12-12 体制構築
人手不足、深刻です。
「人手が足りない」
数日ぶりに拠点に顔を出したぼくは、誰にともなくそうこぼした。
「前からきみ、そう言ってたよね。そのわりにあまり動いているようにも見えなかったし、自業自得の部分が大きいんじゃない?」
みごとにエマニュエルに返し技で一本を取られた。時間を有効に使うべき時期にイネスの結婚とリシャールたちの遠征があったという事情はあるが、積極的に動いてこなかったのは事実だ。
「急に足場が増えすぎたんだよ。いままではぼくは学舎とここを行ったり来たりするだけでよかったし、みんなもここと隣が唯一の拠点だったじゃない? いま、ぼくは男爵としての屋敷を与えられちゃって、その上にシュルツクの屋敷もある。全部に展開しようとすると、スカスカな体制になっちゃうんだ」
「必要に応じて転移で移動すればいいと思うでありますが……」
「ぼくが新しい屋敷を主な居場所にせざるを得ないのが問題なんだよ。あれはあくまで王室のもので、いつ召し上げられるかわからないから下手に改造できない。魔方陣を設置するなんてもってのほかだ。でも、あまり正面から出入りしすぎると、おかしいと思われる。だから、シルドラにも向こうにいてほしいんだ」
「それならそれで、話は簡単だと思うであります」
「そうすると、古株の仲間がそっちに集まりすぎちゃうんだよ。リュミエラとローラはほぼ向こうに張り付きになるし、そうなってもらわないと困る。ビットーリオにはシュルツクの屋敷をちょくちょく面倒見てもらいたいから、ここにベッタリというわけにもいかない。シルドラには、出来ればここのリーダーみたいな役回りを務めてほしい、っていうのもあるんだよね。シルドラだったら、必要ならぼくのところに転移できるしね」
シルドラの表情が嬉しそうに緩んだ。
「リーダーでありますか……ニヘヘ……それなら姉さんはどうでありますか?」
「テルマさんはシルドラのいないところにはいかないよ。それに、あの人はあくまでお客さんだから、そういうふうにあてにしちゃいけないと思うんだ」
「アンリ様も変なところでマジメでありますな。下半身もそれくらいマジメだったらいいのでありますが……」
「ほっといてよ! 決まった相手以外は見向きもしてないよ!」
シルドラは返答することなく、肩をすくめてヤレヤレという感じだ。く、くそお……。
「わたし、行こうか? ここと市内のどこかを行ったり来たり程度なら朝飯前だけど」
声のした方を見ると、ベルメイリアだった。考えてみれば、彼女の能力は十分に検証していない。魔法に特化しているそうだし、役割は果たせるかも。ただ、彼女は強制的にここに連れてこられた存在だからなぁ……。
「ああ、それはいいかもしれないであります。口惜しいでありますが、魔法系の力ではわたしはそいつに及びもつかないでありますよ」
「でも、大丈夫? 気がついたらいなかった、なんていうのは困るんだけど……」
「逃げないわよ! 逃げられるわけないじゃない!」
「それは大丈夫だと思うであります。そいつがこの世で一番怖いと思っているのがノスフィリアリ様で、その次が姉さんでありますからな。逃げたりしたら命はないと思っているはずでありますよ」
「シルドラ! 余計なこと言わないでよ!」
ああ……このふたり、仲がいいんだ。どちらに訊いても絶対に「違う」としか言わない系統の仲良しなんだ。
「わかった。とりあえずそれでいってみようか。そうすると、屋敷にリュミエラとローラとベルメイリア、ここにシルドラ、ローザ、ヨーゼフ、フレド、エマニュエル、ニケにテルマさんか。ビットーリオにマメにシュルツクに行ってもらうとして、全体に全部が手薄だけど、しょうがないか」
「アンリ、ぼくはちょいちょいシュルツクに行かせてほしいんだけど。研究のネタを向こうでも探したいと思うんだ。ここで出来ることはひととおりやっちゃったし」
そっか。そういう状態だとエマニュエルをここに縛りつけるのは宝の持ち腐れだな。
「ちゃんと連絡が取れるようにしておくことと、シュルツクで人材のスカウトにも気を配ってくれること。この二つを呑んでくれるなら、ビットーリオとかぶらないようにしてくれればいいよ」
「了解。それから、ぼくの予想として言っておくけど、次に何か気にするようなことが起きるとしたらあそこだと思うよ。そろそろ皇家でひと揉めあるはずだ」
そうなんだ。ラーム伯爵と連絡をとりながら、二人の皇子のどちらにも天秤が傾きすぎないように細工をしてきたが、そろそろどちらかがしびれを切らしてもおかしくない。
「いつでも行けるとはいえ、信頼できる常駐の人間をひとりは置きたいところだね」
ビットーリオも気にはなっているようだ。とはいえ、テルマさんは客人、ニケはペット枠、ローザ、ヨーゼフ、フレドはサブキャラ枠だ。なにかあったときの即応性に不安がある。
「いいアイデアがないなぁ。こんどラーム伯爵にでも相談してみるよ」
「そういえば、新しい屋敷のほうは問題ないのかい? アンリくんとローラとベルメイリアで、リュミエラの嬢ちゃんを入れても屋敷の大きさを考えるとちょっと手薄じゃないか? 特に人質を取られたりすると魔法が使いにくくなるし……」
元騎士であるビットーリオはエリアを警護するプロだ。どのくらいの大きさの家ならどれくらいの戦力、という計算はすぐ出来る。
「普通の相手なら警備の人たちが足止めくらいはしてくれるはずだよ。ベルメイリアが支援してくれれば、ぼくとローラとリュミエラでだいたいはなんとかなるんじゃないかな。ベルメイリア、侵入者を察知する程度の探知用の結界を張れたりする?
