12-05 フォーゲル家執行部(仮)
フォーゲル男爵家の中枢となる五人が顔合わせをします。ロジェの人物設定を駆け足でやっていますが、どうにか一話におさまりました。
「ロジェさん、例の件なんだけど……」
「旦那さま、『さん』をつけてはなりませんと何度申しあげたら? 爵位を持つ当主が執事に『さん』付けするなど、あってはならないことです。そこをもう一度よくお考えください」
「ロジェさんこそ、『旦那さま』はやめてとあれほど……」
「旦那さまっ!」
「ロジェさん!!」
ここ数日、このようなやりとりが繰り返されている。もちろんぼくと、執事として働いてもらうことになった、セバスチャンさんの甥にあたるロジェさんの間でだ。
セバスチャンさんにロジェさんと引きあわせてもらったのは、ジルの小屋を訪ねた二日後だった。年齢は三十一歳ということだったが、それよりも若々しく、青年のような活力を感じさせる人だった。
「アンリ様、お初にお目にかかります。ロジェ・リッケルと申します。ブランシュ伯爵家にて執事長補佐を務めさせていただいております」
おそらくは、道中でセバスチャンさんにおおまかな話を聞いてきたのだろう。ロジェさんは自分の年齢の半分以下の、現時点では爵位を持っているわけでもないぼくに、カケラほどの侮りも感じさせなかった。単純だが、この段階で好感度はかなり上がっている。
「はじめまして、ロジェさん。突然のお願い、申しわけありません。さっそくですが、どのように話を聞かれていますか?」
「新たに爵位を賜るかたの執事として働いてみないか、と。叔父が、『これまでと同じような仕事のやり方は出来ないが、やりがいだけは保証する』と言っておりました。それ以上は、判断を曇らせる、と言い張ってだんまりでしたが……」
ありゃ、予備知識ほとんどなし? それで、いきなりぼくのような子供を見てあの物腰? 人間が出来ているのか、それともセバスチャンさんの言葉に大きな信頼を置いているのか……。
「それでは、簡単に自己紹介をさせていただきます。ぼくはつい先日王立学舎の総合課程を卒業して……」
ぼくは、自分の立場と今後の流れ、すなわち授爵と結婚について簡単にロジェさんに説明した。とりあえず、表の事情だけだ。
「なるほど、家を一から作っていく手伝いを、ということですな? たしかにやりがいはありそうです。ただ、それではわたしのような、いかにも中途半端な若輩者にわざわざ声をおかけになる理由がわかりません。こう言ってはなんですが、ニスケス侯爵やド・リヴィエール伯爵のお力があれば、もっと経験豊かな、それこそ貴族社会のすべてを知り尽くしたかたをお連れになれるのでは?」
ぼくの説明にロジェさんが裏の事情の存在を感じ取ってみせたこの時点で、八割がた心は決まった。
「おっしゃるとおりです。ぼくは妻におんぶにだっこの、定職を持たない若造の男爵になります。それはそれで間違いなくぼく自身なのですが、それとは別にやり続けることがあります。何とは、いまは説明しませんが、ぼくがランクBの冒険者であることはお伝えしておきます」
じつはメルビル遠征のあと、いくつか護衛討伐をこなして、ようやくランクが上がったのだ。ローラやビットーリオはもうすぐAに上がることも可能な状態になるらしい。あまり目立つ存在になっても困るので、当面その予定はないらしいが。
「なるほど、表の顔とは似ても似つかない世界をお持ちというわけですね。すると、わたしに望まれる役回りは、それを悟られないように立ち回ること、と理解して間違いありませんか?」
採用!
「こんな子供に仕えてほしいとお願いするだけで厚かましいのに、ロジェさんがこれまで学んでこられた執事というもののあり方を捨ててほしいといっているも同然で、なんとも申し訳ないのですが……」
「ああ、おやめください。そのような、わたしよりも遙かに年上の方からかけられるような言葉を聞いただけで、安易に踏み込めない何かがあることはわかります。わたしでお役に立てるとお考えいただけるのなら、喜んで仕えさせていただきます。ただ……」
「ただ?」
「以後は、わたしを『ロジェ』とお呼びください。ここまでは他人同士の会話でございましたから特に申しあげませんでしたが、当主は自分の執事に『さん』付けなどしてはなりません。よいですか、旦那さま?」
「だ、旦那さまぁ?」
「当然です。それとも、『お館様』のほうがお気に召しますか?」
「それだけは勘弁してください! それに……」
話し合いはけっして収束することはなかった。
「アンリ様、よい人材を見つけられましたな。これまでの指導もよかったのでしょうが、わたしが教えられることなどほとんどないかもしれません」
ラウンジでくつろいでいると、ジョフレが笑顔を浮かべながら声をかけてきた。当面ぼくは王都のうちの屋敷に居候状態だが、面談から四日後の昨日から、ロジェはここでジョフレにいろいろ指導を受けている。このあとぼくは、ベアトとロザリーを待ってなじみの「エスカイヤ」でリュミエラと合流することになっている。ロジェさんの紹介を兼ねた打ち合わせだ。
「ジョフレにそう言ってもらうと心強いね」
「実を申しますとな、一昨日、ブランシュ家の執事に文句を言われたのですよ。手塩にかけ、伝えられることを伝えて、どうにか安心して引退できると思っていたのに、なんてことをしてくれるのだ、とね。わざわざわたしを訪ねてきて、それだけ言って帰りました」
「そっか。引くつもりはないけど、すまないことをしたかな」
