12-02 フォーゲル男爵家
家を興すって大変……
ぼくがベアトと結婚して襲名するのは「フォーゲル男爵」だ。もともとはベアトのひいお祖父さんが侯爵家を継ぐに当たって、その弟、ニスケス侯爵の大叔父が名乗ることを認められた家だったが、なんでも彼が襲名してすぐ、けっこうなおイタをしそうになったところを当時のニスケス侯爵家が自分で始末をつけたそうだ。で、彼の首を自主的に差し出すかわりに、跡継ぎもなく消滅する運命にあった男爵家の株を保持し続けることを王家に認めさせたらしい。あまり縁起のよろしい話ではないが、ニスケス侯爵には「キミにピッタリだろう」と笑いながら言われてしまった。彼の中のぼくのイメージがどんどん怪しくなってきている。
三ヶ月後に結婚して正式にフォーゲル男爵となるぼくは、その結婚を王家に報告するまでに貴族の家としての体裁を整えなければならない。領地はないのでそちらの心配はないが、カルターナのどこに屋敷をかまえ、どれだけの資産を保有し、そこで何人の使用人を抱え、警備として何人に武器を携帯させるか、すべて王家の承認を得なければならないのだ。ちなみに昨日卒業したばかりのぼくは、なにひとつ決めていない。
「使用人の候補者を紹介することは出来るけど、それを束ねる役を誰にさせるかは、アンリやベアトリーチェさんとの相性もあるから、自分たちで決めるしかないぞ?」
パーティーから一夜明け、伯爵家の屋敷で朝食をとっているときに、ロベールが難しい顔をしてそう言った。じつは、ロベールも家督を継ぐときに家の骨格はお祖父様から引き継いでいるので、こういうことを自分でやったことはない。マジメぶった顔をして頷いているフェリペ兄様もいずれ同じようにロベールから引き継ぐわけで、そういう心配とは無縁だ。要するに、実のあるアドバイスをくれそうな人は誰もいないのである。
「しばらくタニアちゃんにいってもらえるよう頼んであげようか?」
正直なところ、マリエールのこの言葉がいちばん役に立ちそうなのだが、かといって安易にこれに乗ってしまうと、向こうしばらくぼくのフィジカル及びメンタルは連日限界まで切り刻まれることになる。
「いや、最初から母様に迷惑をかけること前提じゃ先が思いやられるから、ギリギリまで頑張ってみるよ。今日、これからベアトと少し相談することになってるし」
正直なところ、ベアトに丸投げしたらそれなりの成果が戻ってくるような気はする。ただ、それではあまりに情けないではないか。対外的に情けない男になるわけだから、せめて彼女に対しては情けない人間ではいたくない。あまり自信はないが……。
「そうなの? 必要ならいつでも言ってね。ところで昨日うやむやになったエリザベート様のことだけど……」
はい、やっぱり来ますよね。ぼくはその後、屋敷を出るギリギリまで話せることを探りながらの苦しい説明に追われることになった。結婚する前から第二夫人が決まりそう、なんてそうある話じゃないし、二人とも格上の家であるわけで、苦しいにもほどがある。
「落ちついた、アンリくん?」
ニスケス侯爵邸を訪れたぼくは、ラウンジでベアトと向かい合う。ほんとうは隣に座りたいが、いつ誰が入ってくるかわからないし、今日は打ち合わせのための訪問ということになっているからね。
「このさき落ち着くことがあるんだろうか? 最低でも三ヶ月、走り続けなきゃいけないかも?」
「そういうつもりでいてくれると心強いわね。それで、今日は何から話そうか?」
ベアトも比較的マジモードである。彼女はオンとオフの区別はきっちりつける子だしな。
「まだどこのどれか決まってもいない家の話は考えてもしょうがないとして、何人使用人が必要か。そして、彼ら彼女らを誰に管理してもらうか、かなぁ。ベアトは自分のために何人必要?」
「わたしはロザリーにはついてきてもらうつもりだけど、あとははじめは最低限でいいわ。あとひとり身のまわりの管理をしてくれる人がいてくれると助かる」
ロザリーはニスケス侯爵家におけるベアト付きの侍女だ。物心つく前から姉妹のように過ごしてきたらしい。誰を頼る必要もなさそうなベアトだが、ロザリーのことは心から信頼しているようだ。
「家の管理をしてくれる人がその他に四、五人かな? 庭が小さければひとりくらい少なくていいかも。あと、厨房が……二人で足りる?」
自分のことだけを考えれば庭師も厨房要員もいらないのだが、来客があるときのことを考えると必要になる。ぼくがよくてもベアトが恥をかくことになる。
「最初はそのあたりから始めてみるしかないかな。それより大変なのは、アンリくん周りでしょ?」
そう、裏の顔があるぼくの周辺は、けっこう難しい。
「信頼できる人柄ならそれでいい、っていうわけにもいかないしなぁ。考えたんだけど、外向きの執事をひとり雇って、その管理も含めて家の中全体をリュミエラに見てもらう、ってのはどうかな?」
「リュミエラ様を使用人に!?」