「弱めのヤツでいいなら、問題ないわよ」
「なら、とりあえずは大丈夫だと思う。ここに知らせる余裕はあるだろうし、いざとなったらナターリャさんも力を貸してくれるんじゃないかな。少しすればエリーゼもいることになるし」
「ああ、そういえば嫁がひとり増えるのでありましたな」
「アンリ、一つ忘れてる」
唐突にローラが割りこんできた。
「何を忘れてるかな?」
「今アンリが考えているのは、アンリがカルターナにいるときのことだよね。でも、これからここを離れることも増えるんじゃない? そのための無職でしょ?」
「うん」
「だとしたら、きみのいないときのことを考えないと。ベアトリーチェがひとりになってるとき、どうするのさ? ふだんぼくが彼女の護衛についたりするのはかまわないけど、きみがカルターナを離れるときは……その……ぼくも一緒に行きたいよ」
あちゃあ……! 盲点だった。ベルメイリアだって場合によっては家を空けることもある。そもそも護衛をローラにお願いするのは、ローラがぼくの実質嫁であるから、という意味合いが強いんだ。最初から考えるべきことだったなぁ。
「ぼくの留守、となると女性の護衛が必要になるか。ちょっと考えなきゃ」
頭に少し浮かんだのはガブリエラだ。彼女なら実力的にはまずまずだし、リュミエラがいるとなれば乗り気になってくれる可能性はある。リュミエラの方を見ると、肩をすくめてみせる。何を考えたかは通じたようだ。
ただ、個人的に信頼関係を築いた相手ではないから、決め打ちは危険だ。ほかにも選択肢を探る必要はあるだろう。
拠点を出た後、ちょっと気が向いて新しい屋敷に足を向けた。ちょうどナターリャが引っ越しの真っ最中のはずで、うまくいけば護衛のリクルートも相談できるかもしれないと思った、というのもある。
屋敷ではまさに作業の真っ最中だった。乗用の馬車が一台、大型の荷物専用のが二台。
(どんだけ荷物があるんだよ……)
忙しく立ち働く人たちを横目で見ながら屋敷の中に入ると、ロジェが作業要員に指示を出しながら忙しそうにしていた。そんな中でも、彼はぼくをすぐに見つける。
「旦那さま、本日はどうなさいました?」
「部屋決めとか、うまくいっているかと思ってさ。あと、少しナターリャさんと話があって」
「スミルノフ様のお部屋は西棟の二階突き当たりにさせて頂きました。位置どりも広さもお気に召したようです。旦那さまと奥様方のお部屋は東棟最上階になりますので、位置関係もちょうどよろしいかと。よろしいでしょうか?」
「ロジェがそう判断したなら、それで問題ないよ。いま、彼女と話せるかな?」
「ちょうどお部屋におられるかと。ご案内いたしましょうか?」
「忙しそうだし、ひとりで大丈夫だよ」
ぼくはロジェに手を振って階段を上りはじめた。
「おや、いらっしゃいませ、アンリさん。引っ越しは順調ですよ。あのロジェさんという執事(仮)のかたは有能ですね~」
「でしょう? ぼくもいろんなことを丸投げする気まんまんです」
「取り繕う気がまったくないところがアンリさんらしいですね~。それで今日はわたしになにか用ですかあ~?」
「実は、護衛関係で少し相談したいことがあって……」
ぼくは浮かび上がってきた課題をかいつまんで説明した。
「なるほど~。お留守中の話は盲点かもしれませんね~。いいでしょう~。あとひとりアンリさんがどこかから誑し込んできてくれれば~、プリシラちゃんを勘定に入れてもいいですよ~」
「誑しこんでって何ですか!? 人聞きの悪い!」
「だってどうせ女性でしょう~? それが一番手っ取り早くないですかぁ~?」
ゴホンゴホン!
ま、まあそれはそれとして、プリシラさんを勘定にって、大丈夫だろうか? カタカナ名前はラノベでしか接していないが、護衛を兼ねた助手、って言ってたよな? イメージとしては魔法少女的、非力、小動物系という感じで、家全体の護衛、って感じではないような……。主に助手、って感じではないだろうか。
「ああ、ちょうど来ましたね~。ついでですから紹介しておきます~。プリシラちゃ~ん、アンリさんが来てますので挨拶してください~」
廊下の足音が早足になった。そしてプリシラさんが姿をあらわす。
「これはお初にお目にかかります。プリシラ・アルゴスと申します。お見知りおきを」
そう名乗って握手を求めてきたのは、年の頃は十七、八と言うところの、たしかに美少女である。ただ……身長はぼくを遙かに超え、百八十くらいはあるだろうか。差し出された手は、正直なところを言えばぼくよりもガッシリしている気がする。
ぼくはオズオズと手を伸ばし、彼女の手を握って見上げた。
「アンリ・ド・リヴィエールです。じきにアンリ・フォーゲルになります。よ、よろしく……」
握り返してきたその手の力は、とてもとても強かった。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




