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11-27 準備

少しだけ話が進みます。

 前日の詳しい行動をベアトに説明したあと、ぼくは、正座しながら説教をおとなしく聞き続けた。


 曰く、ぼくのエスコートはファザコン、グランドファザコンのエリーゼにとって、あまりにもポイントを押さえたものであり、エリーゼが舞い上がるのは自明のことであったと。

 曰く、エリーゼのファザコン、グランドファザコンを事前に聞いており、しかも世間知らずという情報まで聞いていたのなら、自分のエスコートが何を招くのか、容易に想像できたはずであると。

 曰く、舞い上がった状況で、趣味のよいレストランの個室になど通されては、エリーゼがぼくの彼女に対する感情について、都合のよい誤解をしても責められないと。


「エリーゼさんが普通の女の子なら、多少退屈な一日、で終わったと思うけどね。今回は、アンリくんが下心なしに素でエスコートしたのが、偶然エリザベートさんの心をわしづかみにしてしまったということ。次からはもう少し工夫が必要よ」


 へ? 工夫? その気にさせないように、っていうことかな??


「わかった。これからは、相手との距離をもっと保つようにするよ」


「そうじゃなくて、相手にあわせて接し方を変えないと、今回のようには行かないっていうこと」


 意味がわからない!!


「エリザベートさんへの接し方を間違えたことを怒られてるんじゃないの?」


「だって、今回はそれが必要だったんでしょ? 彼女の協力が得られれば、アンリくんもずいぶん動きやすくなるんじゃない?」


「それはそうだけど……。でも、エリザベートさんをその気にさせて、なんて考えてなかったよ?」


「機嫌を損ねないように、とかは考えなかった?」


「考えた」


「なら、彼女がアンリくんを好きになったとして、それは誤差の範囲だと思わない?」


「う、そうかも……。でも、それなら、ベアトはエリザベートさんがぼくのことを……その……好きになったままでもかまわない、と思うの?」


「まったく気にならないとは言わないわ。でも、わたしは自分が、アンリくんを独占できるような器の大きい人間だなんて思ってないし、独占しようとしたら、アンリくんの邪魔になるでしょ? そもそも、リュミエラさまやローラさんに比べたら、あとから入りこんだのはわたしよ? わたしは、自分の目的を全力で追いかけるアンリくんが好きなの。なら、その途中で誰かがアンリくんを好きになっても、それは受け入れなきゃと思ってる」


「え、えと……」


 いや、じゅうぶん器が大きいと思う。むしろ、大きすぎてぼくが追いつけるか自信がない。


「それに、わたしもアンリくんを利用する、って大見栄をきっちゃんたんだもの。アンリくんが誰かを利用しても、なにも言う資格はないわ。わたしを利用しなかったことを寂しがらなきゃいけないくらい」


「いや、あの言葉をカタにとるつもりなんか……」


 くそお、さっきから圧倒されてまともな文章が口に出てない。


「ただ、相手に対する誠意は尽くしてほしいの。エリザベートさんは本当に可愛いかたよ。あの方が傷つくのはイヤなの。もちろんわたしは、アンリくんの一番でいたいわ。そして、そのために、これからも頑張るね。誰にも負けるつもりはないから」


 なんで、ベアトのようになんでも持っていて、どんな男でも選び放題のはずの子が、こんなにぼくに甘いのか……。いや、甘いんじゃないんだろうな。彼女はたまたまぼくを好きになってくれた。そして、そういうぼくをさらに成長させようとしている。その気持ちの表現のひとつが、こういう姿勢なんだろう。ぼくは、彼女の気持ちにしっかり応えていかなきゃならない。一番でいなくてもいい、と思われてしまわないように。


「わかった。そう思いつづけてくれるように、ぼくも頑張るよ」


 ベアトはニッコリ笑って、ぼくの手を取って立ち上がらせた。だが、立ち上がったあとも、彼女は手を離さない。そして、ぼくをいたずらっぽく見上げる。


「あのね、ひとつ教えてくれる?」


「なに?」


「その……男の子って、やっぱりエリザベートさんみたいな女の子が好きなの?」


 え? 彼女みたいな、って? 素直な子? 世間知らずな子?


「どういうこと?」


「わたし、あのかたやマイヤさんみたいに胸、大きくないから……」


「えっと……」


 この日、ぼくはベアトと一瞬だけ、キスのほんの少し先まで行ってしまった。整った顔を少しだけ歪めるベアトは、たまらなく可愛かった。




 エリーゼと交友を持てたことで、懸案については一気に展望が見えてきた。ぼくはウチに入り浸っているスミルノフ司教に土下座せんばかりに頭を下げて、お願いごとがあるということで次の六の日にまたエリーゼを呼び出してもらった。もちろん、事前にベアトには話を通した。

 前回と少し目先を変えてアンティークショップを覗いたあと、同じレストランで休憩する。前回よりもずいぶんリラックスしたエリーゼは、ぼくの手を取って馬車から降り立ち、そのまま腕を絡めてきた。あの反則的な胸部装甲がぼくの腕に押しつけられる。柔らかさはリュミエラには及ばないとはいえ、だがそれがいい、という部分も否定できない。胸元には、一週間前に買ったペンダントが揺れている。


