12-17 ウエディング・ウイーク 中
狂乱と汗の五日間、その中編です。
ヒューバート殿下が起こした騒ぎでぼくたちとの接触に多少腰が引けている人は何人かいたが、大半はなにもなかったように会話を交わしてくれた。主だった出席者をひととおりまわったところで飲み物をとってひとやすみしていると、リシャールとルカがやってきた。ベアトのところにも彼女の友達がやってくる。
「さっき見てたぞ。お前、ほんとうに妙なところで肝が据わってるよな。ぼくだったらもっとビビったかもしれない。殿下は基本いいかたなんだが、感情的になりやすいのがな……」
ジョシュア殿下に着いていたフェリペ兄様も、去り際に「ムチャするな。ヒヤッとしたぞ」と言い残していった。
「脚はけっこう震えていたけどね」
三人で笑ってその話題は終わる。
「でもベアトリーチェさん、ほんとうに綺麗だよ。もともと綺麗な人なのは知ってるけど、今日は特別だね」
ルカが友達と話しているベアトを見てそう言った。
「ぼくはベアトリーチェさんに負けないあのドレスがすごいと思ったな」
「今日のはパウラ様とうちの母さんが特別気合いを入れて作らせたドレスだって。覚えておけよ。女性はほんとうに大変だぞ? ここまでぼくはほとんど放置状態だよ」
二人はとても渋い顔になった。
どうにか全員と言葉を交わし終わったころ、侍従長がパーティーの終わりを告げ、参加者も三々五々引き上げていく。ぼくも最大のイベントの終了に軽い眩暈を感じるほど脱力した。
「アンリくん、お疲れさま。今日が終われば終わりはすぐソコね」
「それはベアトだから……。ぼくはまだ全然解放されてないよ」
「アンリくんが気を抜きすぎるとロクなことがないから、気を張ったままでいたほうがいいわ」
いまひとつ信用がないのがつらい。
「ベアト、それじゃ今日も頑張ってね」
屋敷に帰り着き、明日への準備に忙しいはずのベアトに激励の言葉を贈った。
「なに言っているの? 今日はアンリくんも徹夜よ?」
「なんで?」
「今晩はどう動けばドレスがどうなるかを見ながら最後の調整をするの。その時に、わたしをエスコートする旦那さまがいなくてどうするの?」
「え、でも今日の準備はそんなこと……」
「昨日はお父様とお兄様が交代でつきあってくださったわ。今日と明日はちゃんとつきあって? 今日はときどき、歩くのが速すぎるときがあって困ったのよ?」
これはぼくに抗弁権はあるまい。結婚するって、当主になるって、いままで想像もしなかったいろんなことがあるんだなぁ……。
「……わかりました」
その夜は徹夜にこそならなかったが、部屋で、あるいは明日のために使用人が忙しく立ち働く庭でベアトの横に立ち続け、ベアトに言われるままに歩き続けた。
翌日はさいわい朝から雲ひとつない好天気になった。朝から屋敷の周囲にはドルニエの警備を受け持つ第一騎士団が警備のために展開している。貴族的には幸いなことなのだが、ニスケス侯爵の意見で駄目元でリストに突っこんだ有力高位貴族がけっこう出席の回答をしてきている。そのために警備もピリピリしているようだ。
昼すぎに主催のぼくの挨拶で披露宴は始まった。ウォルシュ侯爵・男爵夫妻、アレハンドロ侯爵・男爵夫妻とリラックスして話せる相手から回り始め、ついでにカトリーヌ姉様、アレハンドロ男爵の従者として同行させてもらっているマルコと言葉を交わす。
「こういうアンリくんは初めて見るけど、けっこうカッコいいわよ。貴族社会の魑魅魍魎の中でもじゅうぶんやっていけるんじゃない?」
「勘弁してください、カトリーヌ姉様。それより、終わったら少し話があるんですが、時間ありますか?」
「大丈夫よ。旦那さまには待っていてもらおうかな」
「ああ、大丈夫です。うちの馬車でお送りします」
じつは、今日は重大な決意をもって臨んでいる。カトリーヌ姉様をリュミエラに会わせるのだ。彼女が屋敷にいる以上、万一のことがあったときのために貴族社会の中に一人は味方を作っておきたい。披露宴以外に神経を使うべきではないのだが、カトリーヌ姉様がうちに来ている、というのはいい機会なのだ。
「すげえな、アンリ。すっかり一丁前の貴族だな」
マルコがチョコチョコと顔を出してきた。さすがに場の雰囲気にはすぐにはなじめないらしく、ちょっと居心地は悪そうだ。
「マルコさん、お久しぶり。アンリくんの実家はどう?」
「伸び伸びさせてもらってるよ。ベアトリーチェさんも……いつもどおり綺麗だよ」
ベアトはガックリと落ち込んだふりをした。
「いつもどおりかぁ。けっこう気合いを入れて飾ったつもりなんだけど、あまり効果なしかぁ……」
「あ、そういうことではなくて……」
マルコ、もうちょっと女の子にかける言葉のTPOを勉強しようぜ。
少し動き回ったところで、フェルナンデス筆頭大司教が声をかけてきてくれた。そして、わざとらしくエリーゼを紹介する。今日の大司教は、披露宴に呼ぶ理由を作りにくいエリーゼを護衛として連れてきてくれたのだ。
