11-25 カギカッコ英雄カギトジ
エリザベート・フェルナンデス嬢。ハーレム要員になるのかどうか、乞うご期待。
「いらっしゃいませー。お待ちしてましたよ-」
スミルノフ司教が、宿泊中の宿を訪ねたぼくを、あいかわらずのポヤッとした笑顔で迎えた。
彼女がぼくの拠点を強襲し、紆余曲折の末に遠征プロジェクトへの協力を「いやいやながら」約束してくれた夜から三日がたっている。その翌日にはぼくは学舎の寮に戻ったが、今日はそれから最初の七の日だ。
ぼくが彼女から得ることになった協力は、あるていどの情報の提供と、彼女の魔法によるリシャールたちの武器の強化だ。情報提供に関しては、ぼくが学舎を卒業するまでは彼女は教会にとどまるため、出所が割れそうな情報はもらうわけにいかないという事情で、限定的にならざるを得ない。今日はその情報受け取りのための最初の接触ということで、彼女から宿に来るように指示されていたのである。
スミルノフ司教の部屋は、その地位にふさわしい広々とした贅沢なつくりだった。しっかり寝室とリビングエリアが分かれたスイートである。応接用のソファも高価そうな革張りだ。座ってみると、間違いなく実家にあったものよりも質が高い。腰を深く沈めて背中をグッと伸ばしていると、肩口に彼女の顔がのぞいた。
「な、なんでしょう?」
「クンクン……女の部屋を訪ねるというのに、前の晩はローリエくんとシッポリ、ですか-。いい根性してますねー。多少寝不足のようですしー」
「グッ……!」
あの夜、スミルノフ司教と一緒の仕事がようやく明けたローラは甘えたいオーラを思いっきり出していたのだが、直前にスミルノフ司教の「いやがらせ」を受けていたぼくは、さすがに自重した。その埋め合わせが昨夜だったというわけだ。そもそも健康な精神的中年男性として、ローラのような美少女が自分から求めてくるさまにそうそう抗えるはずはなく、ローラが気を失うようにして眠りに落ちたときには、すでに空が明るみはじめていた。
しかし、この人のローラに関する五感、いや、おそらく第六感も含めたレーダーが、想像を絶する感度を持っていることを、早くも感じさせられてしまった。朝、いつもよりしっかり鍛錬したあとで身体を流してきたというのに。
「コ、コメントは控えます!」
「いいんですよー。夕べお邪魔しなかったわたしがうかつだっただけですからー」
お付きの人にお茶を持ってくるように言いつけた彼女は、ニヤニヤ笑いながらぼくの右斜め前のソファに腰掛けた。そういえば、いまお茶を入れに行った人を含め、ここにはお付きの人が三人もいる。情報受け取りといっても、無関係の人がこんなにいて、どうするつもりなのだろうか。
「司教さま、エリザベートさまがお着きになりました」
お付きの人がお茶をサーブしてくれつつ、スミルノフ司教に小声で囁いた。ん? どこかで耳にした名前のような気が……。
「わかりましたー。お通ししてください-」
彼女はフニャッと笑ってそう答え、それを受けて一人が部屋を出て行く。
「お客様でしょうか? それではぼくは失礼したほうが……」
お付きの人がいる上に客人となれば、情報のやりとりどころではないだろう。ぼくがここにとどまる意味はまったくない。多少不本意だが、仕切り直したほうがいい。
「まあまあ、ちょっと待っていてくださいね-」
だが、彼女はぼくの思惑を無視して客人を迎え入れてしまう。エリザベートという訪問者は、ぼくの現地年齢と同じぐらいの少女だった。いや、少女ではなく美少女だ。ざらにいるレベルではない美少女だ。ブラウンの髪を軽く縦ロールさせた、気の強そうな顔立ちである。同い歳、ということで比較すると、背はベアトよりも少し低く、ワインレッドの外出用ドレスに薄茶のショールをあわせてスッキリ着こなしている。ほっそりした体形は似た感じだが、胸部装甲はだいぶ厚め。顔立ちはキリッとしていて、ベアトよりもちょっとキツめだ。
「ナターリャさま、本日はお招きいただき……あら、お客様ですの?」
来訪者エリザベートはそう言ってぼくを見た。
「エリーゼさん、このかたは、わたしがドルニエでお世話になっているド・リヴィエール家のアンリさんです-」
いつ、ウチがあなたの世話をしましたかねっ! まったく適当な……って、エリーゼ?
