12-01 激震走る卒業パーティー
新章に入ります。卒業したアンリが今後の生活の基礎を固めるまでの話で、そう長くならない……はずです。
前章までの登場人物紹介も行う予定ですが、チマチマと時間がかかりそうなので、ゆっくり作業した上で割りこみ投稿でこのエピソードの前に入れる予定です。必要に応じてご参照ください。
パーティーは華やかでありながらリラックスしたムードに満ちている。つい半時ほど前、学舎で最後の公式行事になる卒業式が終わり、多くの卒業生が八年にわたって肩に背負ったものを下ろしたような穏やかな表情を浮かべている。また、同じ八年、子供を学舎にゆだねてきた親たちも、一つの区切りがついたということだろうか、どこかスッキリした顔つきだ。
卒業式は形どおりに行われた。卒業生代表としてベアトが謝辞を述べ、騎士課程首席のリシャールと魔法課程首席のルカが短いコメントをつけ加える。在校生代表の送辞と学長の送別の辞のあと、例年と同じように在校生の拍手に送られて卒業生がホールを出る。それは、同期のみんなが子供時代に別れを告げるゲートをくぐる儀式なのだ。
広いパーティー会場で、ぼくはマルコやルカとつるみながら、互いの両親の交流につきあっている。ちなみに、リシャールのまわりにはそれなりに人が集まるので少し離れている。
リシャールは当然のように近衛騎士団に任官された。ルカは魔法局に採用されている。来月に結婚退職するジョルジュ兄様とは入れ違いだ。そして、マルコはほんとうにうちの領地騎士団に入ることになった。家を離れるぼくだが、なんやかんやでマルコとは長いつきあいになるのだろう。そのぼくは予定どおりニートとなるのだが、さすがにここ数ヶ月、これが原因で奇異な目を向けられている。ニートのどこが悪い!?
会場の中でもっとも多くの人が集まっているのがベアトのまわりであり、それに次いでニスケス侯爵夫妻が多くの親たちに囲まれている。卒業生代表でありながら卒業後の進路がいっさい判明していないベアトは、みなの関心の的だ。
このすぐあとに行われるダンスに男衆がなんとかベアトを誘おうとしているのだろう。で、こう言ってはなんだが、おこぼれを狙う女衆がそのまわりに集まる、と。
と、そのとき、ベアトがいるあたりから強烈な違和感を感じた。見ると、ベアトのまわりが凍りついたように静かになり、動きも止まっている。そして、ゆっくりとその氷は拡がっていく。
「なんだ?」
マルコがその雰囲気に気づいてぼくに尋ねる。異様な状況に頭がマヒしている感じだ。ルカも、二人の両親も同様だが、ロベールとマリエールだけが目をそらしている。
ここでハッキリわかった。今年最大のニュースが明らかになったのだ。見ると、ニスケス侯爵夫妻もあちらで知らんふりをしている。だが、彼女との結婚をいつ公表するかはまだ決まっていなかったはずなのだ。いま、何がどこまで明らかになったのか、サッパリわからない。
やがて、分厚い氷が割れて、最大の塊がゆっくりとこちらに流れてくる。そして、その塊にヒビが入り、中からベアトが姿をあらわす。薄いピンクのスッキリしたドレスが、いつもより少し華やかにメイクした彼女を引き立てている。ドレスの生地はボディにけしからんほど絡みついて、彼女のバランスのとれたスタイルをきわだだせていた。ただ、ぼくはこのあと起こることが気になりすぎて、それを堪能するどころではない。
「旦那さま、最初の一曲、踊ってくださるかしら?」
衝撃のひと言を口にして、ベアトはぼくに手を差し出す。周囲を見回しても孤立無援だ。ぼくはひざまずいて彼女の手を取ってキスする以外の選択肢はなかった。直後に周囲が、次いで会場全体が驚愕の嵐に包まれた。
そのどよめきの中でベアトはぼくに腕を絡め、ホールの中央のほうにぼくを誘う。ぼくたちが歩く先はなぜかモーゼの十戒のように人の海が割れ、立ち止まったところは真空地帯が出来ていた。そこでベアトはダンスのポジションに入り、チラッとステージの楽団のほうを見る。指揮者は慌てて指揮棒を振り、ワルツの演奏が始まった。始まった、というより、ベアトが始めさせたというほうが正解だろう。
開き直って踊り始めるぼくだが、なかなか続いてフロアに出てくる者がいない。そして、少し踊りにくいと思ったら、定位置よりもベアトがかなり近い。たぶん、まわりからは抱き合っているように見えてしまう。これではますますあとが続かない。なにせ、今日の主役は百戦錬磨の貴族衆ではなく学生を終えたばかりの青二才ばかり。腰も引けようというものだ。
結局、ぼくとベアトは三分ほど、二人だけで踊ることになった。曲が終わり、再び割れた人の海の中を通ってもといた場所に戻るころ、次の曲が始まり、ようやく多くの卒業生がフロアに出て行く。ベアトはというと、フロアに出るときよりもさらにぼくに密着している。二の腕のところで胸部装甲が素敵に潰れていて絶妙な感じだ。
ぼくらが向かう先では、ニスケス侯爵夫妻が会心の笑顔、ロベールとマリエールがすまなそうな愛想笑いで迎えていた。そのそばでは、マルコとルカが硬直したままだ。いつの間にかリシャールまでいる。
「どうかね、アンリくん、ベアトの演出は」
ニスケス侯爵が自分のことのように得意そうに言った。あんた、何もしてないでしょうが。
「えっと、どうか、とか考える余裕がまだ……。なんか、ベアトのワンマンショーにゲストで出演したという感じに近かったのでは……? せめてひとこと……」
