12-14 入居前夜
主役級の登場のしかたでありながらその後消え去ったかと思われた人物が、すっかり壊れて登場!
プリシラさんを護衛チームの一人としてカウントするための条件だったもうひとりの護衛要員のリクルートは、ある意味であっさりと完了した。リクルート対象はガブリエラだ。
「なぜわたしにその話を持ってきたのですか?」
ガブリエラの第一声は、予想されたとおり単純な疑問だった。声を荒げるでもなく、怒るでもなく、はたまた自分の値をつり上げる計算があるでもなく、ただシンプルに「?」だった。ぼくという存在に関する関心の欠如のなせるワザだ。多少中性的な美貌と、道ばたの石を見るような美しくも空虚な目がその無関心を引き立てる。
エリーゼに便宜を図ってもらうことによって、ぼくはエリーゼと同じく聖騎士見習いとなったガブリエラ・クロワールと話をする機会を得た。彼女を護衛にリクルートすることについては、何度か行動をともにした経験のあるエリーゼも賛成してくれたのだ。もちろん、素直で真っ白なエリーゼには隠れた事情のあれやこれやの存在を疑うような発想はない。隠しごとをしてごめん、エリーゼ! その隠れた事情を使ってリクルートするからもっとごめん!
「ごめん、やっぱり非常識だね。リュミエラと一緒に働くことになるから、彼女と縁のある人を、と思って相談に来たんだけど、あきらめるよ。すぐにでも他を当たって……」
「アンリさま、是非ともわたしにその役割を!」
ガブリエラは、ぼくの足もとにひれ伏し、パンツの裾をつかんで縋るような目つきでぼくを見上げる。
「いやでも、聖騎士になるような人には役不足だし失礼にもあたるよね、考えてみれば。やっぱり冒険者ギルドあたりで紹介してもらうのが……」
「地べたを這いずり回るのが似合いのわたしのような女にはそれこそ過ぎたお役目です! なにとぞ、なにとぞこのガブリエラにアンリさまのお屋敷で働く機会をお与えください! 聖騎士団など明日にでも、いえ、いまこれからすぐに退団いたします!」
見事なまでの手のひら返しっぷりにドン引きつつも、念のためにもう一段階あおっておくことにする。
「わかったよ。それじゃ『万が一』気が変わらなかったら、明日の夕方にぼくの入る予定の屋敷に来てくれるかな? ほかの候補者のあとで面接するから……」
「必ずや、必ずや参上いたします。わたしが参るまで結論などお出しになりませんよう、なにとぞ! 手土産も携えて駆けつけます!」
「うん、たぶんガブリエラさんは考え直してしまうと思うけど、いちおう待ってるよ。来てもらえなかったら、その時は残念だけどあきらめてほかの人に頼むことにするから」
翌日、ガブリエラは大きめの荷物を抱えて昼前にやってきた。ほんとうに走ってきたようで軽く息が切れていたが、なぜか彼女はひとりではなかった。彼女のうしろでほんとうに息を切らせて死にそうにしている女の子がいる。いろいろ意味がわからなかった。
「ガブリエラさん、その荷物は? 外出にしては大きいみたいだけど……」
「すでにクロワールの家とは縁を切り、聖騎士団も辞して参りました。これを覚悟のあらわれとお考えいただき、帰るところのないこの身、是非ともこのままこのお屋敷においてくださいますよう、お願い申しあげます」
土下座だった。
「その前に訊きたいんだけど、そのうしろの女性は?」
「これは教会で司祭見習いとして働くことになっておりました、学院の同窓生のアナベラ・ミューズでございます。お約束した手土産でして、わたしが三年間手塩にかけた床上手なれば、煮るなり焼くなり犯すなり侍らすなり、いかようにも……」
「ちょっと待ていっっ!」
返った手のひらが何回まわったのか、もはやわからない。ツッコミどころが多すぎる。彼女がすでに聖騎士団をやめてしまったことなど、もはやなんてことのない問題に感じられた。
ぼくは、ツッコミどころの中でも最大のものと思われる「手土産」のアナベラさんと向き合う。司祭服に身を包んだ彼女は、少し影のある細身の美しい女性だ。ただ、幸薄い系の少しいびつな色気があちこちから溢れている。
「えっと、アナベラさん? どうしてこうなったのかわからないんですけど、ぼくはあなたをどうこうする気はありませんので、安心して教会に戻っていただいて……」
「あの……それは困るんです」
「はい?」
ぼくは固まった。意味がわからなかった。「困る」というその返答がうまく解釈できない。
「ガブリエラさんの言いつけでアンリさまにお仕えするようこちらに参りました。教会もすでに籍を抜いております。家はギエルダニアですので、身を寄せるところもドルニエにはございません。どうか、こちらに置いていただけないでしょうか? どのようなご命令でも承ります。伽も喜んで……」
「いや、変でしょう!? ガブリエラさんの言いつけでって、どういうことです?」
「どういうこと、と言われましても、ガブリエラさんのご指示に従うのがわたしの使命であるとしか……」
頭が痛かった。どう壊れているのか、すぐには判断できないほどどちらも壊れている。
「あの、とにかく……」
「アンリさんアンリさん、ちょっとこちらへ~」
いつの間にか立ち聞きしていたらしいナターリャが、ラウンジの外からぼくを呼んだ。中座をふたりに詫びて指示に従う。
「おもしろいことになってますね~。さすが女がらみのゴタゴタを呼び寄せる天才ですね~」
「からかうだけならわざわざ呼ばないでください! いちおう面接中なんですよ?」
