12-07 おしごと
結婚後のアンリの稼ぎ口が、いきなり決まります。
陛下はロベールの近況をぼくに尋ね、ジョシュア殿下はフェリペ兄様が意外と女性に対して肉食系であることを示すエピソードをいくつか聞かせてくれた。うん、フェリペ兄様は根っこはぼくと同じで、カトリーヌ姉様という理想を追いかけているんだよね。たまたまぼくは、ベアトというほぼ理想型の子と出会ってしまったけど、フェリペ兄様はまだ姉様の幻を追いかけているのだろうか……。
「しかし、ド・リヴィエール伯爵も奥方たちも寂しがっているのではないか? そなたを含めて五人の子供たちのうち四人が完全に手もとから離れてしまうのだからな」
「父も母も、子供が増える、と喜んで下さっています。それに、自分は状況がどう変わろうと、父と母の子であり続けるつもりです」
「こう言っておるが、よいのか、ニスケス侯爵?」
「それを否定しようとすると、娘に嫌われてしまいますからな」
「侯爵が娘に甘いのは変わらんな。ベアトリーチェを見れば、わからんではないがな」
「ハハハ、うらやましいですかな、陛下?」
おいおい侯爵、なに陛下を煽ってるんだよ! 何に飛び火するかわからないじゃないか! 飛び火したら消せないんだぞ?
「そうだな……ときに、資料を見る限り、アンリ・ド・リヴィエールの学舎卒業後の進路がかかれていないのはどうしたことなのだ?」
ほらきたよぉ!
「それは……」
「陛下、アンリにはいろいろと希望があったのですが、訳あってわたしが止めているのですよ」
は? 訳? なんだそりゃ? そおっと隣を見ると、ベアトの顔にも「?」が浮いている。
「ほう、なにか考えでもあるのか?」
「いえ、具体的になにかあるわけではないのですが……」
だめじゃん。
「例えば、陛下のお話相手などさせると面白いのではないかと思ったりもいたします」
「ほう……?」
え? 意味がわからないとか、いきなりそんなこと、とか、いろいろツッコミどころはあるんだけど、ゴチャゴチャ考える前に、いま侯爵と国王陛下、アイコンタクトしてなかったか? メチャクチャ不安なんですけどっ!
「わたしも、話のタネが尽きましてな。若い者に引き継ぐのもよいかと思う次第です」
「このものなら、わたしの話し相手がつとまると?」
つとまるわけねーだろ! だいたい共通の話題って何よ? 会話自体が成立しないだろ?
「わたしではお相手が苦しいいま、若い者に目を向けるのも一案かと」
陛下が侯爵の言葉を頷いて聞き、そのまま雑談に切り替えて数分、ぼくの不安をマックスにまで引き上げた上で謁見を終了した。そして謁見前に通された控え室に戻ってきたが、ベアトもいまひとつスッキリしない表情である。ただ、侯爵はなんとなく機嫌がよい。
「あの、侯爵……」
ぼくが呼びかけたところで女官が姿をあらわした。
「ベアトリーチェ様。王妃様が少しお話になりたいとのことですので、お越しください」
「承知いたしました」
ベアトは返答するとすぐに立ち上がる。
「侯爵様がたには、王妃様より、ほんの少しベアトリーチェ様のお時間をもらいたいとのお言づてが。こちらでこのままお待ち頂ければ幸いです」
「問題ない。待たせてもらおう」
女官は黙って頭を下げると、ベアトを連れて部屋を出て行った。
「あの、侯爵……」
ぼくは改めてニスケス侯爵の真意を確かめようとした。だが、侯爵は口に人差し指を当てる。
「アンリくん、今後のために教えてあげよう。こういう場所はすべての会話が聞かれていると思いたまえ」
「えっと、それはいま話していいのでしょうか?」
「聞かれているということ自体は、秘密でも何でもないからな。この部屋に通されるくらいの者なら誰でも知っている。むしろそれがあたりまえの世界だ。身内となる若者に、王宮の基礎知識を伝えているだけだよ」
まあ、そう言われてみればそうだ。どうやって盗聴しているかは興味があるが、ここで内緒話をするレベルの人間を信用できないのは理解できる。おまえは話そうとしていたじゃないか、と突っこまれそうだが、まさかあの先に内緒話があるとは思わなかったんだよ。経験不足でゴメンよ!