「言ったらイヤがったでしょ? これでも考えたのよ、妻に引きずり回される情けない旦那さまの演出まで一気にやるにはどうすればいいかってね? わたしだって、さすがにこれだけ目が自分に集まっちゃうの、恥ずかしいのよ?」
いや、とても恥ずかしがってるようには見えなかったし、ぼくとしては、ベアトがひとの視線を力づくで集めてしまう存在なのだ、人の輪の真ん中にいるのが自然な存在なのだと改めて感じた。だが、それは今は言うまい。そして、これからベアトという光の影に隠れてぬくぬくと生きていくことは出来そうだ、とは思っている。
ただ、ぼくのため、というところはさすがに感動してしまった。たしかに、とことんベアトにリードされたことで、否応なしにぼくがベアトに振りまわされて生きていくだらしない旦那として生きていくことが、多くの人の頭にすり込まれた。あとからいろいろ勘ぐる人もだいぶ減ったろう。
「ありがとう。感謝してる」
そう言ってベアトを見ると、ニッコリ笑って絡めた腕の力を強め、肩に軽く頭を乗せてきた。こういう甘え方も出来てしまうのが、この子のすごいところだよなぁ。
「ア、アンリ、ちょっといいかな?」
ようやく硬直が解けたマルコが、軽く甘々風味のぼくたちに声をかけてきた。
「マルコさん、わたしはちょっと挨拶もありますから、しばらくアンリさんをお返ししますね」
いろいろな意味で空気をすばやく読んだベアトが、ぼくからスッと離れていく。ま、こういう状況でもベアトと踊りたい人もヤマほどいるだろうしな。
「い、いつからそのようなことになっていらっしゃったのでしょうか?」
なんでマルコの腰が引けているのかはわからないが、それを聞きたい気持ちはわかる。だが、言葉の使い方が間違いだらけだ。
「七回生の半ば頃、かな。詳しいことは、マルコたちにはあらためて話す機会を作るよ」
「おまえ、エリザベート嬢と知り合ったの、役得だって言ってたよな? どういうこと? こういう話なら、役得もなにもないじゃないか?」
バカ、リシャール、ニスケス侯爵の前でそんなネタ振るんじゃない!
「ちょっ、その話は……」
みなまで言えなかった。
「エリザベート嬢は一歩踏みこむ覚悟を固めたそうだよ。教会との関係をどうするかは、お父上やフェルナンデス枢機卿総代と話し合っているそうだ。教会も、手塩にかけた彼女にそう簡単に去られては困るだろうしな」
通りがかりの人にショットガンをぶっ放されたような衝撃が襲った。ぶっ放したのはニスケス侯爵だ。こんどはロベールとマリエールの顔にも「?」が浮かんでいる。
「あの……踏みこむって、どこに?」
「きみに対して、に決まってるじゃないか。立場は側妻ということで問題ないらしい。先方も立場が立場だし、なんとか『同格』という道がないかわたしも探してみたんだが、さすがにそれはなかったよ。正式な話になるのは半年くらい先になりそうかな」
「ちょ、ちょっと侯爵、いつの間にそんな話が……!?」
「ひと月ほど前からだな。彼女のお父上とも話し合いを進めているところだ」
「なに考えてんですか! ベアトにどう説明するんですか?!」
「ためらうエリザベート嬢の背中を押したのはベアトなのだよ。行き着く先まで承知の上だが?」
「は? なんなんですか、そのトンでも展開……?」
言いかけたぼくの耳もとに侯爵が顔を寄せた。
「二人の貴婦人も承知のことだそうだよ」
本日最大の衝撃と言ってよかったかもしれない。ぼくは、このひと月ほどリュミエラとローラのぼくに接する態度がどことなくなまあたたかったことを思い出した。そうか、そういうことだったのか……。
「それはともかく、今日こうやって明らかにした以上、きみとベアトの結婚は明日には王宮まで話が届くだろう。ここから先は、あまり時間を引きのばすことは出来ない。三ヶ月だ。普通の婚姻とは違うと言うことで、あまり大げさなことをする気はないが、三ヶ月後には三回はお披露目の場を設ける必要がある。ウチのものが相談には乗るが、きみもベアトと一緒にきっちり取り組んでくれよ?」
侯爵が急に顔を引き締めてマジ話に移行した。ぼくの頭が働いていないタイミングを狙っているとしか思えない。三回というと……王室を含む王宮関係者で一回、それ以外の貴族で一回、騎士団や商人も含めたよりおおざっぱで大規模なヤツを一回、っていう感じか。ジョルジュ兄様のことを考えると、最後の一つも意外と大事だったりするな。
「は、はい」
「それから、きみたちの家はわたしが手配を進めているが、その中身はきみが決めなきゃいけない。わたしやきみのお父上がその他大勢を集めることは出来るが、信頼できる筆頭執事、侍女頭、衛兵長はきみにとってもっとも重要だ。貴族社会の経験がないきみたちを日々支えられるのは、そういったものたちだということを頭に置いて、しっかり考えたまえ」
だめだ。侯爵はここぞとばかりにマジモードだ。いちいち言われることはもっともだが、いまこの場でなくても、とは思う。しかし、それを口に出来る雰囲気ではない。
「……わかりました」
「やっべえ……、大物と結婚するってこういうことかよ……」
背中のほうで、マルコがそおっとぼくから離れていく気配を感じた。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