「いえ、あのアナベラちゃんなんですけどね~、十二歳まではシュルツクにいたんですよ~。子供ながら教会でも理論魔法の天才という評判でしたね~」
え? なにそれ? 十二歳で理論魔法、って、意味がわからない。
「最近ウワサを聞かないと思ったらこういうことになっていたんですね~。たぶん、確保しといて損はないと思いますよ~」
「こ、こういうことって?」
「ガブリエラちゃんが夜のオモチャにしていたに決まってるじゃないですか~。もう完全にいいなり状態でしょうね~」
ひどい……。床上手とはそういうことか。ガブリエラはリュミエラに骨抜きにされる前から百合の人間だったんだ……。
「それじゃ、ますますここに置かないほうがいいのでは?」
「ムリに彼女の言い分を否定すると壊れちゃうかもしれないですね~。それよりはここに置いて使い方を考えた方がトクですよ~。とりあえず魔法研究の手伝いをさせてみますので~、昼の間はわたしに預けてみてください~。ブランクを取り戻せば化ける可能性大ですよ~」
むう、人材は喉から手が出るほどほしい。そして研鑽を三年間サボったとはいえ、ナターリャがここまで言うってことは、よほどの才能を見せていたわけだ。
「そこまでおっしゃるなら……。ただ、何故に昼だけ?」
「夜はアンリさんのお世話があるでしょう~。最初は言うとおりにさせてあげないとダメですよ~。エリーゼちゃんや侯爵令嬢には黙っていてあげますから安心してください~」
「ちょっと、それは……! 夜まで面倒みてくださいよ!」
「わたしの貞操を危険にさらすのはゴメンです~。それにガブリエラちゃんと精神的に引き離すためにも荒療治は必要かもしれませんしね~」
「それはそうかもしれませんが……」
「それに考えてみてください~。アナベラちゃんの素質は保証します~。ガブリエラちゃんだって、壊れてるとはいえ英雄候補の目くらましになるくらいには出来る子ですよ~。ここは人材を二人確保するかゼロかの分かれ目なんです~」
むう……そこは苦しいところだ。そして、じつは二人確保するかどうかだけの問題じゃない。あのナターリャが自分から助けてくれる気になっているのだ。三人、と言っても過言ではない。
「わかりました。もしものときは、助け船をお願いしますよ……?」
「気が向いたら出してあげます~」
大きな不安を感じつつも、ぼくはガブリエラとアナベラの二人を雇い入れることにしたのである。
ガブリエラを信頼しきっているエリーゼはともかく、ベアトがガブリエラをどう見るかはちょっと不安だったが、ガブリエラの外面はそれは見事なものだった。最終的に落ちついたのは、「警護隊長」がローラ、その指揮下にガブリエラとベルメイリアとなり、ローラが不在の時はガブリエラをプリシラさんが補佐する、という形だ。エリーゼが来ればガブリエラは主にエリーゼ担当、ぼくとベアトは臨機応変、という感じになる。
ベアトとエリーゼがガブリエラの採用を快諾したことで、フォーゲル男爵家の体制作りは一段落した。マリエールやパウラさまの眼鏡にかなったメイド六人と新しいベアト専属の計七人、ニスケス侯爵ゴリ押しの料理人と三人の見習いを、ロジェとロザリーがリュミエラのサポートを受けて統括する。屋敷の外は、ニスケス侯爵邸の庭師の推薦を受けたベテランが四人を束ね、うちの領地騎士団のエンリケが当面警備長として九人の警備兵を指揮する。外回りを含めた全体は、やはりロジェが監督する。
「さてアンリさま、いよいよですね」
ぼくの部屋に現れたタニアが、正面からぼくの目を見て語りかけた
働いてもらう人たちは数日前から屋敷に入ってもらっている。明日は「警護隊」と一緒にぼくとベアトも屋敷に移る。その三週間後にはぼくがアンリ・ド・リヴィエールからアンリ・フォーゲルになるためのセレモニーの開始である。
「ここまでは準備段階でした。アンリさまにはどこかに逃げ道が用意されていたはずです。ですが、ここからは自分で責任を負いながら、道を切り開かねばなりません。もう一度訊きますが、覚悟はおありですね?」
「うん。ぼくだってこのときのためにいろいろ考えてきたんだ。無駄にするつもりはないし、これからも考え続ける」
「まわりのすべてを利用する覚悟も変わりませんか? 奥様たちさえも」
「最初からそのつもり。だから、彼女たちにもぼくを利用してもらう」
「まったく、この歳の人間に『奥様たち』なんていうとは思ってもいませんでしたよ。妻二人に愛人二人ですか? どうしてその能力に制限がかからなかったんでしょうね」
「そ、それはいいから、いまは……」
「わたしはド・リヴィエール伯爵家が気に入っています。でも、この時代に人間界にいるわたしにとって、家と呼べるのはマリエール様のいるあの別邸だけ、ほんとうに大事な人は誰かと問われれば、わたしはマリエール様と応えます。わたしはマリエール様を悲しませるどんなものも許すつもりはありません。たとえそれがアンリさまであっても」
「わかってる」
「そして、マリエール様が何より大切に思っているイネス様とアンリ様は、わたしにとっても大切な方たちなのですよ。一般論でいえば、大切な方たちが困っていれば、手をさしのべたくなるものだとも思っています」
タニアはそれ以上はなにも言わなかった。だが、ここに及んで、ぼくはタニアの中に少しではあるがツンデレ属性があることをはじめて知った。
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