11-30 戦いすんで……
「悪役令嬢」ものに少しかまけて、更新の間が空いてしまいました。申し訳ありません。
そう言った舌の根も乾かぬうちになんですが、そちらも覗いてみていただけると幸いです。
ようやく到達した森の中心部、そこに待ち構えていたのは、言うならば双頭の虎だった。魔力の強さはあまり感じないが、対峙した瞬間のプレッシャーは圧倒的だった。
「下がれ!」
ぼくは級友たちを放置して荷駄の冒険者たちに叫んだ。フレドはともかく、完全武装ではない低位冒険者では一撃で致命傷をもらいかねない。ぼくの声に反応したフレドは、彼らに荷物を放棄させて一気に木が密集したエリアまで後退した。あれなら少なくとも、リシャールたちの戦闘から直接巻き添えを食うことはない。もちろん、正面から狙われたらアウトだが……。
振り返ると、アンドレアとパウロが、胸を貸している師範の繰り出すような攻撃を喰らう直前で大きくうしろに飛びすさっていた。喰らっていれば致命傷とは言わないが、そのあとの戦闘に多少の影響は避けられなかっただろう。感覚は悪くない。だが、彼らの表情には戸惑いが浮かぶ。あれだけ言ったのに、力押しのあとの攻め手がないのか?
その時、マルコが盾を構えたまま、全力で虎先生に突っこんでいった。アッ……と思うと、ためらうことなくそのあとにリシャールが続く。慌ててぼくはマルコに強化の魔法を当てる。ギリギリで間に合ったが、これで先ほどぐらいの攻撃なら、一、二発はさしたるダメージにならないはず。
虎先生が待ち構えて振りかぶるが、マルコはさらに踏みこんで自分から先生にぶち当たる。一瞬だけ先生が立ちすくむ。そこにリシャールがマルコの後方から一気に飛び込み、上段から首筋に切りつける。ぼくの強化もギリギリだ。致命傷にはほど遠いが、ハッキリと首に剣で刻まれた傷が見えた。
直後、二人は深追いせずに距離をとる。一撃からそこまで通して良いコンビネーションだ。虎先生は大きな咆哮を上げた。プレッシャーがさらに膨れあがる。
「アンドレア! パウロ! なにやってんだよ! 考えて動けよ!」
ぼくは、棒立ちになっていた二人に強化魔法をかけながら怒鳴った。この期に及んでライバル心に引っ張られてリシャールと同じことをやろうとするならば、こいつらはしょせんここまでの奴らだ。やるべきことをやっているリシャールとマルコには悪いが、すぐそこに来ているはずのエリーゼたちの力を借りて始末をつけるしかないのだが……幸いにも、二人とも正しい選択をしてくれた。
二人は距離をとり、虎先生を挟んで反対側にまわり、タイミングをずらして細かく攻撃を当て始めた。もちろんさしたるダメージは入らないが、虎先生のリシャールに対する注意はうまく削げている。その間隙を突いて、マルコとリシャールは同じパターンを体勢を変えながら繰り返し、ついに二つの首の一つが落ちた。
「よっしゃあ! このまま行くぜ」
「マルコ! 油断するな! アンリ! おまえが持ってる盾よこせ!」
叫んだのは、アンドレアだった。虎先生からのプレッシャーはさらに膨れあがっている。
あらかじめ彼らの近くに位置を変えていたぼくは、アンドレアに駆けよって盾を持たせる。ぼくに攻撃が飛んできたときの備え……と見せかけて、アンドレアかパウロが必要としたときのために持っていた盾だった。
「パウロ、おれの後ろから来い! アンリ、さっきのワケのわからん魔法くれ!」
ぼくはすぐに二人に強化を当て、続けてマルコとリシャールにもかけ直す。あとは、強化の効果が途切れないように気をつけていればいい。ぼくは彼らに見えないように大きく安堵のため息をついた。
虎先生の傷が着実にふえ、やがて動きが鈍り始める。マルコとリシャールだけでなく、アンドレアとパウロも一撃ごとにコンビネーションが冴えていく。そろそろ終わりだと思うが……。
「アンリさん、次で最後です!」
リシャールが次の一撃のために動き始めたところで、後方少し離れたあたりから女性の声が飛んだ。エリーゼだ。次の一撃が虎先生を沈める攻撃になると見切ったようだ。ぼくはリシャールのひと振りにタイミングを合わせて属性を解消する魔法を放った。そして、虎先生は倒れ伏し、動かなくなる。
「お見事でした。さすが騎士課程の精鋭のかたがたですわね」
膝をついたまま肩をたたき合って喜んでいる四人を見ていると、エリーゼが美しい歩様でこちらに近づいてきた。そのうしろに付き従うガブリエラは無表情だ。さらにそのうしろから、騎士ふうの兵士が数人。
「いえ、そろそろかなとは思ってましたが、自信はなかったのです。完璧な支援でした。ありがとうございます」
ぼくのそばに立ったエリーゼは、ぼくを見上げるとニッコリと笑ってみせた。カフェに行ったときとは違う、教会らしい白銀の鎧姿だ。だが、鎧の胸の部分のカーブがおかしい。ぜったいにあの曲線の鎧は汎用品ではありえない。何より、下が見えないじゃないか、あれじゃ。
