12-03 ニスケス一門
貴族の腹芸の世界を垣間見るアンリくんです。
「ところで、みなもすでに耳にしたと思うが、わたしの二番目の娘がこのたび学舎を卒業して結婚することになった。ここにいるのがその結婚相手である、ド・リヴィエール伯爵の三男のアンリくんだ」
ニスケス侯爵が言葉を切り、自分のそばにぼくを呼び寄せると、場が急にざわめき始めた。ここ、ニスケス侯爵邸の大ラウンジを埋め尽くしているのは、いわゆるニスケス一門の人たちだ。すなわち、引退した元当主、侯爵の強力な支持者、兄弟及びその親族、その有力支持者といった人たちである。
もちろん、人数だけいればいいというものではないが、一門の規模はその総領の発言力を少なからず左右する。そして、ドルニエで一、二を争う有力者であるニスケス侯爵の一門は、当然大きい。
また、規模が大きいがゆえに、ここにいる人たちは一門のすべてではない。全員を呼ぶわけにもいかない規模であれば、有力者からリストアップされる。ここに呼ばれるかどうかは、一門の人たちにとっても自分の評価の試金石である。
予想されていたことではあるが、品定めをするような目、そしていくつかの敵意のこもった目が遠慮なくぼくに注がれる。
(まあ、しょうがないよな。ひとり増えれば、それだけニスケス侯爵家から得られるかも知れない恩恵が少なくなるわけだし……)
「アンリくんには、長らく継ぐものがいなかったフォーゲルを名乗ってもらおうと思っている。まだ若く足りない部分も多いだろうが、同じ一門を盛りたてていく仲間として、みなも手をさしのべてやってほしい」
ザワザワと微妙な反応だ。これもよくわかる。見知らぬガキが自分と同じ立場で一緒に一門を、とかいきなり言われても、ねえ……。
「まあ、おめでたくも固い話はこれくらいにしよう。みなも今日は楽しんで、これから一年の激務のために英気をやしなっていってくれ。食事も別室に用意させている」
侯爵の締めの言葉と同時に場は崩れ、そこかしこに雑談の輪が出来る。ちなみに、こういうときに一番頼りになるベアトは、このあと親と別行動になる子女衆をもてなすホステスとなるため、そちらの準備のためにここにはいない。
ニスケス侯爵に先代、つまりベアトのお祖父さんのところに連れていかれ、ベアトに甘甘の彼にしばらくベアトの魅力を言い聞かされる。その間にホストのニスケス侯爵は姿を消してしまっている。
「おお、キミがアンリくんか。ベアトリーチェのどこに惚れた?」
「はい、彼女のすべてに行き届いた気配りと……」
「あの子はほんとうにかわいいだろう? わしはこの歳になるまであの子ほど美しい子は見たことがないわい。よくうちのばあさんの血筋からあんな子が出来たものじゃ」
「はあ、学舎でもひときわ目だって……」
「それにあの子は優しい子でな、会うといつも『おじいさま、お身体に変わりはありませんか?』とかならずわしを気遣ってくれるんじゃ」
だめだ、このじいさん孫の自慢がしたいだけで、ぼくの言うことを聞く気なんてありゃしない。
じいさんの孫自慢につきあっていると、チラホラとぼくに声をかけてくる人が出てきた。じいさんの子供、すなわち侯爵の兄弟姉妹が中心で、そのほかにすでに爵位を持っているベアトの従兄弟たちや何人かの有力貴族が入れ替わりでやってくる。まあ、いまの段階で声をかけてくれるのは今日の客の中でも侯爵に近い人たちで、基本的にあまり敵意を込めてはこない。全体の半分くらいは、ぼくの存在が気に入らないか、距離感を測りかねているかで、今日のところはぼくをスルーするようだ。
しばしのトーキングタイムののち、一門の貴族たちが食事の席に移動していく。なまぐさい話も出るだろうし、もちろん当主だけだ。夫人は当初からパウラ様が別室でもてなしている。
残された子息令嬢たちとぼくは別室に案内された。そこでベアトの極上の笑顔とビュッフェ形式で用意された食事の美味しそうな香りに迎えられた彼ら彼女らは、ようやく肩の力を抜いた。ただし、ぼくを除く。
この時点でぼくは、何人もの初対面のオッサンたちとの会話でかなりメンタルを削られていたのだが、こんどはベアトがぼくを離さない。一人一人、丁寧にぼくを紹介していきながら会話に花を咲かせていく。相手を退屈させず、かつ適当にタイミングを見て切り上げて次に移っていくセンスは、見事の一言につきる。
全体的な傾向として、同世代の男にはぼくはあまりウケはよろしくない。血縁組以外は、ことごとくベアトを狙っていただろうからムリもない。ただ、ぼくもいちおう有力な伯爵家の子息であるわけで、正面きってケンカを売るのもためらわれるようだ。いきなり決闘を申し込まれる、といったようなラのべ的展開は起こらなかった。
