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12-08 おしごとのつづき そして……

アンリの仕事、侯爵との間で細部の確認が行われます。

そして、どうもベアトリーチェの様子が少し……。

 謁見を終えたぼくらがニスケス侯爵邸に引き上げてきたのは夕刻、日の落ちたころだった。


「アンリくん、きみの食事も用意するよう言ってある。今日は泊まっていきたまえ」


 ニスケス侯爵がしゃあしゃあと言った。ぼくからすれば「このまま帰れるわけねーだろ」という感じだなのだが、とりあえずはそれを表に出すわけにはいかない。ベアトは知らなかったらしく、すこし驚いたような表情で侯爵を見た。


「ありがとうございます。じゃあ,ベアトともあとでもう少し話せるね」


 侯爵に返事をしてベアトを見たが、彼女は考えごとをしているような雰囲気でぼくの呼びかけに気づかない。周囲にいつも気を配っている彼女には珍しい。


「ベアト?」


「え? あ、うん、そうだね。それじゃお父様、わたし着替えてきますね」


「ああ……」


 ニスケス侯爵も、すこし不思議そうな表情でロザリーとともに自室に戻っていくベアトを見送った。


「すこし様子が変でしたね?」


「ああ、あの子があんな感じでボオッとしているようなことはあまりなかったんだけどね。ジリオラ王妃に何か言われたのかな?」


「王妃さまは、そういう方なのですか?」


「いや、普通に気さくなよいかただよ」


「そうですか……」


 王妃殿下を知らないぼくとしては、なんとも言いようがない。それより、ベアトが席を外した今はチャンスだ。


「それはそうと、王宮での話についてちょっと話せますか?」


「ああ、それじゃ書斎に行こうか」




「侯爵、とんでもない話を振ってくださいましたね」


 侯爵のすすめに従って応接のソファに腰を下ろすと、前置きなしにぼくは切り出した。


「まあ、その話だろうとは思ったよ。不満かね? 仕事としては悪くなかろう? 表面上は無職を貫くことができるしな」


「ええ、それで素直に怒れないのがまた腹が立つんですけどね! いつから狙ってたんですか?」


「これは誓っていうが狙ってはいないよ。あのときに思いついたんだ。ちょっと釣り糸を垂らしてみて、食いつかなければそのまま流すつもりだった。幸か不幸か陛下は食いついてしまったがね」


 ほんとかねえ……?


「わかりました。それはいいです。で、あれは仕事なんですか? それとも無償奉仕なんですか?」


「業務と報酬が厳密に対応していない、という意味では仕事とはいえないね。ただ、きみが陛下になにを話すかによる。そういう話だろう?」


「ええ、たぶん。でも、あれはぼくが陛下に面白い話をして笑ってもらえればいいなんて話じゃないですよね?」


「それはきみの自由だよ。それをやり続けてみてもいい。陛下がいつまでそれをさせておくかは知らんが……」


「まあそうでしょうよ! とりあえず二点だけ教えてください。まず、これが仕事だとして、陛下の望む話を聞かせたときの報酬はどのくらいになります?」


「『とりあえず』で、ずいぶん現実的なところに切り込むね。まあ、実際のところ、陛下の気分しだいだ。だが、一月に一度ぐらい陛下の気に入るような話をすることができれば、男爵の年金で払いきれない使用人の給金を払って、きみたちが日々の生活を不足なく送って、十分におつりが来るだろうな。それでは不足かね? 陛下はケチではないからそれ以上は交渉次第だが、今の段階ではあまりおすすめはしないな」


 いや、そんなこと考えてもいないよ! それにしても結構な額じゃん。


「仕事もしてないのに賃上げとか言うはずないでしょう。悩ましいのは、それだけもらってしまうとベアトに黙っているわけにはいかないってことですよ。これが次に伺いたかったことです。侯爵は本来の仕事がありましたから黙っていても問題なかったでしょうが、本来無職のぼくがそれだけの金を得てしまうと、どうしたって不自然でしょ?」


「どういう資格で王宮に出向くことになっている?」


「エンリケ親衛隊長の補佐官です。それ自体は秘密にする必要はないと言われました」


「陛下も考えたな。きみにそれなりの興味を抱いたということだ。それだったら、そのまま伝えればいいんじゃないか? 多少不自然だが、押し通せないことはない。あの子も侯爵家の娘だ。王宮との関係で他人に言えないことなどいくらでも出てくるということはわかっているよ」


 そう来たか。なら、侯爵も巻き込むまでだ。なにしろ、ぼくと近衛の接点といえば、フェリペ兄様と今年任官されたリシャールぐらいしかないのだ。


「なぜそんなことになったか、という部分で、侯爵が裏でゴソゴソ工作したから、と付け加えていいですかね?」


 ニスケス侯爵は渋い顔をした。


「ううむ、本来はベアトの不審を呼ぶようなことにわたしを巻き込むな、と言いたいところだが、この場合はそうもいかんな。いきなり何の面識もないエンリケの補佐官になる理由が見当たらん。やむをえんか」


