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12-13 天敵二人

このふたりの相性がよいことが、アンリには幸運なのか不運なのか……。

「プリシラさんは、ナターリャさんの助手兼護衛とうかがいましたが?」


 ナターリャたちが引っ越し作業を一段落させ、ぼくが動揺を鎮めたあと、ロジェにお茶を用意してもらって、まだ備え付けの家具しかないガランとしたラウンジで一服する。


 ぼくはプリシラさんのナターリャとの関係について確認してみることにした。どうしても、助手兼護衛という表現がピッタリこない。特に「助手」の部分だ。


「いえ、自分はナターリャ様の単なる護衛です。ナターリャ様の助手などが務まるような才は自分にはありませんので」


 ほらあ! この説明はぼくのイメージとピッタリじゃないか!


「どういうことです?」


「プリシラちゃんが助手かどうかはプリシラちゃんではなくてわたしが決めることですよ~。プリシラちゃんはわたしの研究をじゅうぶん助けてくれてます~。だから助手なんです~」


「そのようなお言葉を頂けるとは、光栄の極みです。ただ自分は全力で護衛を務めさせて頂いてますので、ほかの役割は満足にこなせないとは思いますが……」


 なんかこのふたりの間の空気感、独特だな。いや、それはともかく……。


「ワケわかんないですよ!」


「だって、プリシラちゃんがいないとわたしの魔法研究は全然進まないんですよ~。新しく考えた魔法を撃ってみて受けてもらって初めて正確に効果もわかりますし~。プリシラちゃんホントに丈夫で助かるんです~」


 ……おい、それはほんとうに助手の仕事なのか??


「恐縮です」


 あたりまえのように流してる!


「あの……、それはひょっとして『助手』ではなくて『実験台』というのでは?」


「どこか違いがあるんですかぁ~? あいかわらずチマチマ細かいことを気にする小さな男ですね~」


 ディスられた。どうしてぼくはこの人とこんなに相性が悪いんだ? ぼくか? ぼくがおかしいのか? 違いはあるに決まっていると思うのだが……。 


「おや、あいかわらずまわりに女を侍らせてよいご身分ですね?」


 前触れなしに背後から閻魔さまの声がした。




「タ、タニア……。どうしたの、こんなところに……」


 ぼくの背中には一気にいやな感じの汗が噴き出している。彼女に対してやましいところはなにもない。というか、タニアは何かをやましく感じる対象ではない。だが、わりとピンポイントで彼女に来てほしくないところに来られてしまった、という気がしてならない。


「アンリさまにお渡ししたいものがあったので。家のかたに託すわけにもいかないものですので、直接お渡ししようとここに来たのですが……これはまたどうしたことでしょう?」


「え……ちょっと込み入っているので、あとでゆっくり説明を……。それより、ぼくにわたすものって?」


「ご結婚のご祝儀です。マリエール様のご長男でわたしの弟子の門出ということで、すこし頑張ってみました。気に入って頂ければ幸いです」


 最大限に丁重な言葉とともに、大きめの包みを乱暴にポンと放ってよこす。ピンポイントで胸元に飛んできたのは、ていねいに布に包まれた、ちょっとゴワゴワした塊だ。


「あ、ありがとう。開けても……いいかな?」


「差し上げたものですから、ご自由にどうぞ。大丈夫だと思いますが、もしお身体に合わなければ直させますので」


 置かれていた簡素なテーブルの上に包みを置き、布を取り去っていくと、軽装鎧に似たものが出てきた。だが、構造はプラスチックみたいな板を使った帷子と言えばいいのだろうか、身体にフィットさせやすい構造になっている。これをつけた上から服を着ても問題なさそうな感じだ。素材は……わからない。すごく軽いが、プラスチックよりは丈夫そうだ。


 横からナターリャが顔を出し、無遠慮に触る。


「あらあら~、これはまた業物(わざもの)ですね~。ドラゴンの背鱗の核の部分ではないですか~。しかもそれをまたドラゴンの髭でつなぎ合わせて帷子構造の脆(もろ)さを補っていると~。これ一つ作るのにドラゴン一頭まるまる必要な感じですね~。種族は……アースドラゴンですか~。地上での戦闘力は竜種最強と言われてますね~」


「……あなた、何者ですか? 少し触れただけでそれの素材を言いあてる人間など、お目にかかったことがないのですが?」


 タニアが目を細めてナターリャを凝視する。ぼくにはわかるが、身体の中では魔力が最適化されつつある。臨戦態勢だ。こんなに戦う準備を整えたタニアを、ぼくは見たことがない。


「わたしは単なるアンリさん家(ち)の居候です~。あなたこそ何者ですか~? これを作れる防具職人、人間の世界にいるとは思えないんですが~。そして、突然虚空からあらわれましたよね~?」


 ナターリャは一見いつもどおりだが、目がまったく笑っていない。


「わたしは単なるアンリさまのお母上のメイドです。で、それだけよけいなことをしゃべりながら精霊を自由に使役して、一瞬でわたしに効きそうな属性構造の魔法を放てるようにしているあなたは、アンリさまのところに居候して何をしようとしているのですか?」


 ナ、ナターリャはそこまでなの? タニアが警戒している時点で人外でしょ!


