11-29 ふたりの友
ひさしぶりに、アンリがリシャールやマルコと語ります。語ると言っても、ほとんど作戦会議なんですけどね。
「ちょっといいかい?」
ぼくは見張りを務めているリシャールに声をかけた。遠征のために学舎を出発して二日目の夜、ぼくたちはメルビル森林にはいって最初の夜を迎えていた。ここまでは、ちゃちな獣が二度ほど道をふさいだだけで、リシャールたちは問題なく処理している。
「アンリ……寝なくていいのかい?」
「もともとただの手伝いなんだから、多少寝不足でも平気だよ。そもそも、ぼくをアテにされても困る。きみたちの課題なんだからな。戦闘になったら即座に逃げるからよろしく」
「冷たいなぁ」
「まあ、そんな話よりも少しだけ大事な話がある。あと三日ほどで森の中心部に着くワケなんだけど、ぼくらはそこで間違いなくヤバい目にあう。リシャールには心づもりをしておいてほしい」
さすがにリシャールの表情が厳しくなった。
「きみがそう言うってことは、ちょっと強い獣がでるとか、そういう話じゃないんだね?」
「強さだけをとっても、リシャールたちはこれまで相手をしたことがない巨大猛獣クラスなんだけどさ、ほんとうにまずいのは、それが魔族の世界の生き物、魔獣だってこと」
「ちょっと待ってくれ。それじゃ手も足も……」
「そう。本来なら教会が相手にするたぐいのものだよ。森から出て近場の村に向かえば、じゅうぶんに厄災レベルだ。で、その教会なんだけど、ここにそういう相手が出てくることを知ってる。知っててそれを倒せる人間を送りこんでくる。ぼくらが手こずっているところに助っ人参上って感じかな。それでみごとに成敗して『やっぱり教会ってすごい』っていう筋書きっぽい」
「なんで教会がそれを知ってるのかな?」
「教会がその魔獣を魔族に召喚させているから」
リシャールの目つきが剣呑なものになった。さすがにこいつがこういう目つきをすると迫力がでる。ファンの女の子に見せてあげたいくらいだ。
「教会が? まさか以前に犠牲者が出たときも……?」
「調べてみたら、少したってから教会の調査隊が出てた。結果まではわからなかったけどね。このときは仕組まれていたとは思わないんだけど、今回は学舎の騎士課程の評判を落とすために二番煎じをあえて狙ってみた、というところだね」
「なんのためにそんなことをする?」
「とても重要なことさ。学舎の評判を落として高等学院の地位を上げる。その助っ人は高等学院の生徒だよ」
「ふざ……ムガッ!」
ぼくは慌ててリシャールの口を押さえた。男の唇に触っても楽しくも何ともないんだけど……。
「大きな声を出すな。確かにふざけてるよ。だけど、権力闘争なんてそんなものさ。むしろ、学生の犠牲で成果が得られるなら安いものだと思ってるだろうね」
「で、ぼくたちはその犠牲になるのか?」
「少なくとも、ぼくは死ぬつもりはない。高等学院の助っ人さんもこういう筋書きは知らなかったみたいで、到着を遅らしてくれることになってる」
「相手を倒せる助っ人が遅れる? 犠牲にならない展望が見えないんだけど?」
「普通の人が力の強い魔獣を倒せないのは、攻撃が通らないからだ。通らないのは、特別な武器や秘伝の魔法が必要だからだね。魔法はどうにもならなかったけど、武器は調達してきた」
実のところ、魔法についても反対属性はなんとかなったので、もう少し頑張れば真似事ぐらいには撃てるようになったと思うが、さすがにリシャールたちの前でそれはマズいと思い、自重した。
「それを早く言ってくれよ」
リシャールはハッキリと安堵の表情を浮かべた。
「安心するのは早い。武器があっても、そもそも奴らは身体が硬い。生やさしい攻撃じゃダメージが与えられないぞ。ぼくが見たところ、マルコはほぼムリ。アンドレアとパウロは当たり所がよければ、という感じだ。安定してダメージが与えられるのはリシャールだけだと考えていい」
見立てはタニアだが。
「……まずいな」
「だからリシャールには覚悟を決めてほしい。マルコは話せば守りに徹してくれるだろう。リシャールはマルコと二人で一人ぐらいのつもりで、あいつが盾になるスキからとにかく攻撃を当て続けてくれ」
「承知した」
「面倒なのはアンドレアとパウロだ。あいつらはなまじ自分の腕に覚えがあるから、ぼくが思い通りに動かすのはムリだ。好きにやらせてぼくがフォローするしかない。だから、リシャールをフォローするヒマはない。それを覚えておいてくれ」
「それが、この話を今ぼくだけにした理由か?」
「そういうこと。察してくれて嬉しいよ」
「まったく……アンリに無理強いした自分を褒めてやるよ。死体になってドルニエに帰るところだった」
「いくらでも感謝してくれていいぞ。ただ、その時は教会の助っ人が間に合ってるから、死ぬことはなかったんじゃないかな」
「それで、自分の力のなさのせいで母校の評判を落とすって? 冗談じゃないよ」