「なに、あれはわたしに、仕込めることは仕込んである、と伝えに来たのですよ。どこの執事が誰の指導を受けたのか、執事の世界にいるものは誰でも知っています。よい執事を育てたと認められることは、われわれの名誉でもあるのです。アンリ様は、ご自分の人を見る目に自信をお持ちください。そして、ロジェが力を発揮できるように気を配ってやればよいのです」
「わかった」
「特に、自分の執事を他家のものに侮らせるような状況においてはなりませんぞ。そのような主の評判は、すぐに伝わりますからな」
「そんなことするわけ……」
「意外と細かいことが引っかかってくるものです。たとえば、『主人に『さん』づけさせるとは、何を考えているのか』というようなことも」
「あっ……」
「アンリ様のお心はわかっております。そして、そのお心は、どのような言葉を仲立ちにしても伝わります。逆に言えば、呼び方や言葉遣いに頼らなければならない関係など、薄っぺらなものなのですよ」
ぼくは「ロジェさん」と呼ぶことで、自分の気持ちを満足させていただけだった。そして、それを彼に押しつけていたのかも知れない。だめだ。あいかわらずジョフレには頭が上がらない。
「エスカイヤ」では、すでにリュミエラが待っていた。だが、いつもの個室に入ったところで振り返ると、入り口のところで三人ともが立ちすくんでいた。ベアトとロザリーはまったく同じように口もとを両手で押さえ、ロジェは感情が抜けたように呆然としている。
「お待ちしておりました」
いつものリュミエラだ。だが、たたずまいがいつものリュミエラではないのだ。
数日前にリュミエラにぼくが期待する役回りを説明したのだが、その翌日、彼女は髪をベリーショートまで切り、眼鏡をかけて普通の男が着る執事服をまとってぼくの前に現れた。その時のぼくの反応は、いまのベアトたちと同じだ。
「リ、リュミエラさん、あなた……」
つい言葉遣いもおかしくなってしまった。
「まったく人目に触れないわけにもいかないでしょうし、執事としてこられる方の指示で動きやすいよう、少しサッパリしてきました。いかがでしょう?」
「いかがでしょう、って……」
はっきり言おう。エロいのだ。本人は色気を隠すつもりでやっているのだろうが、正直に言って逆効果だ。首から上はこれまでに比べて多少中性的な雰囲気を出しているが、その下がヤバい。
ほっそりとしているリュミエラだが、主張すべきところは相当ワイルドに主張している。男の装いをすると、胸と尻あたりの局所的なパツパツ感がすごい。女っぽさを隠そうとして隠しきれず、あちこちから漏れ出してくる色気と言おうか、みょうに歪んだエロさが脊髄をダイレクトに刺激してくる。もう、身体の中心部がムズムズしてどうしようもない。
「い、いいと思うよ?」
「よかった……」
リュミエラが胸に手をあててニッコリと笑う。それでぼくのタガはあっけなく外れた。そのまま彼女を寝室に連れていって、身につけているものを取り去り、すべてを解放したのである。
「き、気持ちはわかるけど、とりあえずみんな座ろうよ」
ぼくがかけたひと言で、いちおう止まった時間は動き出し、四人が席に向かって歩き出す。
「アンリ様」
と、ぼくの背後からロザリーが声をかけてきた。ちょっと百合ぎみにベアトを大事にしている彼女は、ふだんから多少ぼくには冷たいのだが、今日の声はさらに温度が低い。
「あの方の装いは、アンリ様のご指示ですか?」
完全にぼくの趣味を疑っている。
「違うって! 彼女にこの仕事を頼んだら、自分でああいうふうに……。ぼくだって驚いたんだ!」
「さようですか。くれぐれもお嬢さまを悲しませることのないようにお願いします」
「ロザリー! いいからそれくらいにして!」
少し頬を赤らめたベアトに窘められて、ロザリーはしぶしぶ引き下がった。そして、ようやくぼくらはテーブルにつくことに成功する。ふう、もうヘトヘトだ。
打ち合わせが実際に始まると、話はトントンと進んでいった。ぼくはともかく、みな頭の回転の速い、仕事の出来る人たちなのだ。リュミエラの役回りについても、すぐに飲み込んでくれた。
「旦那さま、わたしはそちらの女性をわたしの補佐として扱わせていただきます。そのうえで、充分な裁量を持って頂く。基本はそれでよろしいですか?」
「それでお願い。どこまで情報をあげられるかは、その時その時で……」
「ああ、よいのです。わたしはとにかく、表から見たフォーゲル家が普通の男爵家に見えるように全力を尽くします。『知っていればよかった』ということもあるでしょうが、わたしは、それよりも『知らなければよかった』と思うことの方が多いと考えておりますので」
いや、ホント逸材ですよ、ロジェさん。
「ロザリーもそれでいいかしら?」
ベアトがロザリーに話を振った。
「わ、わたしが、この方の上に、ということでしょうか? だ、大丈夫でしょうか……」
ベアトのリュミエラへの崇拝ぶりを知っているロザリーはさすがにビビっている。そんな彼女にリュミエラが極上の笑顔を向けた。
「ロザリーさん、よろしくお願いします。わたしもお嬢さまを支えるお手伝いをさせて頂きますね」
「は、はい! 頑張ります!」
ロザリーはブルブルと拳を振るわせながら、自分に言い聞かせるように言った。めでたしめでたし。
「アンリくん、ひとつお願いがあるんだけど」
ベアトがこっそりと耳打ちをしてきた。
「なに?」
「リュミエラさまのあのいでたちなんだけど……仕事のないときは、ふだんのあのかたに戻って頂くよう、お願いしてくれない? ちょっと刺激が強すぎて、わたしまでドキドキしちゃうの」
「わ、わかった。伝えておくよ」
リュミエラの色気は、どうやら性別無視の三百六十度射程であったようだ。
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