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12-11 エリーゼの「戦い」

アンリがエリーゼとマジメに語り合います。

ホントに真面目に話します。

ただ、最後にちょっと……

「わたくし、ベアトリーチェ様にローラ様やリュミエラ様と引きあわせていただいて、自分がどうしたいのか、自分がなにができるのか、わたくしにとってアンリさんとは何なのか、もう一度はじめから考えてみましたの」


 少し口をつけたお茶の器をソーサーの上に置くと、エリーゼは再び少し思い詰めたような表情に戻って話しはじめた。ぼくはその気持ちをとぎれさせないよう、あえて言葉は挟まない。


「学舎のかたの遠征の件で、アンリさんが普通の貴族のご子息とは違うということは感じていましたの。それでも、そのときのわたくしの気持ちは、すこし謎めいた部分を持つ殿方への憧れ、というものに近かったのです。お二人との出会いは、わたしにそれを『何か違うのでは』と感じさせるものでしたわ。ですからわたくし、いちどアンリさんを思ってしまう自分の心を封印して考えてみたのです」


 そしてエリーゼは、自分が英雄にされそうになっていたということを知ったことを告げ、それを企んだ教義至上主義の一派を一掃した教会が、世俗社会と共存することを重視して、ニスケス侯爵をパイプ役としてドルニエ王宮ともつながった上で、大陸の安定を独りよがりではないやり方で目指す方向に舵を切ったことを説明した。


「ただわたくしは、ドルニエとの繋がりがニスケス侯爵だけ、という状況を少し危ういと感じましたの。そしてアンリさんはド・リヴィエール伯爵家の子息でいらっしゃる。わたくしがアンリさんと縁を持てば、少なくともフェルナンデス家はもうひとつ足がかりを持つことが出来ますわ。ド・リヴィエール伯爵やフェリペ様がフェルナンデス家との縁をどう考えられるかはわかりませんけれど、今の教会であればご迷惑をかけることはない、とわたくしは思うのです」


 あえてぼくと話したいといま言ってくる以上、「お慕い申しあげております」で終わってしまうとは思っていなかった。だが、ここまでのひろがりは考えなかった。自分を恥じつつ、ぼくはエリーゼの話の続きに耳を傾ける。


「もともと家か教会のどちらかに役立てることを望まれていたこの身ですから、フェルナンデス家はこの新しい縁を拒む理由はありませんわ。そして、アンリさんはフェルナンデス家を通して大陸の教会組織を利用することが出来るでしょう。ローラさんという存在を拝見しても、アンリさんはすでに国の枠を飛び出して生きていらっしゃるとは思いますけど、宿や一時の拠点として利用するだけでも価値はありませんかしら?」


 大ありだ。それに教会というのは、いろいろな情報が集まるところでもあるのだ。そこに教会の重鎮のお墨付きを持って乗り込めるのは非常に大きい。ぼくは頷くしかなかった。


「わたくし自身はベアトリーチェ様とは比べようもない非才の身です。貴族としてのアンリさんを支えるのに、わたくしなどベアトリーチェ様の邪魔になるだけですわ。ですが、わたくしには聖騎士という立場とそれをめざして培ってきた力がございます。アンリさんのもうひとつの世界をわたくしはまだ拝見していないのですが、それが荒っぽいものであったとしても、少しばかりのお手伝いと、貴族としてそこをうまく繕う役は果たせそうな気がするのです」




 率直に言って、驚くべき意思の力と知性を持った子だと思う。この年齢で自分の心を封印して、ここまで自分と自分の環境を冷静に見つめた上で、ひとつの結論を出せる子はそういない。少なくともぼくは、ベアトしか知らない。加えて、「家か教会のどちらかに役立てることを望まれていたこの身」と言いきった覚悟だ。この美しくもかわいらしい少女にそのような思いがあることを見抜ける人間は多くないだろう


 じつは、ベアトがリュミエラをエリーゼと勝手に会わせたことについて、ぼくは彼女に抗議した。しかし、二人の間の初めてのちょっとした諍(いさか)いのあと、最終的にはぼくはベアトの大見得で黙らされた。

 彼女は「わたしはわたしのやり方でアンリくんを支えると言ったわ。わたしはエリーゼさんを見て、感じて、一緒にアンリくんを支えるにふさわしい人と考えたの。アンリくんがエリーゼさんを知った上で不要だと思うなら、その時にわたしはどんな責任でもとる。たとえそれがエリーゼさんを消す、ということでもね」と宣言したのだ。そこまで言われては、エリーゼを知る努力はしなければならない。そして今、ベアトが正しかったことを思い知らされつつある。


「そこまで考えて、わたしは改めて自分の心の封印を解いてみましたの」


 最後まで聞こう。そして、ぼくもきっちり答を出さなきゃ。


「封印したときのわたくしの心は憧れに似たものでした。でも、こんなわたくしでもアンリさんの力になれる、と思ったとき、ほんとうに心が明るくなって、あの、恥ずかしいんですけれど、今は憧れではなくて、お慕いしております、と自信を持って申しあげられますわ」