ようやくリシャールの表情が少し緩んだ気がした。
「ただ、ひとつわからない。助っ人が来ないようにしたのはなんでだい? たしかに、ぼくらだけで倒せればそれは嬉しいけど、下手したら命と引き換えだよ? 普通はやらないよね?」
「いろんな条件を考えたら、死ぬことはないと確信できたからだね。それなら、厄災レベルの脅威を止めた英雄になって帰ろうと思わない?」
「それは……そうなったら嬉しいけど……」
「攻撃を通せるのはリシャールだけだ。英雄になるのはきみなんだから、それを忘れないでくれよ?」
「この期に及んで煽るのかよ」
「期待の表れだよ、同期の期待の星くん」
「まったく……いったい、アンリは何ものなんだ? ぼくが見えてないもの、きみはたくさん見てるよね?」
「きみの同期生で、友達だよ。それじゃダメかい?」
「……充分すぎるな。せいぜい、今後もそう言ってもらえるように頑張るよ」
次の夜、フレドがぼくのテントにやってきて、別働隊として動いているシルドラとテルマがベルメイリアなるエルフと思われる魔人を確保した旨を知らせてきた。ぼくとしては、確保する前に少し泳がせても面白いかな、と思い始めていたところだったが、事前にそう指示「しなかったぼくが悪い。さっさとあれやこれやを吐いてもらおう。シルドラも、なるべく早く拷問に持ちこみたかっただろうしね。
その次の夜、こんどはぼくは見張りについているマルコに声をかけた。そして、リシャールにしたのとほぼ同じ話を彼に伝えたのだが、リシャールよりも反応が薄かった。
「つーかさ、ここ二日ぐらい、おまえとリシャールがみょうにピリピリしてんだもん。なにかあるな、と思うぜ」
おどろきだ。マルコがこんなに空気を読むヤツだとは思わなかった。
「そういう空気が読めて、なんで女の子にモテないかな、マルコは」
「ほっといてもらおうか! まわりがオレについてこられないだけだ!」
うん、他人のせいにするのはモテない男の常套手段だ。安心した。
「で、心の準備が出来ているなら話は早い。早ければ明日、普通に戦ったら絶対に勝てない相手が出てくる。死にたくなかったら、マルコはいっさい攻撃しないで自分とリシャールを守ることに専念して」
「それは了解したけど、アンドレアたちはどうすんのよ?」
「いや、アンドレアたち云々の前に、了解するのか? 何も説明してないじゃん」
「だって、アンリがそれを最善だと思って、リシャールが納得してんだろ? オレがどうこういう話じゃないと思うんだけどな」
マルコは、強がっていたり、拗ねていたりしている雰囲気はカケラもない。別にこれまでこの男を低く見ていたつもりはなかったが、いま初めて「マルコって実は大物?」とか思ったりしてしまった。
「一本取られたな。そう考えてくれると助かる。正直な話、ぼくは自分の身は自分で守る。その上で、たぶん好き勝手に動くアンドレアとパウロのフォローをする。リシャールはマルコが守るスキからひたすら攻める。一番の貧乏くじはマルコなんだ。誰もマルコを守ってはくれない」
「あいつらとアンリじゃつきあいが薄いしな。言うことを聞くとも思えないし、何が最善かを考えたらしょうがないだろ。あるていど以上強い相手なら、リシャールをどう使うかがすべてだ。なら、リシャールだけはどうしても無傷でいてもらわなきゃならない。悲しいが今回の四人の中ではオレが一番攻撃力がない。攻め手から抜けても痛くないのはオレだ」
マルコって、こんなに冷静に場を読めるヤツだったっけ? 成長するんだな、人間って。ちなみに、ぼくは同じくらいの年齢の時に、数年でこれほど大きく成長したおぼえがない。
「ほぼ満点。申し訳ないけど、お願いする」
「守りに徹しなきゃヤバい相手なんだろ?」
「ああ。だけど、実際のところアンドレアたちとマルコでそんなに差があるようにも見えないけど? ここまで見ててそう思ったよ」
「自分に対する自信の差かね。リシャールが近くにいすぎたからな。つい自分に出来ることと出来ないことを早めに考えちまうクセがついちまった。あいつらは逆に、リシャールへの対抗意識すげえし。届かないって、わからんかね?」
「それ、考えないですむのはリシャールぐらい突き抜けてからだよ。普通は、それ考えないと死ぬよ」
「出来れば死にたくないからな」
ああ、こいつは死なせたくないな。もちろん、誰も死なせないで終わるつもりではあるんだが、なにか間違いがあった場合に、それでも死なせたくない。
「話はそれだけ。おやすみ」
ぼくの感傷は、言葉にすれば安っぽくなるだけだ。
「ああ、おやすみ。戦う気がないとはいえ、おまえも休んどけよ?」
ぼくはマルコに手を上げて、自分のテントのほうに足を踏み出した。
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