Interlude 9 ある日常
ある日の仲間たちです。
「ベル、もっとキリキリ歩くでありますよ。まだ予定の半分も消化してないであります」
前を歩くシルドラがこちらを振り返って煽るように言う。いい加減にしてほしい。こんな掃いて捨てるほどある屋台の食べ物を全制覇なんて、考えただけで何かがこみ上げてきそうだ。いや、もうすでにそこまでこみ上げてきている。わたしの胃袋はあんたと違って底なしじゃないんだ。そして、わたしの財布にはすぐに見える底があるんだ。わたしは自分の運命に開かれていた未来が閉じてしまったあの日を、深い悔恨とともに思い出す。
「知らない天井だ……」
何かに導かれるようにそう呟いたのを覚えている。わたしは召喚の魔方陣の起動チェックのためにメルビルの森に入ったのだが、たしかに油断していたと思う。
得体の知れない男にけっこう法外な金を渡されて、「遠征してくる学生にいやがらせをしてくれ」と依頼されたのがその二月ほど前だ。魔獣を何匹かけしかけて痛い目を見せればいい、というなんともおいしい依頼にわたしは浮かれていた。そして、鼻歌交じりで行程を半ばまで来たあたりでいきなり意識を刈り取られた。そして意識を取り戻したのがあの魔窟ともいうべき屋敷だったのである。
魔力の動きを乱す仕掛けを施されていたわたしは、一見なんとも雑な拘束をどうしても破壊できなかった。そうこうしているうちに部屋に入ってきたのが、いま目の前にいるシルドラだった。
ニターッと凶悪な笑いをこちらに向けるこの女にわたしは恐怖した。これまでに何度か関わり合いになっているが、とにかく他人を痛めつけることが好きで、しかもうまい。さらに、たまに加減を知らない。
「ベルメイリア、なんでおまえがあそこをウロウロしていたのか、キリキリ吐いてもらうでありますよ。あ、おとなしく吐かなくてもそれはそれでかまわないであります」
冗談じゃない。こいつの嗜好を満たしてまで隠さなきゃならないことなんてなにひとつないのだ。わたしはシルドラのガス抜きのために二、三発あえて喰らったあとで、いきさつをぶっちゃけた。シルドラのつまらなそうな顔が痛快だった。
「シルドラ、あんた魔法上達したの? 全然うまく魔力が使えないんだけど、あんたわたしにこんなコトできる腕あったっけ? 物理オンリー魔法ゼロのあんたが?」
森人であるわたしは物理でシルドラにあらがういかなる術も持っていないが、魔法については同じ歳くらいの魔族の中では上位に来るのではないかと自負している。こいつに魔法で一泡吹かされるとか、ありえないのだ。わたしの魔法をここまで完全に押さえ込めるなんて、思いつく中ではノスフィリアリさんと、こいつの姉であるテルマさんくらいだろ……って、姉?
「残念ながら、それはわたしではないであります」
部屋を慌てて見渡したわたしの目に、隅のほうで熟睡している女が目に入った。
(なんであの人がこんなところに!? シルドラはあの人から逃げまわっていたはず……)
「ちょっと金になればすぐに飛びつく頭の悪さは変わっていませんね、ベルメイリア」
硬直したわたしがおそるおそる振り返ると、そこにはわたしがもっとも会いたくない人が立っていた。
「ノ、ノスフィリアリさん……」
わたしは自分の欲を棚に上げて、わたしにこの二人にケンカを売るような真似をさせた依頼主を心の底から憎んだ。もちろん、このときは自分が憎む相手が教会だとは知らなかったのだが……。
「シルドラ、そろそろわたしの胃袋と財布が限界なんだけど……」
「前金で教会からずいぶん受け取ったはずでありますよ。ケチケチするんじゃないであります」
あいかわらず、ムカつくしゃべり方だ。
「ねえ、あんたこれから本気で何年もあのアンリって子につきあうわけ?」
「そう言ったはずでありますよ? イヤなのでありますか? 逃げようとしているでありますか?」
「いやいや、そうは言ってないから! テルマさんとノスフィリアリさんにケンカを売って、さらに逆らってとか、生き残る未来見えないし!」
あのふたりが恐ろしいのはもちろんだが、目の前のシルドラならなんとかなるかというと、たぶんダメだ。初手の魔法をうまく喰らってくれれば勝ち目はあるが、こいつもそのあたりは成長している感じだ。そして、残念ながらわたしはこいつの物理をしのげるほどには成長していない。
「ベル、おまえはわたしが強くなったような気がしないでありますか?」
シルドラが頭の中を読んだような返しをしてきた。
「うん、ガチでやったら、ちょっと分が悪いと思うくらいには……」
「アンリ様のおかげでありますよ」
「は? あの子そんなに強い? いや、人間としてけっこうなところまで行ってるのはわかるけどさ」
「使い方がうまいんでありますよ。わたしがうまく暴れられるように使ってくれるのであります。わたしは基本的に鉄砲玉でありますから……」
「それはわかってるけどさ」
「ケンカ売ってるでありますか?!」
「自分で言ったんじゃないのよ!」
「まあ、いいであります。とにかく、うまく使ってくれると、いいところを見せよう、って気になるんでありますよ。そうすると、ふだんから、もっとうまく立ち回るためにどうするか、と考えるようになるであります」
これまでわたしは誰かとつるんで何かをすることはなかったから、うまく使われるとか、考えたこともなかった。誰かがわたしをうまく使ってくれれば、ちょっと頭打ち気味のわたしの魔法も道が見えてくるだろうか? しばらく試してみてもいいか?