「お役に立ったのなら嬉しいわ」
「みなさんなら、もう少しうまくやっていたんでしょ?」
「わたしたちはそれがおつとめですもの。訓練を受けてますし、魔法も与えられてますから。騎士の訓練しかされていないかたがたが、いきなりあれと戦って仕留めてしまうほうがすごいわ」
うん、悪意のない、ほんとうに相手に素直に届く言葉だ。いい子だなぁ。
「お、おい、アンリ……その、し、淑女のかたがたは……?」
戦闘後の昂揚から復帰して訊いてきたのはパウロだったが、戦闘があった場所に鎧姿でいる女性に、言いよどみながら「淑女」はダメだろう。童貞感丸出しだ。少なくともエリーゼには届かないぞ。
「失礼いたしました。エリザベート・フェルナンデスと申します。高等学院に籍を置いております」
エリーゼはきれいに腰を折って礼をした。女性に囲まれ慣れているリシャールはともかく、その他の童貞たちは気圧されてタジタジだ。パーティーではそれなりに女の子に接しているくせに、場面設定が違うだけでこれは情けない。
「みんな、エリザベートさんは教会からあのバケモノを討伐するように指示されていたんだ。ぼくたちはそれをひとあし先に退治してしまった。彼女の仕事を奪ってしまったんだ。お詫びしなければ……」
ガフリエラはともかく、おつきの騎士たちがいる以上、最低限の形は作らねばならない。形式をととのえるためにそこまで言ったぼくは、手の甲に軽い痛みを感じた。エリーゼがぼくの手を取って抓っている。そして、ぼくを軽く睨んでみせる。
「エリーゼと、と申しあげませんでした?」
あっちゃ、ヤバい。四人が引いてる。エリーゼもわかってやっているのだろう。「あなたたちは目に入っていませんよ」というメッセージだ。
「そ、それはいまは勘弁してください」
「では、その話はまたあとで。教会には、見たとおりを報告させていただきますわ。ちょっと叱られるかもしれないけど、そのときの愚痴は聞いてくださいね?」
「……おまかせを」
そこで目をあわせて二人で笑い、場はお開きになった。エリーゼたちはひとあし先に引き上げていく。ぼくらも帰りじたくをして移動だ。
「凜々しかったなぁ、エリザベート嬢……おい、アンリ、いつの間にフェルナンデス家の令嬢とあんなに親しくなったんだ?」
「いままでぼくたちの年代の誰も相手にされなかったっていうのに……」
アンドレアの言葉にパウロがかぶせて質問を浴びせてくる。こいつらも貴族の子弟らしく、彼女の評判はフォローしているらしい。
「情報を集めているときに、ちょっとね。役得だよ。それに今回使った剣や盾は教会が使っているものとほとんど同じだよ」
「ズルいぞ、アンリ……」
「アンドレア、パウロ、オレたちはその情報で生き残ってるんだぜ。文句言う前に、アンリに礼を言おうぜ」
マルコが二人を窘め、二人も改めて頭を下げた。おおマルコ、おまえはほんとうにいい友達だよ。
「やるって約束したからね。それはそうと、リシャール、ぼくの自由研究の単位だけど、このままもらえる段取りになってるんだよね?」
「それなんだけどさ、まだやってない」
「なんで?! 条件にはいってたじゃん?」
「だけどさ、アンリは『ぼくに何のトクもない』って言ってたろ? エリザベート嬢と親しくなるって役得があったって、さっき言ったじゃないか。トクがあったなら、そっちはいいんじゃないかと思うんだ」
こ、このやろう、妙な屁理屈をこねてきやがった。みると、マルコも後ろで「そうだ、そうだ」とか言っている。
「いや、役得ってのは、言葉のアヤで……」
「彼女と親しくなりたい人はものすごく多いと思う。今回の件がきっかけで親しくなったなら、それはすごい見返りだって、みんな考えると思うな」
ベアトがいるぼくにとって、エリーゼと知り合うかどうか自体は、死活的に重要なわけじゃない。知り合ったいまでは、本当にいい子だとわかっているけど、縁を求めたことは誓ってない。ぢ、ベアトのことを話せない現状では、なかなか説得力をもたせられないのも確かだ。くそ、リシャールめ、偶然とはいえ、絶妙なところを突いてきやがって……。
「わかったよ、ちくしょう……」
ぼくは、白旗をあげた。
こうして、降って沸いたような遠征は、どうにか無事にクリアすることができた。持ち帰った虎先生の亡骸は、関係者を驚愕させ、討伐の最大の功労者であるリシャールは、狙いどおり英雄扱いをされることになった。まあ、このことを考えあわせると、確かに収支はプラスかもしれない。スミルノフ司教とのコネも無視できない。
そして、教会の企みとセットにしたフェルナンデス家とのコネは、予想どおりニスケス侯爵を大喜びさせた。ふん、このへんて矛をおさめてやるとするか。悔しくなんかないんだからねっ!
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