「いつからメイドは最強をあらわす称号になったのです~? 理想的な属性にしてぶつけてもかすり傷一つつけられそうにないのですが~。それに魔法を使わなくてもとんでもないですね~。わたしは単にアンリさんにたかってラクに生きようと思っているだけなのですが~、あなたこそアンリさんをいろいろ仕込んで何をさせるつもりなのですか~?」


「わたしはアンリさまが長生きしたいというので、少しお手伝いをしただけです」


 そういう言いかたをすると、すごくのどかな師弟関係に聞こえるのが不満だ。だがそれどころじゃない。空気はさらに緊迫し、いまは二人が真正面から相手の目を見つつ静かに自然体で立っている。まさに一触即発。見ると、プリシラさんも身体が硬直して言葉も出なければ身動きも出来ないという状態のようだ。


 しばしのにらみ合いのあと、二人は同時に一歩を踏み出し、距離が詰まった。この距離は魔法の距離じゃない。物理の距離だ。ナターリャはどういうつもりだろう? そして、その行動にタニアも驚いていないのはどういうことだ?


 ガシッッッ!


 二人は力強く手を握りあった。ぼくの天敵二人の間に絆が生まれた瞬間だった。




「そうですか、教会の……。教会にはあまりいい想い出がないので、少し複雑ですね。百年ほど前に、ちょっと派手にやり合ってしまって……若気の至りです。もう、わたしをご記憶の方は生きてはいないと思いますが」


「あなた自身をほんとうに記憶した人はその場で死んでるでしょうしね~。資料には『死神』の伝承が残っていますよ~。バカなんですかね~。教義より命が大事だと何故わからないんでしょうか~。まあ、わたしはもう教会とは縁を切りましたので~そのあたりは気にしないでください~」


 し、死神……。ここでもか……。


「こちらでは何を? 魔法の研究を続けられるのであれば、相談相手を紹介しましょうか?」


 なんかすっごく和やかに協力関係が生まれつつあるみたいなんですがっ!


「それも魅力的ではありますが~、テルマさんを見てあなたを見たら~、ちょっとくらい魔法がうまくなるためにあくせくするのがバカバカしくなってきました~。しばらくはのんびり遊んで暮らそうかと~」


「ああ、テルマと会いましたか。魔法についてはわたしより彼女のほうが引き出しが多いですよ」


「あの人も底が知れない人ですね~。最初は…………」



 ぼくは雑談に花を咲かせる二人のそばをコソコソと離れ、肌着になってタニアのプレゼントを試着してみることにした。見ると、同じ素材の籠手もある。まず、鎖帷子ならぬ竜鱗帷子を身体に当ててみると、思った以上に身体にうまくフィットする。動きの邪魔になりそうなところにうまく柔軟性を持たせてある。


「あ、アンリどの」


 プリシラさんが声をかけてきた。


「あ、プリシラさん。どうかしました?」


「そ、その鎧、触らせてもらってもよいだろうか?」


 なんだか目が真剣、を通りこしてちょっと怖い。


「は、はい。どうぞご自由に……」


 ぼくの返事を聞くや彼女はウットリした目つきでぼくの前にひざまずき、抱きつくような感じで腹のへんから脇、背中へと手を這わせる。もちろん、防具ごしなので特に妙な感覚はないが、体勢がけっこうエロくてヤバい。何より彼女の体格相応に大きな胸部装甲が、ぼくの脚の付け根あたりに押しつけられていて気持ちいいのが問題を複雑にしている。


「ああ、この硬さ、この色つや、鈍く黒光りした美しさがたまらない……そしてこの縫い目と微妙な曲がり……すごい……」


 アンタ何を口走ってんだよ! 他人が聞いたら誤解されるだろ!


 ぼくはいろんなものから逃れて頭をカラにするために天井に視線を移そうとした。そして、生暖かくこちらを見る二人の視線と正面衝突する。


「手当たり次第ですか?」


「殺すと言っておきましたよね~。遺言はありますか~?」


「違うから! わかって言ってるんでしょっ!?」




「これで防げない攻撃はまずありえないでしょう~。魔法も人間レベルならだいたいはじき返しそうです~。それから地味にすごいのはこの籠手ですね~。魔法をうまく見切れればこれで払い飛ばせます~」


 タニアは平然とした顔をしているが、すげえな。プリシラさんなんかはまだ頬を染めて目を潤ませてるよ。何した後だ、って言う感じだ。なんでも重度の武具オタクらしい。


「タニア、ほんとうにありがとう。イネスの時はうらやましかったんだけど、いざ自分がもらう番になるとメチャクチャ幸せな気分だよ」


「たいしたものではありませんよ。ただ、これからアンリさまも戦いに巻きこまれることが増えるでしょう。あっさり死なれるとマリエール様が悲しまれます」


 たしかに、英雄云々の前に死んでしまっては本末転倒だ。身を守ることは最優先課題として、今後考えていかねば。


「これ髭の量が一頭分では足りないですね~。どれだけ倒されたので~? お一人でですか~?」


「その場には十頭ぐらいいましたが、聞き分けのない一頭の息の根を止めたら、残りが頭を下げて差し出してきました」


「格の差ですね~。でもそこまでしなくても~、盾になる女が勝手にどんどん増えているみたいですけど~?」


「ええ。いまはアンリさまの数少ない才能と考えてあきらめていますが、せめてみなを平等に気遣ってあげて頂きたいものです。イネスさまにしてさしあげたくらいは期待したいですね。落とした女にエサはやらない、なんて最低なことになったら、その時はわたしが制裁を加えましょう」


 数少ない才能って何さ! それにイネスは別でしょうが!


「お姉様を誑(たら)し込むところから始まったのですか~。筋金入りですね~。プリシラちゃんにもよく言って聞かせることにします~」


「そうして差し上げてください」


 もう……勘弁して……。



 

お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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