」
「リュミエラ様を思い出して嘆くわたしは、滑稽だったかしら?」
ヤバい、姉様は怒っている。彼女のリュミエラ・ロスがカラ振りだったこと、そのカラ振りの一端をぼくが担っていたことを怒っている!
ぼくは速攻で土下座した。
「ごめんなさ……え?」
ぼくは姉様にギュッと抱きしめられた。柔らかい髪がぼくの頬をくすぐる。懐かしい姉様の匂いに包まれ、頭がボーッとなる。
「本当にありがとう。大好きよ、アンリくん」
カトリーヌ姉様の涙が、ぼくの頬にも伝わってくる。自制も効かずにぼくも姉様を抱きしめた。
「ごめん、姉様。事情が事情だったから話せなかった。怒るのもあたりまえだよね」
「いいの。事情はわかるわ。でも、どうしていま話してくれたの?」
「いろいろあって、リュミエラにはこの屋敷で活動してもらわなきゃいけないんだ。外に漏れないように注意するけど、万一があるかもしれないでしょ? その時に助けてくれる強い味方がほしかったんだ。姉様、お願いしてもいいかな……?」
姉様は抱き合っていた身体を離してぼくの目を正面から見た。
「姉さんにまかせなさい。できることはなんでもやってあげる。アンリくんが頼ってくれるなんて滅多にないことだものね」
そう言って姉様はぼくの頭をワシャワシャと撫でた。小さいころ、時々こうされたことを思い出した。
「ひとつ訊きたいことがあるの」
ニスケス侯爵邸に向かいがてらカトリーヌ姉様を送っていく馬車の中で、姉様は突然尋ねてきた。
「なに?」
姉様は急にいたずらっぽい目つきになった。
「アンリくんはリュミエラ様と男女の関係なのかしら?」
チャラリーン!
「う、うん……ごめん」
「責めてなんかいないわ。リュミエラ様、昔よりもっとお綺麗だった。身も心も満ち足りてないと出せない美しさ。アンリくんがそうさせているのなら、わたしはアンリくんを誇りに思うわ」
「あはは、わからないけど……そうだといいな」
「ねえ、アンリくん。わたし、またリュミエラ様とお話しさせてもらいに行っても良い?」
「問題ないけど、侯爵夫人になる姉様があまり頻繁にできたての男爵家に足を運ぶのも変かもしれないから、ベアトと相談してくれる?」
「そうするわ。アンリくんもしっかりしてきたのね。姉さん、うれしいわ」
また頭を撫でられた。やめて、といえない自分がどうもね……。
婚姻ウィークの最後を飾る侯爵邸でのパーティーは、招待客数が昨日、一昨日に比べてずいぶんと多い。これは逆にぼくらにはラクだ。「全員と話す」なんていうのはサラサラ無理だから、自然体で話したい人と話し、話しかけられれば応じる、でいい。ちなみにぼくがお願いした招待客は、アウグスト殿下とイネス、そしてジョルジュ兄様と奥様のミリアさんだ。アウグスト殿下はさすがに主賓格で、最初に挨拶に向かう。
「ご無沙汰しています、お義兄さん」
「初めてお目にかかります、アウグスト皇子殿下。ベアトリーチェでございます」
本当はぼくも「殿下」と呼ばなければならないのだが、義兄さん呼びはアウグスト殿下のたっての頼みだ。
「久しぶりだね、アンリくん。いや、美しい花嫁だねぇ。イネスさんから話は聞いていたが、想像していた以上だったよ。この色男!」
「やめてください! それよりまだ『イネスさん』なんですか?」
「うむ、長くそう呼んでいたから、なかなかすぐには変えにくくてね」
「あんただってベアトリーチェさんから『アンリくん』って呼ばれてるでしょ」
イネスが割りこんできて、目でベアトに確認する。ベアトは苦笑しながら頷いた。
今日のイネスはタニアから送られた業物のドレスを着ており、太腿のところにうっすらと短剣が浮き出ている。こんなところに臨戦態勢で来ないでくれよ。
「ほっといてよ。同窓からそのままなんだからしょうがないだろ。お義兄さん、ベアトリーチェともども、今後ともよろしくお願いします」
「もちろんだ。奥方と一緒に、近々うちに招待させてもらうよ。ときどきカトリーヌさんやフェリペくん、ジョルジュくんを呼んでいるんだ」
「「ありがとうございます」」
「アンリ、あんたはいいわよ。あんたの内緒話が出来なくなるから」
そういうことはやめてください!
