12-06 謁見
アンリくん、ニスケス侯爵に翻弄され続けです。さすがに社会のことは、侯爵が一枚上手か……。
ロジェをみんなに引きあわせたその夜、ぼくはニスケス侯爵邸を訪ねていた。執事を決めたことを報告するためだ。
「すばらしい方を見つけたわね。ザカリアス様とセバスチャンさんには、改めてわたしからもお礼を申しあげなくちゃ」
侯爵を待っているラウンジでベアトが微笑みながら言った。ベアトはロジェを気に入ってくれたらしい。
「ジルはともかく、セバスチャンさんには頭が上がらないな。そういえばベアトには言ってなかったんだけど、セバスチャンさんは実は学舎でぼくのお祖父様と同期だったんだ。人の縁って、不思議だね」
「そうなの? きっと、お祖父様もすばらしい方なのね。セバスチャンさんがわたしたちによくしてくださるのも、お祖父様と過ごされた時間がよい想い出だからなのかも知れないね」
「うん、セバスチャンさん自身がそう言ってた」
実際、またぼくのまわりの人の縁に今回も助けられたことになる。こういったひとつひとつの好意を、これから頑張って返していかなくちゃ。
「待たせたな。今日はなんの件だい?」
帰宅したニスケス侯爵は、着替えをすませるとすぐにラウンジに姿をあらわした。もう夜の時間だということもあり、葡萄酒のグラスを揺らしている。
「執事が決まりました。ブランシュ伯爵家で執事長の補佐をしていたロジェ・リッケルという方です」
「ふむ、名前は耳にしたことがあるな。目端の利く男だという話だ。うまく使ってやれ」
「わかりました。それから、警備長はうちの騎士団でアレハンドロ男爵の補佐官をしていたエンリケさんが当面務めてくれることになってます」
「ふむ、これでどうにか形になるな。二、三日中に屋敷をどこにするかを決める。そうしたら、手続きをはじめる前に国王陛下に謁見することになるから、そのつもりでいてくれ」
「は? 聞いてないんですけど……」
「ベアトには言ってある。あまり時間に余裕を与えると、きみもなんのかんの言って逃げるかもしれんからな。黙っているように言ったのだ」
ベアトを見るとニッコリと笑ってみせた。
「わたしもお父様の言う通りかな、と思ったの。だから、ゴメンね」
はあ……。手のひらの上で踊っている気分だ。
「それではベアト、ちょっと席を外してくれるか?」
え? これで終わりで、ぼくは家に帰るつもりだったんだけど?
「はい。アンリくん、それじゃ、おやすみなさい」
ベアトもまったくためらいなくぼくに手を振ってラウンジを出て行った。なんだ? またぼくの知らないところでなにか話が動いているのか? エリーゼのことなら、今さらベアトに席を外させないだろうし。
「いったいなんでしょう?」
「きみの仕事のことを話そうと思ってね」
はい? ニートのはずだぞ?
「定職なくブラブラ、だと思っていたのですけど、何か?」
「まあ、考えてみたまえ。ブラブラしていて何も仕事をしない人間に、爵位を与えて住むところを用意し、年金を渡す意味はどこにあると思う?」
ん? なんか風向きが変だぞ?
「それは、そこまでの国への貢献とか……」
「きみは何か貢献をしたかい?」
「……いえ、自信を持って何もしてません。でも、そこは侯爵のこれまでの実績、ということじゃないんですか? そのあたりが婿入りのいいところかな、と」
「わたしの名前で出来るのは、男爵家を立ち上げることと、立ち上げでいろいろ便宜を図ることまでだよ。そこから先は、それぞれの家と王家との関係だ。今後、なにも貢献がなければ、よくて男爵のまま、下手をするとお家取りつぶしだ」
おいおい、ひょっとして今さらニートはダメとか、そういうことかい?
「ぼくに、何か仕事をしろと?」
「そこだ。きみだって、『今さら仕事をしろといわれても話が違う』と思うだろう?」
わかってるじゃん。
「はい……」
「だから、普通の意味で仕事をする必要はない。外から見て自堕落なだけの男と思われるのは、ベアトがそれでよければ問題ないのだ。わたし自身は痛くも痒くもないしな」
ぼくがそれでいいかどうかは訊いてくれないワケね。まあ、いいんだけど。
「まあ、それは覚悟の上での選択でしたから……」
「要は国に対して何か貢献をしていれば、誰がなんと言おうとかまわないのだよ。もっといえば、王家が『貢献あり』と考えれば、ほかの部分でたとえきみが国の金を食いつぶすろくでなしだろうと、まったく気にすることはないんだ。ベアトさえそれでよければ」
あくまで娘バカだな、あんた!