 最後にエリーゼは頬を染めながら険しかった顔を笑みで崩してそう言った。そして、もう一段顔を赤らめて続けた。


「あ、あの、それから、わたくし聖騎士団に黙って冒険者ギルドにも登録しましたの。聖騎士をやめることになってもお役に立てれば、おそばにいられれば、と思って……」


 ぼくは萌え死んだ。もうダメだった。部屋に入る前の少女らしいな恥じらい方から、一転して大人の女性のような毅然とした話し方とその内容、その上で、最後にこれ。ジェットコースターのように萌えパワーに振りまわされたぼくは、白旗を揚げるしかない。


 だが、最後に確認しなきゃいけないことがある。


「ありがとう。ぼくなんかのためにそこまで考えてくれて。自分がエリーゼさんをどう思っているか、どう向き合うべきか、正直言えば決めかねてあました。ベアトと違って、そこまでエリーゼさんを知る機会もなかったですし。でも、いまは自信を持って結論を出せそうな気がします。でも、そう思うから聞かなきゃいけない。ぼくは、エリーゼさんになにができるでしょう?」


 ぼくの問いにエリーゼは再び表情を引きしめた。雰囲気が張り詰めたものに切り替わる。


「おそばにおいていただければ、ということだけでアンリさんのパートナーはつとまらないことはわかっていますわ。わたくしもただ流されて聖騎士となったわけではありません。強くなり、賢くなって自分の望む聖騎士になっていきたいのです。ローラさんやリュミエラ様を見て、アンリさんのおそばならそれがかなう、と思ったのです。アンリさんを利用するようなものですけど、いずれはアンリさんのお役にもたつのではなくて? 少し身勝手ですけど、そんな気持ちを持っていてもよろしいよろしいかしら?」


 レフリーはカウントテンを宣告し、ノックアウトの鐘が頭に鳴りひびいた。


「ぼくからお願いします。エリーゼさん、ぼくと一緒に歩いてください。全力で欲張りなエリーゼさんを支えます」


 エリーゼはぼくを見つめた。そして、冷たい美貌を見せたまま、いきなり大粒の涙を浮かべた。それはこぼれ落ちる後から絶え間なく浮かんで、そして落ちていく。


「エリーゼさん、使って」


 ぼくは手布を取り出してわたそうとした。だがエリーゼは首を横に振る。


「こんなに嬉しい涙、初めてなのです。このままにさせてくださる?」


 泣き顔のまま笑みを浮かべたエリーゼは、今まで見た中で最高に美しく、同時に愛らしかった。




 エリーゼがようやく落ちつき、カップとポットに残っていたお茶を飲みきったころには一時(いっとき)ほどの時間がたっていた。


「エリーゼさん、おかわりを頼みます?」


 ぼくの問いに対して、エリーゼはプイと横を向いた。


「今後はエリーゼと呼んでくださらないと返事はいたしません!」


 ああ、なんかわからないけど萌えるなあ、この距離が近づいてもなおていねいな話し方。


「ごめん。エリーゼ、おかわりは?」


「今日はそろそろ失礼することにしますわ。ちょっと疲れてしまいましたの」


「わかった。それじゃ、こんどはぼくから誘うね」


「あ……お、お願いしますわ!」


 そしてぼくらは席を立つ。立ったところで疲れとやらのせいかエリーゼが少しよろめいた。反射的に腕を伸ばして背中を支える。


「あ……ンッ!」


 エリーゼの口から艶めかしい吐息が漏れ、躰が一瞬硬直する。顔を瞬時に赤らめたエリーゼはそのままうつむいてしまう。


(彼女、ものすごいくすぐったがりなんですよ~。どこを触っても敏感に反応しちゃいますけど特に背中は弱いですね~)


 こ、これか……。ヤバい。くすぐったいとかじゃ全然ないじゃん!


「だ、大丈夫、エリーゼ?」


 エリーゼは無言でコクリと頷き、手を伸ばしてぼくの腕に絡めた。そしてギュッと引き寄せて躰に密着させ、頭をぼくの肩に預ける。


「アンリさん……大好きですわ。ほんとうのほんとうは、そばにいさせて頂けるだけで幸せですの」


 潤んだ目でぼくを見上げた彼女は、大人っぽいサイドの表情でそう囁いた。ぼくはそのまま顔を近づけてその唇に口づける。このあたり、個室のいいところだ


 しばらくそのままで時が止まり、ぼくは唇を離して何気なく息を吐いた。


「アンッ!」


 エリーゼの躰から一気に力が抜け、絡めていた腕がほどけてそのままフラフラと床にくずおれる。


(あとは耳ですか~。息を吹きかけたりすると一発で腰砕けですよ~)


 あれ? そんなつもりなかったのに、耳に?


「エ、エリーゼ、ホントに大丈夫?」


 これはほんとうに知らないふりをしないとシャレにならない。ぼくはしれっと手をさしのべた。エリーゼはその手を取ってヨロヨロと立ち上がる。そして、ぼくの耳に唇を寄せた。


「アンリさんの……いじわる……」


 そして彼女はぼくの背中に腕を回してギュッと抱きついた。


「しばらく……このままでいさせてくださる?」


 拒否権はないし、する理由もない。ただ、胸に感じる異常なまでの弾力がぼくの中心部に作用しないよう、念仏を唱え続けた。



お読みいただいた方へ。心からの感謝を!


しばらく、ピンク風味はお預けになる予定です。

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