Interlude 8 少女たちの密談
スーパーガール視点です。彼女の少女らしい内心も描くようにしてみました。
エリーゼのお祖父さん、お父さんは、遠征がらみのゴタゴタのあと、ライバルが失脚して昇格しています。
「ベアトリーチェ様、突然押しかけるような真似をしてしまって、ほんとうに申しわけございません。無礼はこの通り、お詫び申しあげます」
ここは学舎の女子寮の特別応接室だ。わたしの目の前で、フェルナンデス筆頭大司教の娘さんでいらっしゃるエリザベート様が、ほんとうに恐縮しながら頭を下げている。
その表情はほんとうに泣きそうで、何かわたしが彼女を責めているような錯覚に陥っていたたまれなくなってしまう。にもかかわらず、目が離せない。それほどかわいらしい方だ。筆頭大司教のお嬢さん、という以上に教会ナンバーツーの枢機卿総代のお孫さんという破格の家庭環境を持つ方でありながら、高等学院では身分を問わず誰にでも愛されている方だと聞く。
前もって聞いていなければ、この方が白銀の鎧に身を包み、剣を振るって害敵を討つなど、とても想像できないところだ。それに、ずっと以前にお目にかかったときよりもさらに魅力的に成長されている。……もちろん胸の話ではない……つもり。でも、やっぱりすごいな、あれ。わたしなんか、まったく問題なく足もとが見えるのだけど。
「エリザベート様、どうかお顔をお上げになって。それから、わたしに『様』は不要ですから。で、本日はわたしにどのような?」
そうはいいつつ、だいたい想像はついている。ふだん親交があるわけでもない彼女が、このタイミングでわたしを訪ねてくるなど、理由はアンリくんに決まってる。きっと、お父様が彼女のお父様やお祖父様になにか話したのだ。わたしには「卒業までは絶対に周囲に気取られてはいかん」とか言っておきながら、どういうおつもりなのかしら?
「で、ではわたくしのことはエリーゼと……。本日、厚かましくお時間を頂いてしまったのは、ベアトリーチェさんにぜひ個人的にお祝いを申しあげたくて……」
エリザベート様、いえ、エリーゼさんはわたしに弱々しく微笑んでみせる。ほら来た、という感じだが、正直、抱きしめたくなるくらい愛らしい。でも、とても「お祝いを」という風情ではないわよね。たぶんこの方は、心にムチを打ってわたしの結婚を祝福することで、自分の気持ちをムリヤリに封印するつもりなのだ。このすべてが愛らしい方に、そんな思いはさせたくない。
「エリーゼさん、街に出て、お茶でも頂きません? お車、わたしも乗せていただいて良いかしら?」
「え? は、はい、もちろんかまいませんが……」
「では、少しの間お待ちいただけます? 支度をしてきますので」
わたしは応接室を出ると、テルマさんに呼びかけた。アンリくんと連絡をとりたいときなんかに、最近は仲立ちをしてくださっているのだ。
「ベアトリーチェ、どうしたの?」
「リュミエラ様とローラさんがいらっしゃったら、ベアトリーチェがいつものカフェでお会いしたいと申していたとお伝えくださいませんか?」
最近、ときどき女の子同士のおしゃべりに使っているカフェがある。アンリくんがエリーゼさんを連れていった「エスカイヤ」よりは少し格は落ちるが、あまり人目につかない穴場なのだ。それに、エリーゼさんにとってアンリくんとの出会いの店と言ってよいようなところに、わたしがいきなり踏みこむのは無神経よね。
「わかった」
一瞬目の前にあらわれたテルマさんは、そう答えると次の瞬間には消えていた。
「あの、ベアトリーチェさん、ここはいったい……?」
わたしとエリーゼさんは個室でテーブルをはさんでお茶を頂いている。彼女は、これからなにが起きるのか不安でしょうがないみたい。ムリもないけど、もう少しガマンしていただかなくちゃ。
「お茶、お口に合うかしら? わたしは気に入ってるのだけど」
「い、いえ、とてもおいしいです。ただ、少し落ち着かなくて……」
「もう少し待ってくださる……ああ、いらっしゃったわ」
ドアがノックされ、わたしの返事を待って給仕人が二人を案内してきた。
「ベアトリーチェ、どうしたのさ、急に……あれ、誰?」
ローラさんがエリーゼさんを見て首を傾げる。だが、驚いたふうのエリーゼさんの目はそのうしろに控えているリュミエラ様に注がれていた。うん、わたしと同い年の彼女なら、リュミエラ様に憧れていなかったはずはないわね。感じや装いがいくら変わっても、リュミエラ様の存在感の大きさは少しも変わっていないのだ。
「エリーゼさん、こちらはローラさんとリュミエラ……さん。お二人は……」
「べ、ベアトリーチェさん、リュミエラさんって、もしや……!?」
