12-04 インフラ整備
生活の枠組みが少しずつ見えてきます。
はたして、ニートになるのは表向きか、それとも、どっぷり?
「ニスケス一門決起集会」がおこなわれた翌朝、ぼくとベアトは侯爵が王宮に出仕する前の短い時間を使って、当面のあれこれについて話し合う機会を持った。細かいことは種々あるが、最も大きな問題は住居関連だ。
爵位を得たものは、王都に住居を下賜される。これは、王宮が管理している空き物件から決められるものであり、家賃等はかからないが、どこに住むことになるかは王宮の胸先三寸となる。ただ、管理は財務部なので、ニスケス侯爵はかなりの融通を利かせられる。
「使用人の数はどのくらいを考えているのかな?」
管理物件も大小さまざまなので、身の丈に合った物件を確保することは重要だ。
「屋敷内に十五から十七、庭は広さ次第で二から三、警備は三人の三交代で九、と見当をつけてます」
「警備はそれでいいだろう。庭は五だ。六でもいい」
「どんだけ広い庭ですか!?」
「きみはベアトに恥をかかせる気かね? 二人で管理できるような庭で、まともなガーデンパーティーが開けるか?」
「お父様、私はあくまで男爵夫人ですし、最初はそんなに……」
「ベアトももう少し自分の価値を正しく理解しないといけない。おまえがただの男爵夫人ではなく、わたしの愛娘であるという事実はどこまでもついてくる。ふつうに男爵位の身の丈に合った振る舞いをしていては、逆に侮られるぞ?」
「それはそうですが……」
うん、それにしても六人で管理する庭なんて大きすぎるよね。
「それに、この六の日のお茶会はウォルシュ男爵夫人のお世話になるのだろう? 男爵がウォルシュ侯爵家の当主になる日が遠くないというのは、そこにいる人間なら誰でも知っている。二つの侯爵家、そして国で最有力の伯爵家が後ろに見え隠れする娘を一介の男爵夫人扱いするものなどいるはずがない」
最有力か……。ここでお世辞を言うはずもないし、地味にすごいな、ロベールも。
ベアトはまだ社交界に正式デビューはしていない。誰かの紹介を得ていろんなところに顔を出し、なんとか顔を売って、直接声をかけてくれる人ができて初めてデビューといえる。そうやって、地道に自分の足場を固めていくのだ。その際、その「誰か」となるのは、たいがい自分の母親である。逆にいえば、母親の人脈の広さは、娘の将来をある程度左右してしまうのである。
ただ、この六の日のお茶会は、ボワッソン公爵家というわりと有力な貴族の主催で、規模も大きいらしい。もちろんパウラ様は招待されており、彼女がベアトを連れて行くのが普通なのだが、なんとカトリーヌ姉様がエスコート役を買って出てくれたのである。
表面的には、男爵夫人となる予定のベアトを男爵夫人である姉様が連れて行くという地味にして完璧なバランスがとられており、なんら見とがめられる掟破りはない。エスコート役とエスコートされるものの間にあまりランクの開きがあると、エスコート役の威を借りているように見られ、評判が下がるのだ。
だがその一方で、近い将来のウォルシュ侯爵夫人がニスケス侯爵の娘と懇意であるという事実が、列席者にいやというほど見せつけられるわけである。もちろんカトリーヌ姉様はこのあたりをすべて織り込み済みで、ベアトがパウラ様に報告した際には、彼女も姉様のしたたかさに舌を巻いたとか。
カトリーヌ姉様のところには、これまでにベアトを三度ほど連れて行ったのだが、頭の回転も速くよく気のつくベアトは、すっかりカトリーヌ姉様のお気に入りである。ベアトも姉様になついていて、ウォルシュ男爵家の使用人からは、まるでほんとうの姉妹のようだといわれているらしい。
「ベアト、ここは侯爵のおっしゃるとおりにしよう。それをベアトがうまく活かしてくれればいいんだから」
広い庭を使ったパーティー、というのはハードルが高い。庭の管理が行き届いていなければならず、主人側に庭をどう活かすかの創意工夫が求められ、そして広いスペースとバランスがとれるくらいのゲストの数が必要になるのだ。そして、ゲストというのは、招待すれば来てもらえるというわけではない。自分にとってメリットがなければ、わざわざ足を運んだりはしないものだ。
「うん……そうね、わかった。頑張ってみる」
「うむ、そうでなくてはいかんぞ。で、屋敷の中の十七とか、これは逆に多く見積もったな?」
「まず厨房に二人……」
「馬鹿者、最低三人だ。一流を活かすにはそれを助けるものが必要だということを忘れるな」
一流を雇うとはひと言も言っていないのだが……しょうがない。おそらく、これもベアトのためだ。
「……わかりました。そして八人は目的が決まっています。ぼくの執事と身のまわりの担当がひとりずつ。ベアトにはロザリーとあとひとり。そして、いずれエリザベート嬢が来られるときにやはり二人。最後に、客人としてスミルノフ元司教が来ることになってますので、彼女のためにやはり二人。お二人のための四人は、それぞれがお連れになるとは思いますが……」