「あのふたり、みょうに仲がいいですね、ビットーリオさん」
エマニュエルと二人で広場で肉の串焼きを頬張っていると、エマニュエルがベルメイリアを引き連れているシルドラを見つけた。言い争っているようだが、たしかに呼吸がピッタリきている感じだ。
「仲がよかったわけじゃないんだろうが、あの二人なりにこれまでのつきあいが濃い、っていうことなんだろうな。タイプは違うが強さも似たり寄ったりなんだろうし、好敵手ってか?」
「ビットーリオさん、使い古された言い回しはやめましょう」
「どうせオレはオッサンだよ。だが、それを言ったらキミはどうなんだ?」
「まあ、実際に生きた長さと感性が若いかどうかは違う、ということですかね」
口の減らないヤツだ。じっさい、エマニュエルが誰かに言い負かされたところは見たおぼえがない。口のうまいアンリくんですら、相打ちに持ちこむのがせいぜいだ。
「あの女は役に立つかね?」
「どうでしょうね。アンリももうすぐ卒業で、そのあとは行動範囲を広げるでしょうから、人手は少しでもほしいところですね。能力的にはいいコマだと思いますよ。あとは、アンリとともに行動することにどれほどメリットを感じてくれるか、でしょうね」
コマ、ね。この歳でためらいなく人をコマ扱いできるのは、すがすがしいぶっ壊れ方だ
「そのあたりはシルドラの嬢ちゃんがうまく手綱をとってくれるといいがな」
「ほかの相手だと『シルドラさんが手綱?』ってなるんでしょうけど、あのベルメイリアさん相手だと、たしかになんとかなる気はしますね。相性的にシルドラさんにかなり有利な感じですから」
「人手っていえば、あの司教さんはどうなんだ? アンリくんの表の家に居候するらしいが……」
「あの人は難しいですね。能力的にはきわめて優れた人ですけど、運がよければいい助言がもらえる、という程度に考えたほうがいいと思います。こちらの思い通りに動かせる人ではないんじゃないでしょうか」
「やっぱりそう思うか……」
「それよりも、女王国の人脈を確立し直さないといけないと思います。シャナ王女は今後も協力関係を持ってくれると思いますが、接触が難しくなりますから」
「マイヤちゃんが女王国に本拠を移すってアレか? 転移は出来るんだろ?」
「いや、マイヤさんがいてこそあの魔方陣は意味があるんですよ。彼女がいない状況で勝手に接触しようとしても、シャナ王女が受け入れないでしょう。少なくとも、マイヤさんに自由にコンタクトをとれるようにする必要がありますけど、彼女自身は、ぼくらに心を開いているわけではないですからね。自由に転移、なんて許可しないと思います」
「あのお嬢ちゃんも変わり者だからな。キミはどうなんだ? いつでも逃げ出しそうなことをいっているわりに、よくつきあっているじゃないか」
「アンリが約束を守っちゃいましたからね。少なくとも、その結果を見るまではつきあいますよ。マイヤさんももう少しはこちらにいそうですから」
「そのあたりは、何度説明されてもよくわからないんだけどな。まあ、そういうことなら、これからもよろしく頼むわ」
「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします。」
「ローザさん、こんどはあそこの店の焼き魚を十匹お願いするのです」
「ニ、ニケちゃん、そろそろ勘弁してくれる気は……」
「あり得ないのです」
これで十件目の注文だ。屋台なので一つ一つはそう高くないが、すべて十人前単位の注文だとさすがに財布がキツい。
なぜこのようなことになっているかというと、庭でゴロゴロしていたニケちゃんにわたしが無謀にも勝負を挑んでしまったからだ。もちろん、一対一で、などと身の程知らずなことはしていない。ヨーゼフとフレドと組んで三対一で、しかも猫人モードのニケちゃんとの勝負だ。そして渋るニケちゃんに「三人を倒したら広場の屋台食べ放題」という釣り餌をたらしてしまった。気合いの入ったニケちゃんにわたしたちが見事にノされ、こうして彼女のお供をしているのだ。
勝負を挑んだのは、なにも思いつきではない。わたしたちなりに、自分たちの戦力を底上げしようとしているわけだ。わたし、ヨーゼフ、そしてフレドの三人は、決して役に立たないほど弱いとは思わないが、他の人たちに比べるといかにも存在が中途半端だ。今後アンリさまたちの足を引っ張らないためにも、出来るときに力はつけておきたいのだ。
だが、今回は挑む相手を間違えたということなのだろう。
ああ、八件目の注文をフレドが、九件目のをヨーゼフが持ってやってきた。焼き魚を買いに行く前に、どちらかにお金を借りないと……。
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