「いや、気持ちはわかるけど、彼女の状況を考えれば身分をすぐに回復させるのは難しいでしょ? それに、リュミエラなら貴族社会対策も助けてもらえるし、裏と表のつなぎも問題ない。外にさえ出さなければ、理想的なんだよ」
「でも……でも……」
うーん、ベアトはリュミエラに関することだけ、思考がマヒしちゃうんだよな。
「ベアト、いつもきみが言っていることだけど、形にこだわることないんだよ」
「え?」
「リュミエラはたしかにぼくの奴隷という立場だけど、それはぼくと彼女の取引の結果で、ベアトには関係ない。ベアトはベアトで彼女との接し方を決めればいいんだよ。ベアトは彼女が奴隷という立場にあることを考えないでいようとするあまりに、彼女との関係のあり方を狭めてない?」
「あ……」
「それに、ぼくはリュミエラに男爵家を運営するパートナーとしていてほしいと思ってるんだ。使用人としていてほしいと思っているわけじゃないよ。ぼくもベアトも、彼女を相談相手だと考えていればいいんだ。だとしたら、すごく頼りになると思わない?」
「思う……。憧れの人が相談相手なんて、夢みたいなことね。そっか……」
ぼくはベアトの前に立って、彼女の頭を軽く抱き寄せた。
「もしかしたら、彼女が一番力を発揮できる立場なのかも知れないよ?」
「そうね……。あ、一つ訊いていい?」
「うん?」
「アンリくん周りで、執事役の人がいて、リュミエラ様がいるでしょ?」
さすがだ。「執事役」というのは、ぼくが考えているイメージにぴったりだもの。
「そうだね」
「アンリくんの身のまわりの世話をするのは誰?」
ベアトはロザリーと、身のまわりの世話にもうひとり、と言った。なら、普通に考えてぼくの周りにもせいぜい二人。執事にさせるわけにはいかないし、イヤだ。とすると……あ、ちょっといいかも。
「リ、リュミエラ?」
ベアトはいたずらっぽく笑ってぼくを見上げ、そして頭を預けているぼくの脚に体重を少しかけた。あ、後頭部が身体の中心に当たる。その気はないだろうけど、ヤバいヤバいヤバい……。
ぼくは、局部が充血する直前に慌てて彼女のとなりに腰を下ろすことで接触状態を解除した。あぶない。
「まあいいわ。お父様に言われた筆頭執事と侍女頭、というのがリュミエラ様で一気に解決するわけね? あとは警備だけど……そうなったら、ローラさんも近くに置いてあげないと、ね?」
うう、そういうことになるよな。幸せだけど難しい状態になる。
「じゃ、じゃあローラはぼくの護衛、ということで……」
「わたしの護衛は考えてくれないの?」
「考えるよぉ。いままではいなかったの?」
「うーん、学舎にいる間は考えなくてよかったし、たまに必要なときはお父様が手配してくれてた」
だとすると、ベアトにだけあまり知らない人をつけるのもなぁ……。そもそも、ニートのぼくに護衛がどれだけ必要か、っていうのもあるし。
「じゃあ、ローラはぼくたち二人の護衛。二人別々に護衛が必要なときは、ローラはベアトに。ぼくはビットーリオかヨーゼフに頼むよ。場合によってはシルドラでもいいし。基本的には、ぼくは護衛は必要ないから」
「あ、それならすごく助かるけど、あまりムリはしないでね?」
「了解。それから、家の警護はまたおいおい考えよう。こっちはできればドルニエの人のほうが悪目立ちしなくていいし」
「そうね。そうすると、あとはエリーゼさんに関することかしら?」
きたよ、きたよ……。
「はっきり言って、彼女の話は何がどうなっているのか、ぼくはサッパリわからないんだけど? なんでぼくの奥さんがぼくの知らないところで決まっていってるんだろうか?」
「そんなの、貴族の世界では珍しくもないけどね。エリーゼさんは、わたしやローラさん、リュミエラ様といっしょにアンリくんを支えていきたい、って言ってたわよ」
「聞いてないんだけど……」
「身のまわりのことを整理するメドがついたら、改めて直接思いを伝える、って言っていたわ。彼女も場合によっては聖女として教団に身を捧げる可能性もあったひとだから、それなりに大変みたい。たぶん、当面は聖騎士としてお務めを続けることになるんじゃないかな」
それも聞いてない……。まあ、エリーゼはいい子だし、結婚を考えることに不満があるわけじゃない。彼女自身がぼくとじっくり話す気があるなら、それで考えればいいか。
「彼女が使う部屋や彼女付きの侍女なんかもいずれ考えなきゃいけない、っていうことだね? あ、侍女は自分で連れてくるか……。あと、スミルノフ司教の部屋や侍女も考えなきゃ……」
「え、そっちはわたし、聞いてないよ?」
「あ、ごめん。遠征の時に力を貸してもらう見返りとして、卒業して家を構えたら食客として寝食の面倒みる、って言っちゃったんだ」
「早く教えてよ……って、お互いさまか。まあいいけど、それだとあまり小さな家じゃおさまりきらなくなるね?」
早くも暗雲が立ちこめてきた気がする。解決すべき課題の多さに、ドッと疲れが押し寄せてきた。
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