今日の彼女は、こういう場での護衛らしく白のロングコートを羽織った飾り気の少ないドレス姿だ。コートはあるていどの魔法抵抗とそこそこの物理強度を持たせた特別のものらしい。タニアがイネスに作ってあげたドレスにはだいぶ及ばないが、普通に業物である。ただ、多少の伸縮性を持たせてあるようだが、逆にそれによって胸部装甲のあたりはとんでもないことになっている。ボタンが飛んだりしないといいが……。
「アンリさん、おめでとうございます。ご挨拶、素敵でした。ベアトリーチェさんも、おめでとうございます。今日はいつもにまして素敵だわ。まるで女神が舞い降りたみたい」
「エリーゼさんも凜々しくて素敵。その姿はわたしには真似できないわね。うらやましいわ」
「そんな……こんな地味な姿で晴れの席にうかがって良かったのかしら……」
うんうん、いろんな意味で全然問題なし。正妻と側妻候補の仲がいいっていうのはありがたいね。
ベアトはガールズトークをほどほどに切り上げ、ぼくを巡回業務に戻るよううながした。腕をぼくの腕に絡めてぼくを誘導するように歩いて行く。柔らかいものが二の腕のところで潰れて非常にいい感じだ。そう、客観的に見ればベアトの胸部装甲も決して小さくはないのだ。手のひらにはおさまりきらないボリュームで、一度だけ彼女が寝台の上で両手両膝で身体を支えていたときには、ブルンブルンと重そうに揺れていた。それをぼくが後ろから抑えるのをベアトは悦んだ。
有力どころを中心にいろいろ言葉を交わしていくが、概してベアトの注目度のほうが高い。それはそうだろう。近衛騎士団親衛隊長補佐官などという意味不明な肩書きを与えられ、それすらまだあまり知れ渡っていないぼくに比べて、ベアトは在学中から注目度抜群で卒業後すでにあちこちの集まりに顔を出している最有力貴族の娘なのだ。コネを作るなら、まずベアトとのコネだよね。
そんな中、ベアトととある奥様の会話が終わるのを待っているとうしろから声をかけられた。振り向くと、ひとの良さそうなオッサンが夫人らしい年格好の女性とマイヤを連れていた。どうやらこの人はジレス子爵であるようだ。ベアトにそれとなく知らせると、彼女はうまく会話を終わらせて、ジレス子爵夫人をまじえてマイヤと再会を喜び合った。マイヤはすでにシャナ王女の計らいで女王国に居を構えている。
「在学中、娘が世話になったそうだね」
「いえ、自分は特に何も。妻がマイヤさんとほんとうに仲が良かったので、そのおかげで運良く知己を得ただけですから」
いろんな意味でそれだけじゃないがな! 世話になったことは間違いないが、それなりの代償は払っているはずだ。
「たしかにベアトリーチェ様に近づく虫、という言いかたもしていたな」
「なっ……!」
親にまで言っていたのか。とんでもねえな。
「それも親しみを感じていたからこそだろう。ときに、きみは……親衛隊長の補佐官になると聞いたが?」
「はい。具体的に何をすることになるのかは、いまはサッパリですが」
ジレス子爵はすこし考え込んでから口を開いた。
「そうか……。まあ、変な男の独り言だと思ってほしいのだが……これからいろいろな話を耳にすることになると思うが、自分の気になる話以外は聞き流すほうが気楽に生きられるものだよ」
「……」
「話をするときにも、知っていることを全部相手に話す必要なんてない。自分が知っていることは、まず自分のために活かしてこそ自分の価値を高められる。それがこの世界のうまい生き方だと考えているのだが……そうは思わんかね?」
陛下が蒔いてきたタネを全部拾う必要はなく自分が気になったことだけを拾えばいい、そして得た情報をすべて陛下に伝える必要もなく自分のために利用するのも可……と解釈すべきなのだろうか。ああ、ジレス子爵も「話し相手」のひとりなのか。ぼくの肩書きから何かを感じ、娘の友達の結婚祝いとしてアドバイスをくれたのだろう。この言いかたでもけっこうリスクはある。ほんとうにデカいプレゼントだ。
「はい。ほんとうに参考になりました。ありがとうございました」
ジレス子爵はぼくの肩をポンと叩くと、奥方や娘のところでただの人の良いオッサンの顔に戻った。いや、ああいうアドバイスをくれるというのは、ほんとうにいい人ではあるんだろうな。
その後、どうにか招待客全員と顔をあわせ終わったころ、大物から徐々に引き上げはじめた。というか、ぼくたちがミッションをコンプリートしたのを見計らって、アレハンドロ侯爵がそれとわかるように口火を切ってくれたのだ。自分の影響力をじゅうぶんわかった上で場をみなが望む方に動かす行動をとる。こういうところが大物たるゆえんで、ロベールが親交を結んでいるポイントなのだろう。ほどなく披露宴は完全にお開きとなった。
さて、ベアトには先に侯爵邸に向かってもらって、ぼくはひと仕事こなさなきゃ。
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