12-16 ウエディング・ウイーク 上
アンリの結婚騒動、いよいよ本番開始です!
「今日のアンリくん、珍しくガチガチでかわいかったぁ」
ベアトがクスクス笑いながらからかうように言った。いまは、三日後にここで行われる披露宴用の彼女のドレスをぼくの部屋でお披露目している最中である。彼女が笑っているのは、今日行われたフォーゲル男爵としての結婚報告の儀式での、ぼくのぎこちない振る舞いについてだ。
ぼくと一緒に引っ越してきたベアトであったが、ほとんどここにはとどまらずに侯爵家に逆戻りだった。ベアト用の準備のかなりの部分はドレスや装飾品関係になるわけで、パウラ様と、たまにマリエールがベアトと一緒に業者と打ち合わせを繰り返す必要がある。そして、もちろんぼくはお呼びでなかった。
ぼくは地球でいうところのホワイトタイのような感じの一式でほとんど全部押し通せる。だが、今日の陛下への正式の結婚報告から、明日の教会での宣誓と祝福の儀式、明後日の王宮の国王主催「自分に仕える者の結婚を祝うパーティー」、三日後にここの庭で行うぼくたち主催の披露宴、四日後にニスケス侯爵主催で侯爵邸で行う「自分の子供の結婚を披露する宴」と、五日連続で主役としての艶姿を見せなければならない。もちろん、毎日まったく違う装いでだ。負担はぼくの比ではない。
というわけでこの何日か、ぼくは毎日王宮に出向いて手続き的なあれやこれや、ベアトは実家に詰めっきりで最後の準備という感じで、今日の王宮の儀式前に久しぶりに顔をあわせたのだった。そして、明日は比較的負担の軽い教会、ということもあり、実家に戻る前にここに寄ってぼくにドレス姿を披露してくれたのだ。
「ベアトが何の迷いもなくこなすのが、ぼくからすれば神業だよ」
「だって、ひとつひとつの儀礼に意味と背景があるんだもの。それをわかっていれば迷ったりしないと思うんだけど。儀典の授業でやってたでしょ?」
おっしゃるとおりで、ひとことも言い返せない。
「あのころは自分に縁のあることだと思っていなかったもので……面目ない」
「で、そろそろ感想を聞きたいんだけど、どう?」
ベアトはドレスの裾をひるがえして、クルッとまわって見せた。
「えっと、ぼくなんかが隣に立っていいんだろうか、と思うくらい。見れば見るほど複雑で綺麗なデザインで、全然見飽きそうにない。でも、それに負けないベアトがもっとすごい、かな」
「ギリギリ合格点で、許してあげる」
ベアトがぼくの頬に軽くキスする。手を伸ばして抱き寄せようとすると、軽く押し返された。
「今日はダメ。ドレスになにかあったら大変だし、着替え直したらすぐにお母様のところにもどらないと。部屋の外でロザリーがやきもきしてるわ」
「えー……」
じつは彼女はこの屋敷で到着の夜ひと晩しか過ごしていない。初めての夜以降、じつはその時だけしかベッドをともにしていないのだ。その時のベアトのあまりに可愛かったこともあって、お預け状態がかなり辛くなっている。
「わたしだって淋しいのよ、ホントは。でも、今週は頑張ろ?」
窘めるような口調でニッコリされると何も言えない。まだ五分の一が終わったばかりというのもたしかだ。心身の負担から言えば、十分の一くらいかもしれない。体力も温存しなきゃね。
教会での儀式は型どおりあっさりと終わった。有り体に言えば、定番の宣誓の言葉を述べ、定番の祝福の言葉を式を取り仕切る神殿長からいただく。時間にして二十分くらいか。定位置にすべての関係者が着くのにかかる時間のほうが長いくらいだった。
むしろ、教会側で列席していた枢機卿総代と筆頭大司教と話した時のほうが緊張した。言わずと知れた、エリーゼのお祖父様と父君だ。
式が終わるといったん新郎新婦は別の控え室に別れて退出する。二人はそのぼくの控え室にいた。
「フォーゲル男爵、初めてお目にかかる。筆頭大司教のロベルト・フェルナンデスだ。こちらはわたしの父でフランコ・フェルナンデス枢機卿総代だ。まずはおめでとう、お疲れさまと言わせてくれ。立派な立ち居ふるまい、感心したよ」
枢機卿総代も黙って頷いてくれる。
「アンリ・フォーゲルでございます。過分のお言葉、恐縮の極みです。そして、ニスケス侯爵と相談の上とはいえ、これまでご挨拶にうかがうこともせず、大変失礼いたしました」
「かまわんよ。しきたりだからね」
エリーゼは第二夫人になる。法的に第一夫人がいない人間が第二夫人の話をするのはルール違反なのだ。形式的なことだがこのタガを外すと、第二以下がたくさん居るのに第一が居ない、とか妙なことをするものが出てきてけっこう混乱するのだ。
「それにしても、噂に違わず美しく気品に満ちた花嫁だった」
「自分には過ぎた妻であると考えています」
「そういうことは考えず、全力で幸せにしてあげたまえ。エリザベートからも祝いの手紙を預かっている。あとで花嫁と一緒に読んでやってくれ」
ぼくは深く礼をして手紙を受け取った。
その後、時間があまりなかったこともあり、週明け以降出来るだけ早く大司教総代の屋敷を訪れることをぼくが約して二人は退室していった。枢機卿総代は終始無言だったが、部屋を出るときにぼくの背中を強く叩いていった。好意による気合いだと思いたい。メチャクチャ痛かったが。