 運ばれてきた菓子を楽しみながら、ぼくはエリーゼに遠征についてぶっちゃけた話をした。過去の遠征における事故の話、今回の遠征の概要、彼女が向かう森が目的地であること、最終的に討伐すべき対象もおそらく同じであること、遠征を成功させなければならない理由、等々。

 幸運だったのは、彼女自身が教会の真の思惑と思われる英雄云々の話を知らされていないことだ。彼女自身もただの討伐任務だと考えているからこそ、ウソを交えずに正面からお願いすることが出来る。


「最大の敵は森の中心部にいるはずなんだ。その討伐は、ぼくたちにまかせてほしい。そうすれば、ぼくたちの学舎がへんな権力闘争に巻きこまれることもないし、以前の事件の記憶を振り払うことも出来る。エリーゼさんの任務は中途半端で終わっちゃうかもしれないし、それで迷惑をかけるかもしれない。でも、どうかお願いできないかな?」


 ぼくは頭を下げた。


「そんな、頭を上げてください。なんの問題もありませんわ。わたくしも、何を討伐しろ、と細かく指示されているわけではありませんし、学舎の方々の邪魔もしたくありません。ゆっくりと景色を愛でながら進むことにいたします。ただ……」


「ただ?」


「アンリさんのお友達は大丈夫ですの? 以前にそのような事故があったのなら、相手は位は低いとしても魔族かもしれませんわ。騎士のかたの普通の装備では苦しいのではありません?」


 やはりそこに気づくか。ただのお嬢さんではない。


「スミルノフ司教に魔法は付与してもらおうと思います。攻撃が通る状態なら、みな実力的には問題ないと思うんです。特に、そのうちのひとりは、いま近衛騎士団にいるぼくの一番上の兄とまともに打ち合える力を持っているはずなんですよ」


「お兄様とおっしゃるのは、フェリペ・ド・リヴィエールさまですわよね? 学院のわたくしのお友達にも、憧れているかたは多いんですよ。それでしたら心配ありませんわね」


 お、フェリペ兄様、やっぱりモテるな。正当派の二枚目だし。


「あとは、討伐対象の死体の処理に気をつけたほうがよろしいかと。とどめの攻撃に魔法が付与されていると、その属性が死体に残留することがありますの。騎士課程のかたの武器に教会の魔法が付与されていたことがわかると、不審を持つひとがあらわれるかもしれませんわ」


 え、そうなの? それはちょっと初耳。これまで、そんなものが残っていて困るようなことがなかったから、気にしたことなかったし知らなかったよ。


「知りませんでした。助言どうもありがとうございます! スミルノフ司教とちょっと相談してみます」


「それがよろしいですわ。そういえば、お友達が戦っているあいだ、アンリさんは大丈夫ですの? ひょっとして、わたくしが守って差し上げたほうがよろしい?」


 エリーゼはいたずらっぽく笑ってつけ加えた。たしかに、ぼくは彼女にまだ、本当の自分を見せたわけじゃない。そういう絵面(えづら)もじつは悪くはないけど、とりあえずは遠慮しておくことにする。


「大丈夫ですよ。自分の身を守るくらいは出来ますから、たぶん」


「お力になれることがあったら、なんでもおっしゃってくださいね?」


 すでにじゅうぶん力になってもらってるし。こんなにスムーズに行くと、落とし穴が怖いな。




 エリーゼとともにスミルノフ司教の宿に戻り、あらためてエリーゼを見送ったあと、とどめの攻撃の属性の件について相談すると、彼女はとても渋い顔をした。


「それをわたしにめんどうみろと-? 契約に入ってませんよね-?」


「そこをなんとか!」


「だいたい、のこり十日でとか、秘術をナメてません-?」


「秘術? そ、そんなに難しい魔法なんですか?」


「全然。ただ、教会の外に出しちゃダメ、ってだけですー」


 こ、このヒトはぁ……。


「ウチに来ていただくときに、さらに優遇させていただきます。具体的には後刻相談ということで」


「まあ、いいでしょう-。そのかわり、ご自分で言いだしたことなので、そちらのご都合で音を上げるとかは受け付けませんよ-。あと、やり方はまかせてもらいます-」


 え? なにこのひとの、邪気のなさ過ぎる笑みは? なさ過ぎて怖いよ?


「も、もちろん」


 その後、ぼくは一週間にわたって血反吐を文字通り吐くまでスミルノフ司教の「指導」を受けた。目指すところはごくシンプルで、適切な比率で属性が混合された魔法を、攻撃が相手にヒットする瞬間に上から重ねること。ただし、タイミングが遅すぎても早すぎてもアウト。バルの協力を得て、魔力で出来た木偶人形を立て、ローラが斬りつける。そこにぼくが魔法をぶつけるわけである。魔力が厳しくなってくると、テルマが補給する。剣士役がローラなのでスミルノフ司教はご機嫌。「指導」は、彼女があらゆる意味で満足するまで続けられた。

 


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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