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Interlude 7 ある日の家族

伯爵家の人々のひとコマです。

「ニスケス侯爵、パウラさま、このような遠方まで足を運んでいただき、本当にありがとうございます」


「伯爵、堅苦しいのは抜きにしよう。自分としては、アンリくんをきみやマリエールさんから取り上げてしまうのに、いままで正式に挨拶にこられなかったことが心苦しいくらいだったのだ」


 侯爵の視線に応えて妻のマリエールが深く礼を返す。


「とんでもありませんわ。パウラ様、どうぞこちらへ。シャルロット様も是非お目にかかりたいと」


「ありがとう。私もお二人に会うのを楽しみにしていたのよ。伯爵、わたくしはいったんマリエールさんのお誘いに甘えさせていただきますね」


「ええ、承知しました。またのちほど」


 挨拶を交わしながら、二人の女性が部屋を出ていく。パウラさまとマリエールは、歓迎の夕食会まで別行動になる。女三人で親交は深まってくれるだろう。マリエールもシャルロットも他人と仲良くなることにかけては名人級だからな。




「さて、卒業式まで一月と少しだが、段取りを詰めようと思ってね。この間伝えたベアトリーチェの意見はどうだい?」


「どうだい、といわれましても、わたしもマリエールもお嬢様のご配慮に恐縮するばかりでしたからね。あの子も自分の立場はわかってますし、もっと侯爵の都合で扱ってくれて構わないのですが……」


 ベアトリーチェお嬢様とアンリの結婚をどう公表するかについて、半月ほど前にお嬢様自身のアイデアが伝えられてきた。形式ばったやり方はせず、卒業式後のパーティーでお嬢様がアンリをも振り回す形で派手にぶち挙げ、ベタベタと甘えたところを周囲に見せつける、というのだ。お嬢様ご自身が、自分および自分の将来に多くの人が関心を持っていること、立場上ご自身の結婚がひっそりと行えるものではないということを十分承知した上でのアイデアだ。お嬢様がアンリにベタぼれして周りもそれに引き摺られた結果の結婚だと、周囲が勝手に思ってくれる。


「わたしの利益にもなるのだよ。あのやり方なら、外から見たわたしは娘にダダ甘のダメな父親だ。私を勝手に見くびってくれるものもふえるだろうし、ニスケスとド・リヴィエールの距離が接近することが目立たないですむ。子供達に流されてオロオロする伯爵も、周りに新しい印象を与えるだろうな」


「わたしとしては、お嬢様に申し訳ない気持ちで一杯です。なにか、難しい部分を全部押し付けてしまっているようで……」


「気にしないでくれ。あの子はあの子で、そうすることが自分のためになると判断してのことだ。意外としたたかな子なのだよ」


 アンリの結婚はいろいろな意味で普通ではない。あの子は間違いなくわたしの知らない顔をいくつも持っているし、結婚を決断する上でその顔が関係していないはずはない。わたしとしては、あの末っ子が穏やかな家庭を持ってくれればそれでよかったのだが、あとはあの人並外れて聡明なお嬢さんがうまくあの子を包んでくれるように祈ろう。





「そういえば、先日さる集まりで上のお嬢さんにお目にかかったの。いつものように優雅で気配りにあふれた立ち居振舞いが素晴らしかったわ。ウォルシュ侯爵ももうすぐ家督をお譲りになるようだし、そうなると、わたくしと同格ということになるのね。怖いくらいだわ」


「そんな、パウラさま。いつまでたっても子供っぽさの抜けない娘で、ときどきハラハラさせられてしまいますの」


 パウラさまが思い出したようにカトリーヌさんのことを話題にし、シャルロットさまが恐縮して応じている。わたしから見てもカトリーヌさんは非の打ち所のない子だ。わたしはイネスちゃんになんの不満もないし、心から愛しているけど、少しカトリーヌさんを見習って、と思ったことがないといえばウソになる。


「真ん中の息子さんも商家の跡継ぎになられるとうかがったわ。いまでも、アンリくんまで奪ってしまってよかったのか、と思わないでもないの」


「とんでもございません。わたしは、こういう形で子供達が誰かに強く望まれることを、心から光栄だと思っております。それに、奪われる、なんて思ったこともありません。ご縁があるたびに、子供がふえるようでワクワクしております」


 わたしはパウラさまの心配を即座に否定した。シャルロット様も大きくうなずいている。


「そう言っていただくと心がラクになるわ。わがままでどうしようもない子だけど、マリエールさんも気がついたことがあれば、実の娘と思ってビシビシしつけてかまわないから」


「なにをおっしゃいます。あれほどすべてをお持ちのお嬢様はそうそう出会えるものではありませんわ」


「マリエールさんの言うとおりです。一度しかお目にかかっていませんけど、カトリーヌなど足元にも及ばない存在感を持たれたお嬢様ですわ。正直、圧倒されてしまいました」


 わたしの言葉をすぐにシャルロットさまがフォローしてくれた。実際、どうすればベアトリーチェさまのような完璧なお嬢さんが出来上がるのか、ふしぎでしょうがない。美しさと可愛らしさ、気品と親しみやすさ、聡明さと茶目っ気、気配りと主張すべきを主張する強さ……、普通どちらかに片寄りがちなものを、すべて両方持っている。そして、そんなお嬢さんがアンリくんを心から好きでいてくれるなんて、親としてこれ以上何を望めばいいというのか。