「あの、もうすこし穏やかな言いかたはないんでしょうか……?」
「まあ気にするな。で、そのあたりを探りに行くのも、さっき言った謁見の目的のひとつだよ」
どうやら、侯爵がいまになって話をひっくり返そうとしている、というわけでもないらしい。まあ、そういうことをするタイプの人ではないな。いやがらせなら、もっと大がかりにやるだろう。
「なるほど、多少は納得しました。ただ、ぼくに探れと言われても、さすがに陛下相手ではまともに会話になる気がしないんですけど……」
「わたしが同席することになっている。きみがわたしに任せてくれるなら、きみ自身は心配しなくていい」
「この流れでそういわれると、ちょっと不安なんですけどね」
「ベアトも一緒だから大丈夫だ。きみならともかく、ベアトに嘘つきだと思われることは絶対にしたくないからな」
メチャクチャぶっちゃけてくれたが、ほかにどう言いつくろわれるより、こう言われた方が信用できてしまうのがなぁ……。
「それに、きみだってベアトがいつまでも男爵夫人のままでは気の毒だと思うだろう? もっと活躍の場を広くしてやりたいと思わないかい? わたしとしては、なんとなく気がついたら伯爵になってました、というような展開を期待しているんだがね」
ほんとうにこのひとは、ベアトがよければほかはなんでもいいらしい。だが、ベアトは、ぼくを含めた自分の大切なものを守るために、女性の世界で成り上がろうとしているのだ。ぼくのできる範囲で少しでもベアトの役にたつことがあれば、してあげたいし、してあげるべきだろう。いま話したことだけが侯爵の頭の中だとは思わないが、ここは彼の思惑に乗ったほうがいいだろう。
「わかりました。とりあえずはおまかせします。とりあえずは、ですけどね!」
「はっはっは、大船に乗った気でいたまえ」
穴が空いてないことを祈るぜ、ほんとうに……。
二日後の昼下がり、ぼくは王城謁見室の手前の控え室にいた。今日の午前には住居が決まったが、そのあとすぐだ。これはぼくにあれこれ考えるヒマを与えないためと思って間違いないだろう。たしかに、住居が決まるまで二、三日で、それから謁見、といわれたはずなのだ。
「ニスケス侯爵、お入りください」
侍従長が侯爵に声をかけた。ちなみに、彼はぼくがヘレナさんを使って恐怖のどん底に陥れたネグレド氏ではない。彼はあのあと早々に職を辞したそうだ。
「さて、いくか」
仕事柄、日常的に陛下と顔をあわせている侯爵は、まったくの通常運転である。
「陛下にお目にかかるのは久しぶりだから、ちょっと緊張してきちゃった」
そう言うベアトはまったくいつもどおりだ。ちなみにぼくは無言である。国王陛下に会うからどうこう、ではなく、ベアトたちが普通に知っているしきたりを知らないためだ。失礼をして誰かに迷惑をかけてしまうのはイヤだからなぁ。
謁見室に入ると、玉座にはエルナンド陛下が座り、その横にジョシュア王太子殿下が立っている気配だ。気配、というのは、謁見室に入ってから陛下の前でひざまづいて顔を伏せるまで、意図して顔を上げなければ玉座は目に入らない。そういう高さに玉座がつくられているのだ。
侍従長が侯爵、ベアトリーチェ、そしてぼくの名前を呼び上げ、謁見の背景を簡単に説明する。その上で、ようやく顔を上げることを許される。陛下は今年四十五歳の働き盛りで、その通り活力にあふれた方だ。王としての評判は中の上、というところ。ジョシュア殿下は二十五歳。聡明な雰囲気の方である。評判も悪くない。
実は、いまフェリペ兄様は殿下の護衛を仰せつかっている。いまも、国王陛下のそばには親衛隊長が、殿下のそばにも近衛の護衛がついているのだが、きょうは身内が謁見と言うことで兄様は役から外れているらしい。
「久しいな、ベアトリーチェ。さらに美しくなったようだ」
「おそれいります。陛下におかれてもお変わりないご様子、お喜び申しあげます」
立て板に水のごとく口上がベアトの口から出てくる。さすがだな。
「ニスケス侯爵、じつはな、今日の謁見にはヒューバートが同席させろとうるさかったのだ。国政に関わることにそのような規則外れは許さん、と一喝したがな」
えーと、ヒューバートって第二王子殿下だよね? ベアトに求婚していた、あの殿下だよね? 同席させろ、って、つまりはまだあきらめてないってことでしょうか?
「恐縮です、陛下。殿下にはあらためて自分がお詫びに参ります」
「なに、放っておけ。好きな女に振られるのはジョシュアも通った道だ」
「陛下、お戯れはおやめ下さい」
ジョシュア殿下が慌てて場を収めようとする。あれ? 好きな女って、もしかしてリュミエラのこと……だよね? 王太子と第二王子をそれぞれソデにした女性たちがぼくのまわりにいるということ、あらためて現実としてこう感じると、ヤバさがひしひし……。
「さて、アンリ、だったな。ド・リヴィエール伯爵の三男か。顔をあわせるのは初めてかな?」
うわー、ついにこっちに回ってきちゃったよ。
「は、お目にかかる機会を得たこと、光栄に存じます」
こんな感じ、だよな? 会社で必死に覚えた敬語の使い方だが……。
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