それからしばらくグルグルしていると、ジョルジュ兄様から声をかけられた。
「さすがの招待客の数だね。なかなか声をかけられなかったよ」
「兄様、お久しぶりです。ミリアさんもお久しぶりです」
ミリアさんとは兄様の結婚式の時に会ったきりだ。かわいらしい人である。
「アンリさん、ご無沙汰してます。一度うちにお呼びしたかったのですけど、お忙しそうでしたのでつい延び延びになってしまってすみません。こんど奥様と一緒に、ね?」
「はい、お声がけありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」
ベアトリーチェもニッコリ笑って頭を下げながら応えた。
ミリアさんは大商家の娘らしく、明るくて気配りの行き届いた人だ。
「ところでミリアさん、ちょっと耳を拝借できますか?」
「なんでしょう?」
「あちらの方なんですが……面識はあります?」
ぼくは、少し離れたところで談笑している中年の男を目で示して見せた。
「面識はありませんが、お顔は存じてます。コレオ商会の会頭です。うちも取引をもちたいと思っているのですが、今のところなかなか……」
「クリストフ・バルデと繋がりがありますから、真っ白な人ではないと思います。それを承知でご関心があれば、紹介して差し上げられますが……」
前もって彼のことはバルデから聞いていたのだ。
ミリアさんはちょっと考え込み、顔を上げた。少し悪い笑顔になっている。この人も単なる「明るい気のつく女性」ではないらしい。
「ぜひ」
「わかりました。ジョルジュ兄さん、ちょっと」
ぼくは二人を連れてコレオ氏のところに連れていった。彼もバルデから話は聞いていたらしく、スムーズに二人を紹介できた。しばらくたって見てみてもまだ話していたので、役には立てたのだろうと思う。
その後もいろいろな人に声をかけたりかけられたり、ミリアさんに反対にめぼしい商家を紹介してもらったりして、気がつくと会場はほぼお開き状態となっていた。長かった婚姻ウィークがついに終わるのだ。最後の客を見送り、侯爵家の人たちにお礼を言ってぼくは昨夜使わせてもらった客室に引き上げた。
ロベールやマリエールと一緒に夕食をごちそうになったあと、ぼくはニスケス侯爵邸を辞した。ベアトはこの一週間に使いっぱなしになっていた実家のあれやこれやの整理もあり、戻るのは翌日になるらしい。
馬車に乗りこむと、この一週間存在を薄くして護衛に集中してくれたローラがすでに乗っていた。今日は御者横の護衛用の席ではなく、キャビンだ。動き出すとすぐ、ローラはぼくに寄りかかってきた。
「ローラもお疲れさま。一週間ありがとう」
「アンリもね。淋しかったけど、アンリの様子を見てたら文句も言えなかった」
「気づかいありがとうね」
ぼくは軽くローラにキスした。彼女はぼくの首の後ろに両腕を回してギュッとしがみついてくる。
「アンリ、今夜……ダメかな? 疲れてるならガマンするけど……」
ローラのねだりかたは可愛い。断るなんてありえないほど可愛い。ベアトとの結婚プロセス完了当夜だけど、ありえない。
「汗を流して着替えたら部屋に行くよ」
「あ……すぐじゃなくてもいい。ぼくも汗を流したい」
「別にいいよ。ローラの汗の匂い、好きだし」
「バカ! 変態!」
そう言ったローラは、首に回した腕の力をギュッと強めた。
その夜、ぼくは「疲れは本能を加速する」という真理を実感した。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