 それにしても、非常勤、コアタイムなしの完全フレックスというのは怪しいことこの上ないのだが……。


「それにしても、まさかとは思いますが、ぼくにあの二人を預けたときにここまで狙っていらっしゃったんですか? 陛下に言われたときは『やられた』と思ったんですが……」


「そんなわけはなかろう。だいたいあのときはきみを婿にするなんて話は出ていなかったじゃないか。単にベアトを嫁に出す相手だというなら、そんなことまで気にしてやる義理もない。謁見の時に『これは使える』と自分を褒めてやったことは事実だがね」


「信用します。なにか注意事項や助言はあったりしますか、お・と・う・さ・ま?」


「きみもなかなかだね。そうだな……好きなようにやればいいとは思うが、こういう立場で陛下と接しているものがきみだけだとは思わないことだ」


「ほかにも『話し相手』がいると?」


「そう考えておきたまえ。そして、他の話し相手との間の話題には、きみやうちが上がる可能性は十分にある。そういうものだ」


 探られる立場に立つこともある、そのつもりで行動しろということだ。


「それは承知しています。自分がしていることは他人にされても文句は言うな、がぼくの人生の教訓ですので」


「言っておくが、それは学生上がりの人間が普通に言うことではないぞ。変な目で見られたくなかったらほどほどにしておくといい」




 夕食はパウラ様、ベアトの兄のエミリオ様、弟のエリアスくんもまじえたにぎやかなものだった。ぼくが侯爵家で食事によばれる回数も増えていて、このメンツでも疎外感を感じず会話に普通に参加できるようになっている。エリアスくんもだいぶぼくに対してうち解けてくれていて、最近は「お義兄さま」と呼んでくれる。


 話題の中心はもちろん今日の国王陛下謁見だ。侯爵家としては別に珍しい話でもないので、ネタはもっぱらぼく。自分としてはなんとかうまくやり過ごしたつもりではあったのだが、外から見るとやはりぎこちなさが随所にあったらしい。

 顔を上げたあと、話すたびに改めて顔を伏せていたことや(もちろん、顔を上げたまま話してよかった、というオチだ)、退出するときに足さばきがぎこちなくてスムーズに扉を出られなかったことなど、自分でも気づかなかったネタを侯爵が出しては笑いものにしている。エリアスくんにも大笑いされているのはいささかショックだ。


 そのように楽しく進んでいる夕食だが、ベアトが依然として集中を欠いて変だ。声をかけられては「あ、ごめんなさい」と謝ること三度、四度。皆が笑っているところでひとりだけボーッとしていること数度。あまりにもいつものベアトらしくない。


「ベアト、大丈夫? 調子悪い?」


 一度耳元で尋ねてみたが、すこし顔を赤らめて目をそらして頷くだけだ。ぼくとしても、ベアトが大丈夫だというならそれを信じるしかない。


 だが、それを許さない人がいる。パウラ様だ。彼女は、エミリオ様のベアトを心配した声かけにベアトが「大丈夫です」と機械的に応えたのを聞きとがめた。


「ベアトリーチェさん、大丈夫だというならその言葉に責任をお持ちなさい。他人に心配させるような様子を見せながら『大丈夫』と応えるなどもってのほかです」


 かなり厳しい口調でベアトを叱責した。


「申し訳ありません、お母様。お父様、お兄様、アンリくん、エリアス、心配かけてしまって申し訳ありません」


 ベアトはうつむいたままでパウラ様に、そして皆に謝罪する。そして、多少ぎこちないながらも、夕食はそのまま続いた。ベアトも時折会話に加わっているが、表情を見るとだいぶ無理をしている。大丈夫だろうか……。




 食事の後、ぼくは自分にあてがわれた客室に引き上げて部屋着に着替える。部屋着と言っても日本のスエットよりは遙かにカッチリした服だが、こっちの世界での生活もずいぶん長くなり、これでも「ラクだぁ」と感じることができる。


 食事の後、ベアトはすぐに自室に引き上げた。ロザリーをつかまえてベアトの様子を尋ねてみたが、素っ気なく「お疲れがたまったご様子です。お休みになっていますのでご心配なく」と返ってきた。ロザリー、きみさっきのパウラ様の叱責を聞いてただろ?




 夜もたっぷりと更け、用意してもらっていたお茶もほぼ飲みきり、そろそろ就寝のタイミングかなと思ったころ,扉がごく小さくノックされた。こんな時間に誰だ? また侯爵か?


「どなた?」


「アンリくん、すこしお話できるかしら?」


 ささやくような声がする。ベアトだ。ぼくは返事もそこそこに慌てて扉を開け、そこで硬直する。


 そこにいたのはもちろんベアトだった。ただし、シルクのドレスタイプのネグリジェの上にやはりシルクの薄いガウンを羽織り、足はナマ足に部屋履きの靴を突っかけただけという、メチャクチャ危険なベアトだった。しかもロザリーを連れていない。


「入れてもらってもいい?」


 上目遣いのベアトにこう言われてダメと言えるものなどいない。ぼくがぎこちなく頷くと、ベアトがうすく開けた扉から躰をすべり込ませてくる。いつもの彼女のフルーティな香りに加えて、リュミエラが時折使うものに似た香水がかすかに薫った。

お読みいただいた方へ。心からの感謝を!


次回、主演ベアトリーチェのピンク風味の回となるはず。R15をじゅうぶんに踏まえつつ頑張ってみます。

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