帰りの馬車の中で、ぼくはベアトと一緒にエリーゼの手紙を読んだ。「フォーゲル男爵様と令夫人にお目にかかるのを楽しみにしています」と締められた文面は、素直な気持ちが伝わってくる温かいものだった。
「出来るだけ早く、二人でお目にかかりましょうね」
「うん」
三日目、鬼門の王宮パーティの日になった。
このパーティーは形の上では国王主催だが、国王はあくまでも名前と場所を貸すだけ。実態は招待者の選考をはじめ、自分たちで中身をすべて考えなければならない。この場合の「自分たち」というのはだいたい両家の親で、その意を受けて両家の執事が調整に動き回る。ジョフレも忙しそうだった。
主催と言っても通常国王は出席せず、ジョシュア王太子が名代となる。主催者名代としてすることは、冒頭の祝いのスピーチだけ。あとをどう仕切るかは新郎新婦次第という、けっこう学生上がりのぼくたちには無理難題だ。
それでも、ベアトはそれなりに出席者に顔見知りがいるようだが、貴族の子弟らしいつきあいをあまりしてこなかったぼくはけっこう辛いものがある。王太子のそばにフェリペ兄様は居るし、王宮関係者ということでリシャールとルカを頼みこんで招待リストに入れてもらっているが、いきなりそこに行くわけにもいかない。
ジョフレ王太子にスピーチのお礼を丁重に申しあげた後、侍従長、宰相、閣僚、各騎士団長と要路をベアトとまわっていたのだが、偶然あるところで別々に声をかけられたぼくとベアトが背中合わせになった。その瞬間、ぼくは腕を強い力でつかまれ、明後日の方向に引きずっていかれた。
周囲はあっけにとられたが、すぐに知らぬふりをする。ぼくは誰とも知らぬ相手にそのまま会場の隅まで連れていかれた。立ち止まって向かい合った相手は、けっこうな偉丈夫だった。
「初めて顔をあわせるな。第二王子のヒューバートだ」
チャラリーン、鼻から牛乳……。
「初めてお目にかかります。アンリ・フォーゲル男爵にございます」
やっべえな。ネタはわかりきっている。男の子として引くワケにはいかないが、刺激しすぎてもまずい。押し引きを間違えないようにしなきゃ。
「呼び止めた理由はわかっているのだろう? なにか言うことはあるか?」
「さて、自分には殿下にそのように厳しく問い詰められるおぼえがないのですが……?」
「しらばっくれるな。オレがベアトリーチェに結婚を申し込んでいたのは知っているだろう。彼女が貴様を選んだことについてはなにも言わん。だが、貴様はなにも思うところはなかったか?」
けっこう無茶を言われているよね。陛下は侯爵に「放っておけ」と言った。なら、そこからすべての対応を考えるべきだ。
「存じません。そのような話は最近に耳にいたしましたが、なにぶん結婚が本決まりになった後でしたので、如何ともしがたいかと。それ以前に自分がその話を耳にしなかったのは、それを自分に聞かせる必要を誰も感じなかったからかと存じます」
「たとえそうであったとしても、何かひと言申し開きをする気はなかったのか?」
結婚の申し込みと返答は家同士の問題だ。国王陛下とニスケス侯爵の間で話がついているならば、ほかの誰もそこに口を挟む余地はないはずだ。
「何を、でございますか? この場にはベアトリーチェもおります。妻はこの場に殿下がお出ましのことを承知していてなお、あのように堂々としております。自分がここで何か殿下のお気に添うことを口にすれば、それは妻に対する侮辱になります。殿下は自分に妻をおとしめさせたいのでしょうか?」
「こざかしいことを……いいか、オレはっ、……」
「ヒューバート、やめろ。それ以上王家の恥をさらすな!」
うしろから響いてきた声に振り返ると、そこにはジョシュア殿下がベアトを連れて立っていた。
「兄上! しかし……」
「どう見てもお前の分が悪い。そもそも、この件は父上がニスケス侯爵に『放っておけ』とおっしゃったのだ。お前が口を挟む余地はない。来い。これ以上ここにとどまることは許さん。少し自分の部屋で頭を冷やせ」
ヒューバート殿下はジョシュア殿下にうながされ、ぼくを一瞬睨んで退出した。ジョシュア殿下はぼくのそばを離れるときに「あれでよい。陛下にも伝えておく」と囁いていった。
しばし呆然と立ちん坊になっていると、ベアトが腕を絡めてきた。
「ごめん。やりすぎたかな?」
「ううん、わたしもあれでいいと思う。陛下とお父様のやりとりはわたしも聞いていたもの。アンリくんが一歩も引かなかったの、嬉しかった。ちょっとカッコよかったよ」
「ヒューバート殿下の取り巻きとかも居るだろうし、ベアトがやりにくくならないかな?」
「見くびらないで。ジョシュア殿下があのように対応されて、それでも何か言ってくる人がいるなら、わたしのほうから絶縁してやるわ」
こえ~。まあ、ベアトがそう言うのなら、この件はこれで棚上げしよう。ヒューバート殿下とは今後顔をあわせにくいのはたしかだが、そもそもほぼ無職のぼくは殿下と会うことも滅多にないだろうし、いやがらせもされる局面が想定できない。
さて、パーティーはまだまだ続く。頑張らないとな。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