女子は女子で、ベアトの存在が大きすぎてぼくとの距離感がわからなくなっている。ベアトがひとりひとり紹介してくれるのだが、ほとんどすべての子にとってベアトは憧れの存在だ。それをかっさらっていくぼくは、彼女らにとって親しくうちとける相手ではなく、厳しい品定めの対象だ。結果として、ぼくを遠まきに見ながら、という感じで、中身のある会話はほとんどなかった。けっこう淋しい時間だったといえる。
一門親子を招いたイベントが終わり、客が引き上げ終わったのはもう日付も変わろうという時間だった。ベアトはロザリーに連れられてさっさと自室に戻り、ぼくもメイドの一人に連れられてあてがわれていた客室に引き上げる。
ストレスを和らげるためにちょっとベアトとイチャイチャする時間を持ちたかったが、こればかりはしょうがない。ロザリーが必要以上にベアトをせかしていた感じもあったが、気のせいだろう。
部屋でリラックスできる服に着替えてしばらくすると、ドアがノックされた。ノックの主は、予想していたとおりニスケス侯爵だった。
「お疲れさま、アンリくん。まあ、この程度の接客で疲れられては困るというのも確かだが、うまく立ち回っていたようじゃないか」
「いやいや、なに言ってるんですか。こんな大人の事情に満ちあふれた席のど真ん中に放り込まれるのは、生まれて初めてなんですよ? 立ち回りも何もあったものじゃないです。動き方も手探りだし、疲れないわけないですよ」
「ははは,こんなのは序の口だよ。一門なのだから、まったく向こう側にいるような者はあまりいないだろうからね」
「少しはいるっていうことですよね、それ?! 固い結束ってワケじゃないっていうことですよね!?」
「ははは、貴族が十人いれば利害は十通りだよ。くさびを入れられない結束なんて存在しないさ。それで、なにかきみの興味を引くようなことはあったかい?」
ぼくの肩をたたいて笑いながら、ニスケス侯爵はわずかに目を細めた。あいかわらず「ザ・貴族」というしかない人だ。
「そうですねぇ……」
ぼくは、伯爵の位を持つ侯爵の従兄弟の一人が、長男と自分の寄子の子爵とともにかなりの上機嫌で話しかけてくれたこと、けっこうな本気モードで彼の領地の屋敷に招待してくれたことを告げた。
「ふむ、ありがたい話じゃないか。それのどこが興味深かった?」
「わかって言ってますよね? 夜も遅いんで、時間は節約しません?」
彼らには、ぼくにいい顔をする理由がない。ぼくの立ち位置は明らかに彼よりも侯爵に近くなる。また、ぼくよりひとつ年上の長男は、ぼくが一門として前に授爵してしまうことで、近い将来の爵位の獲得が難しくなるはずだ。そして、侯爵の従兄弟にすぎない彼が先代や兄弟衆といったより血の濃い人たちに先んじてわざわざ領地にぼくを招くのは、場合によってはリスキーともいえるほど異例だ。
「わかった、わかった。で、他には?」
「自分の寄親がぼくを無視している中で話しかけてきてくれて、満面の笑顔で屋敷にぼくを招待していった優しい人が二人ほど。ひとりは事前になじみの商人から名前を聞いていた人です」
なじみの商人とはバルデで、灰色を超えて黒に突入している商人とのつきあいが、引き返すのが難しそうなところまで深いらしい。そして、寄親の意向と無関係にぼくに接触してくると言うことは、しきたりを無視して直接に侯爵に取り入ろうと考えているということだ。ぼくと親交を持つことによるメリットなんか、いまの段階で感じるはずないからね。
「ほう、大胆な真似をするヤツがいるな。名前を教えてくれ」
ぼくは、貸しひとつを念押しした上で教えてやった。この人はあいかわらず、十五歳の子供を対等に扱ってくる。先代のところにぼくを置き去りにしたときから、こんなふうにスパイもどきの真似をさせるつもりなんじゃないかな、とは思っていたのだ。
「それからだな……」
まだあるんかい!!
ニスケス侯爵はその後、何人かの親族についてぼくの印象を訊いたあと、けっこうご満悦で引き上げていった。さらに言えば、彼が独自に目をつけていた末の弟の身辺をカデルに洗わせるように依頼もしていった。必要があればぼくを通して、というのはカデルを引き継ぐときの約束だから受けたが、まことに油断のならない人ではある。
とにかく、心身ともに予想以上に疲れた。今日のイベントなど、実質的にはただのジャブの打ち合いにすぎないわけだが、油断をすると足をすくわれるということを実感する。学生というのが、いかに背負うものも少ない気楽な存在であるかがよくわかった一日だったといえる。
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