「ちょっと待て。誰が来るって?」
「ご存じありません? 教団のギエルダニア支部のナターリャ・スミルノフ司教です。先日教団を離脱されて、いまはドルニエに本拠を移していて……」
ニスケス侯爵は、ズイッと身を乗り出した。
「いや、それは知っているが、なぜ彼女がきみの家に住む? 第三夫人含みだとしたら、さすがにそれはちょっと話し合う必要があるぞ?」
「ち・が・い・ま・す! メルビルへの遠征の時に、爵位を得た時に食客として迎えるという条件で力を借りたんです!」
「空手形を切ったわけか?」
「……はい。面目ありません」
「でかした!」
「はい?」
ぼくは目が点になった。そして、見るとベアトもポカンとしている。
「能力のあるものを何人囲っているかは、貴族の度量だ。高名な魔導師である彼女がきみを頼ったとなれば、それだけできみは軽んじられることはない」
いや、軽んじられてもいいんですけど。それに、囲ったとかとは違う気がするし……。
「いや、別に頼られているわけではなくてですね……。それに、あまり変に目立つのも……」
「馬鹿者。外からどう見えるかが大事なのだ。仕事をせずにブラブラ暮らすのだから、せめてそういう形でベアトを助けたまえ」
ああ、そっか。侯爵のベアト溺愛はわかっているが、たしかにこのままじゃベアトの役に立てないものな。出来るサポートがあれば、なんだってやらなきゃ、だ。
「わかりました。胸を張って居候させます」
「よろしい。では、その他の使用人は……五、六人か。よし、それで適当な規模の物件を押さえておこう。それから、その五、六人と厨房、庭師、警備はわたしときみのお父上で相談して集める。住むのはその四人か?」
「あと、警備とは別の、ぼくやベアトの護衛として二人です。エリザベート嬢やスミルノフ元司教が来れば、増えるかもしれません」
「誰とは訊かないでおこう。問題ない」
「ありがとうございます」
「それから、その人数だとなりたて男爵の年金では給金を払えるのは半分くらいだ」
「ですよね。いままでそれなりに貯めては来てるんですが、いつまでそれでやりくりできるか……」
学生として家からもらっていた小遣いはだいたい貯めてある。
「当面は大丈夫だ。きみのお父上とも話したが、二年は生活に必要な金の心配はしないでいいようにしてやる。その間に将来の見通しを立てろ」
「わかりました」
うん。まさにニートだ。二年の間に自分探しをするのだ。
「ふははは、いい気味じゃ。家を持つことの大変さがわかったじゃろ?」
一月振りに訪れた森の小屋で、ジルがぼくの話を聞いてこれ見よがしに大笑いした。ただ、いわれたことはその通りなので言い返せない。せめてひと言。
「わかりました。だからジルはここでダラダラしてるんですね?」
「おう、その通りじゃ」
カラ振りだった。
「で、今日はなんの用じゃ? ブラブラ油を売っているヒマはないじゃろ?」
「ご相談があって。いま悩んでいるのが、執事をどうするか、なんです」
「たしかに、おぬしは二重生活だからの。そのへんを飲み込んでくれるものでなければつとまらんか」
「二つの生活をうまくつなぐのはリュミエラにやってもらおうと思ってます。ただ、彼女を表に出すわけにもいかないので、うまく意を汲んで動いてくれる人がいればありがたいんです。さすがに、よその国の人間や冒険者仲間、というわけにもいかないですし、それ以外はさすがに人脈がなくて……」
「ふむ……能力のある者はいるだろうが、変に勘ぐられてもな」
「……アンリ様、その執事は、アンリ様の裏の顔を知る必要はないのですね?」
後ろで控えていたセバスチャンさんが、ふと何かを思いついた、といったトーンで話しかけてきた。
「はい。表に見せてない面がある、ということを飲み込んでさえいてくれれば、そちらに踏みこむ必要はないと思ってます。でも、そんな都合のいい人材は……」
「わたしの弟の次男が、さる伯爵家で執事長の補佐をしています。あまり気の利く男ではありませんが、リュミエラ様の意を受けてふるまうぐらいのことであれば、なんとかこなせるかもしれません」
いやいや、それがまさにやってほしいことなんですって!
「ん、ロジェか? ずいぶんセバスチャンの評価は辛いのお。あの子なら場合によっては裏まで見せてもいいかもしれんぞ?」
あのお、それって、けっこうな逸材、ってことですよね?
「いかがいたしましょう、アンリ様? 一度、それとなくお引き合わせしましょうか?」
「ぜひお願いします!」
ここで、セバスチャンさんの提案に乗らないというオプションはありえないだろう。フォーゲル男爵家が形になるメドは、この日ここでようやくついたのである。
お読みいただいた方へ心からの感謝を!