と、部屋に侍従長が戻ってきた。
「アンリ・ド・リヴィエール、わたしについてきたまえ」
びっくりして一瞬ニスケス侯爵を見ると、黙って頷いている。彼にとってはサプライズではないらしい。ということは、逝く、いや、行くしかないのか
通されたのは、仰々しい本棚がアンバランスなこじんまりとした部屋だ。そして、先ほど国王陛下のうしろに控えていた近衛の親衛隊長がいた。腰を落とそうとしたぼくを制した彼は、本棚を横から軽く押した。ガラガラと横に滑った本棚のうしろから姿をあらわしたのは、ここまでくると「やっぱり」と思うしかない国王陛下だった。ぼくは慌てて膝をついて頭を下げる。
「よい、頭を上げて立ち上がれ。この部屋では、自分が国王と話をしている、ということだけを忘れなければ礼は問わん」
「は!」
ぼくは立ち上がった。ここで頭を下げた姿勢を維持することは、逆に不敬だ。そして、陛下にうながされるままに、椅子に座る。陛下はテーブルをはさんだ向かいの椅子に腰を落とした。
「さてアンリ・ド・リヴィエール。わたしはマリオにそなたを話し相手として紹介された。そなたと共通の話題があるかどうかもわからんがな。いや、いまはおそらくないだろうな」
ぼくは黙って頷いた。まったく同感だ。黙っていたのは、妙な言質を取られないためだ。ちなみに、ニスケス侯爵のファーストネームがマリオだ。
「だが、それはいまはどうでもよい。そなた、マリオから引き継いだものがあるであろう?」
引き継いだもの……心当たりがない……いや、あるとすれば……カデルとシンシア!
「……はい、ございます」
「そうか、ならそれでよい。まあ、当面は結婚の準備に集中するといい。そなたがフォーゲル男爵となったのち、そうだな、月に三、四度わたしと話をしに来るのだ。最初はそなたに話題などないだろうが、そのうち、そなたからも話すことが出来るかもしれん。身分は親衛隊長のエンリケの補佐官だ。エンリケを訪ねれば、彼がこの部屋に通してくれるだろう」
あかん。これは完全にあかん。まったくもって詰んでいる。ここで話を断った場合、ぼくは王宮を生きて出られるかどうかがそもそもわからない。そりゃ、陛下の言いかたはどうとでも解釈できるものだが、すべてはぼくが受けることを前提としている。
あのクソ侯爵……じぶんがぼくに対価として払ったものを、あとになって利用してきやがった。しかも、それがぼくにとってマイナスかどうかというと、それが微妙であるところがまたハラが立つ。完全にしてやられた感がある。非常勤の仕事など、望んで得られるわけではない。
「その身分自体は、明らかにしてよろしいのですね?」
「ここまで国王に一方的に話を進められてなお冷静に確認が出来るとは、たしかにそなた、ふつうの学生上がりではないのだな。かまわん。別にそれ以外の話も、話したければ話してかまわんよ。何を話せば自分の身の上に何が起こるか、すべてはそなたの判断だ」
うーむ、怖い。怖すぎる。相手と話の内容を自分で見極めろ、ということだ。決して十五歳の若造にさせることではない。そもそも、どんな話を聞かされるのかいまの段階ではまったくわからないところが怖い。
「どのようにしてうかがう日時を決めたらよろしいのでしょう?」
「王都を空けるときはあらかじめ伝えよう。それ以外は夜の時間であれば、最優先で顔を出す。好きな時間に来たまえ。一月に一度くらいは顔を出してもらいたいが、そなたの都合で決めるがいい。ならして月に三、四度になるよう心がけてほしい」
しかも自由出勤。条件的にこれ以上の待遇などありえない。あまりの好条件は、その後の労働の過酷さを物語るものなのだが……。この場合は、危険度、だろうな。
「承知しました」
「では、次に会うときはそなたはアンリ・フォーゲルだ。ベアトリーチェのためにも、結婚の準備はしっかりと行いたまえ」
「もちろんでございます」
陛下は先ほどのエンリケ親衛隊長と同じように本棚を押して開き、部屋から出て行った。入れ替わりにエンリケさんが戻ってくる。
「よろしくお願いします」
あえて「何を」とは言わない。
「うむ」
エンリケさんはひとこと答えて部屋の表の扉を開き、ぼくは彼に連れられて控え室に戻った。
控え室には、すでにベアトが戻っていた。ニスケス侯爵は一瞬ニヤッと笑ったが、ベアトがいる前ではなにも返せない。ぼくはただ大きくため息をつくだけだった。
「アンリくん、どうしたの? ずいぶん疲れた様子だけど……」
心配してくれているベアトの問いにウソをつかなければならないのがつらい。
「ちょっとね、侍従長に謁見の時のしきたりをいろいろ聞かされてきた。ベアトたちと違って、いろいろぎこちなく見えたんだろうね」
「だが、これでいつお呼びがかかっても問題ないな、婿どの。ハッハッハッ!」
「どうしたの、お父様? みょうにご機嫌みたいだけど……」
「なに、ベアトの夫が貴族らしい振る舞いを覚えていくのが嬉しくてな。さて、帰るとするか」
このクソ親父……。その「貴族らしい」ってなんなんだよ! 平気な顔でサラリとウソをつくってことか!?
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