わたしはエリーゼさんに「そこまで」というメッセージとして、唇に人差し指をおいて見せた。
「エリーゼさんが何かを感じたのなら、感じたとおりだと思うわ。でも、それは心の中だけで、ね?」
「は、はい……」
エリーゼさんは、いっぱいいっぱいになってきている。そろそろ本題に入らなきゃ。
「ローラさん、リュミエラ……さん、こちらはエリザベート・フェルナンデス様です。この方は……」
「ああ、あの教会の? はじめまして、ローラです。堅苦しいのは苦手だから、無礼は許してね」
ローラさんがそう言って片目をつぶってみせた。エリーゼさんは少し頬を赤らめる。美少年として過ごされた時間が長いために当然といえば当然だけど、こういう仕草がほんとうに優雅でサマになる方だ。
続いてリュミエラ様が黙って頭を下げてエリーゼさんに微笑んだ。それだけでどことなくエリーゼさんが自分を取り戻した雰囲気になる。やはりリュミエラ様はすごい。
わたしたちは、そのまましばらく他愛ないおしゃべりにうち興じた。リュミエラ様はもちろん、ローラさんも会話の達人だ。最初は戸惑っていたエリーゼさんも、ほどなくすっかりうちとけてくれた。
「ベアトリーチェさん、そろそろよろしいのでは?」
やはり、リュミエラ様はわたしの考えをお見通しだったらしい。本題に入るタイミングをうまく作ってくださった。
「エリーゼさん、このお二人はね、アンリくんの大事な人たちなの。エリーゼさんはもちろん、わたしも知らないアンリくんをたくさん知っている人たち。アンリくんと一心同体と言ってもいいと思う」
「ベアトリーチェさんも知らない……?」
エリーゼさんは少し会話の展開に戸惑っている。ムリもないか。
「わたしの結婚話は、父から伝え聞かれたのだと思うけど、わたしはたしかにアンリくんと結婚することになってるわ。でも、それはこの方たちの中にあとから割りこんだようなものなの。お二人のことを知って、お二人と一緒にアンリくんを支えたいと思って、そしてそれをお二人が受け入れてくださったからこそのことなのよ」
「あの……それをなぜわたくしに?」
「お二人が同じように受け入れてくださるなら、わたしはエリーゼさんといっしょにアンリくんを支えていくことになっても、全然かまわないのよ?」
「ベアトリーチェさま……さん、気づいてらしたのですか?!」
いや、むしろどうすれば気付かないでいられるのか、教えていただきたいくらいよね。
「たぶん、アンリくんもエリーゼさんの気持ちには気づいてると思うわ」
「そんな……、恥ずかしくて、もうお目にかかれません!」
エリーゼさんは両手で顔を覆ってイヤイヤをする。ほんとうにアンリくんに気持ちを気づかれていないつもりだったようだ。うん、どこまでかわいい方なのだろう。こういう少しだけ残念なところも、みなから愛されてしまう部分なのかしら? ただ、身体の動きにつれてとてもかわいいとはいえない揺れ方をしているものがあって……やっぱり少しうらやましいかも。
「アンリだったら、そんなこと気にしないで大丈夫だよ。むしろ、『責任とってよ』っていう感じでいいと思うな。ほくだって、最初はそんな感じだったし」
「エリザベートさま、アンリさまはエリザベートさまのお気持ちを察していて、それでいて、距離をとったりしようとされていません。そのことに自信をお持ちください」
そう。アンリくんはニブいフリをしているけど、ニブい人じゃない。距離をとられていないなら、第一段階はクリアしているのだ。あとはきっと、踏み出す覚悟だけ。
「わたくしのまだ知らないアンリさん……知ろうとしてもよろしいのでしょうか? みなさまにご迷惑をおかけしません?」
「エリーゼさんにしてほしくないことは、アンリくんを知った上でアンリくんを裏切ることだけよ。そうなってしまったら、わたしだけじゃなくてお二人も敵に回ってしまうわよ?」
わたしは、わざとらしくエリーゼさんを睨んでみせた。彼女の顔がほころんでくれる。
「そんなことになったら、女はドルニエで生きていけません。ローラ様もきっと、ほんとうは怖い方なのでしょう?」
「ひどいなぁ。ぼくはなんの害もないただの女の子だよ」
ローラさんはどの口でこのようなことを言うのでしょうか? たぶんこの方、ドルニエの女性の中で間違いなく三本の指には入るほど強い方なのよね?
それにしてもローラさん、最近は一段と女らしくなられた。ちょっとした仕草が、みょうに色気を感じさせたりする。うん……そういうことよね。わたしもアンリくんと結婚したら、こんなふうにステキに変わっていけるのかな。変えて……くれるかな?
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