「まあ、いまの社交界の最高の名花をそんなふうに言ってはいけないわ。でも、お世辞でも嬉しいわね。娘に伝えたら、また調子に乗りそう」


 パウラさまはいたずらっぽくお笑いになった。そんなパウラさまを、わたしは、アンリくんをお預けする「母親」として文句ない方だと改めて思った。





「そろそろ、ニスケス侯爵ご夫妻がウチについているころね」


「これでアンリの結婚も本決まりかぁ。あぶなく先を越されるところだったよ」


 カトリーヌ姉さんのつぶやきにジョルジュがイヤなかぶせをした。


「兄様もいい加減に身を固めなさいよ。まさか兄様が最後まで残るとは思わなかったわ。アンリが電光石火だったというのもあるけどさ」


 あんのじょう、イネスがぼくに矛先を向ける。


「そうよ。お相手がいないわけではないのでしょ? フェリペくんが独り身のままだと、お父様もいつまでも引退できなくてかわいそうよ?」


「父様ご自身はまだ引退する気はないと思うけど……それから、何度も言ってますけど、『フェリペくん』はそろそろ……」


 言われていることはいちいちもっともなだけに、どうにもうまくかわしきれない。久しぶりにアンリ以外の兄弟姉妹が顔をあわせたが、たしかに気がつけば結婚の見通しすら立てていないのはぼくだけだ。ちなみに、今日はアウグスト殿下とイネスがぼくたちを私的に公邸に招いてくれたわけだが、食事が終わるとアウグスト殿下は気を利かせたのか、姿を消している。


「兄さんの理想はカトリーヌ姉さんだからねぇ。そりゃ、相手探しには苦労するよ」


「……」


 ジョルジュの言ったことは的のど真ん中を射ている。むかしから、ぼくとアンリは姉さんにとことん弱い。姉さんの言うとおり、相手の候補がいないわけではないのだが、どうしても姉さんと比べてしまう。このあたりは、アンリとでなければわかり合えないだろうと思う。そして、そのアンリは下手をすると姉さんを上回る器の相手と出会ってしまった。


「兄様もアンリも、なまじなんでも出来ちゃうからさ、どうしても自分以上の完璧超人を求めちゃうんじゃないかな。まして、身近にその理想像がいたわけだしさ」


「わたしなんかを基準にするなんて夢のないことね」


「姉様、それはイヤミね。聞いている人を怒らせるだけだから」


 またしても、ど真ん中に命中だ。少しは反撃しないとやられっぱなしになってしまうな。


「ぼくがそこそこなんでもこなすというのは否定しないけどさ、アンリは度を超えてるだろ。いま、ぼくが絶対にあいつに勝てるものと言えば、剣しかないぞ。その他は惨敗する未来しか見えない。弟ながら、なんであんな万能超人ができあがるんだ?」


 その剣にしても、父さんから「素質はアンリが一番」と言われてしまっている。同じように訓練していたら、剣すら勝てないということだ。


「兄さんと姉さんが身近にいた、っていうのは大きいわね。あいつ、なんだかんだ言っていつも二人を見てたもの」


「あら、イネスちゃんもよくアンリくんと剣の訓練をしてたじゃない」


「いまだからわかるけど、あれ、あいつがけっこうわたしに花を持たせてくれてたと思う。全力を出したことはほとんどないんじゃないかな」


「イネス姉さん相手に? 六つも年下の子供にどうしてそんなことが出来たんだろう?」


「タニアよ。あの人がアンリに注いでた力ってホントにすごいの。わたしの相手もしてくれていたけど、あとになってあれは片手間だったって思った」


 タニアか。マリエール様のそばにいつも控えていた印象しかない。たたずまいからして尋常な実力の持ち主じゃないのはわかったが、相手をしてもらう機会には恵まれなかった。というか、あの人はマリエール様にまつわるものしか見ていなかった気がする。


「イネス、タニアはどれくらいの実力の持ち主なんだろうか?」


「わたしなんかじゃとても測れない。剣を持ったら父様や兄様と互角かそれ以上かも。そして、アンリには魔法や学問も教えてた。たぶん、わたしたちのまわりのほんとうの完璧超人はタニアだと思う」


「で、その完璧超人に小さいころから仕込まれていたのがアンリ、か。底が見えん……」


「でも、アンリくんはいつもわたしたちのかわいい弟であろうとしてたと思うわ。ほんとうにいい子よ」


 姉さんの言うことはもっともだが、花を持たせてもらってばかりなのもなぁ……。






「クシュンッ!」


 風邪を引いてしまったのかもしれない。だが、ここ五十年ぐらい病気をしたことはなかったし、体調を崩すようなこともしていない。なら、誰かがウワサをしている? そうか、アンリ様がまたわたしの悪口を誰かに言っているのだ。戻ったら、きちんと問いたださなければならない。


(さて、狙いは何にしますか……。アンリ様もご自分の身を守ることに意外と頓着しないところがありますから、防具用のドラゴンの鱗でも持ち帰りましょうかね。そうすると、この山を今日中に越えた方がいいでしょうか……)



 

お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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