「アンリさん、こちらはエリザベート・フェルナンデスさまですー。フェルナンデス枢機卿のご長男、教務局のフェルナンデス局長の二番目のお嬢さんですー」
(聞いてないよ! いきなり「英雄」さんじゃねーかよ! それに枢機卿なら侯爵待遇だし、局長も伯爵待遇だから、失礼はできないじゃねーか!)
頭の中で毒づきながら、ぼくは胸に手をあてて膝を折った。
「お目にかかれて光栄です。ご訪問のお邪魔をする形になり、申しわけありません。ド・リヴィエール家の三男、アンリと申します」
ぼくの礼に、「英雄」エリザベートさんも軽くスカートをつまみ、腰を少し折って応えた。
「初めまして、エリザベート・フェルナンデスですわ。どうぞ腰をお上げくださいな」
「お気遣い、ありがとうございます」
礼儀正しく誇り高い、純正のお嬢さまだね。立ち上がって、改めて頭を下げる。身長はぼくの肩より少し高いくらい。最初に受けた印象よりもさらに細身で、ウエストなど折れそうな感じだが、逆に胸部装甲は近くで見るとけっこう圧倒的だったりする。いまのリュミエラ並みかも。あれ、下が見えないんじゃないかな。魔法中心だとしても、「英雄」にしては一部を除いて華奢かな。
ド・リヴィエール伯爵家のかたでいらっしゃるのですね。よろしくお見知りおきのほどを。カトリーヌさまにはパーティーで二度ほど声をかけていただいたことがございますの。わたくしの憧れのかたなのです」
ほう、カトリーヌ姉様は、どうでもよい相手には二度は声をかけない。なにか、印象に残るところがあったのだろうな。
「今度、お目にかかった旨、姉に伝えておきます」
ジャブの打ち合いのような挨拶の応酬のあと、スミルノフ司教にうながされてしばし世間話に興じる。大半はガールズトーク的なもので、ぼくはややカヤの外だ。
(いや、これマジで情報のやりとりどころじゃないよね。ぼくはいったい、何しに来たんだろうか……)
「アンリさん、それではエリーゼさんをお願いできますか-?」
「はい?」
突然のフリに我に返ったぼくは、ちょっと気の抜けた返事をしてしまう。しかし、それ以上に動揺していたのがエリーゼだ。
「ナ、ナターリャさま! わ、わたくし、殿方と二人でなど……!」
いったい、なにがどうなった?
「わたしが、エリーゼさんのお買い物につきあって差し上げるはずだったのですがー、急用で外出できなくなってしまったのです-。アンリさん、エスコートよろしくお願いしますね-」
おいおい、なにを急にトンでもなことを言いだしてくださいます? 普通、あり得ねーだろ。エリーゼなんか、顔を真っ赤にしてアワアワしてるぞ。
「エリーゼさん、アンリさんはわたしがこちらで頼りにしているかたなのですよー。完璧にエスコートしてくださいますから、安心しておまかせしちゃってください-」
なに適当をぶっこかれてますかね、このイカサマ司教さま。
「わ、わかりました。ナターリャさまがそうおっしゃるなら……」
エリーゼは覚悟を決めるように、膝のところに置いた手をキュッと握ってそう言うと、ぼくのほうに顔をめぐらせた。
「ア、アンリさま、よ、よろしくお願いしますわね。し、少々お待ちいただけます?」
多少口ごもりながらもそう言ったエリーゼは、侍女とともに部屋を出て行った。
「あらかわいいですね-。化粧直しでしょうか-」
「化粧直しでしょうか、じゃないです! どういうつもりですか?」
「お見合いオバサン?」
アレは冗談じゃなかったんかい!
「結婚が決まってるぼくに、なにお見合い世話してんですか! だいたい、エスコートっていっても、なにを買いに行くかすら知らないのに……」
「ちょいワル男も、エリーゼちゃんには効果的かもしれませんね-。それより、彼女をエスコートするコツをお教えしますよー。ちょっとこちらに来て、耳を貸してくださいな-」
(ったく……)
テーブルを回りこんでスミルノフ司教の側に行き、腰を落とすと、彼女が耳もとに顔を寄せてきた。あ、良い香り……。
「ナマの情報をお渡しします-。どれだけ聞き出せるかは、アンリさん次第ですね-」
「ちょっ!?」
「エリーゼちゃんはジジコン、パパコンで、これまで同年代の男の子に見向きもしてこなかったんですよ-。アンリさんなら、防御壁をぶち破れるかもしれませんね-」
「……どういうことです?」
「アンリさん、オッサンがわざわざ子供っぽくふるまっている感じがしますからね-。地を出せば、きっと彼女の好みのど真ん中じゃないでしょうか-」
「……」
ぼく、自分のことはなにも話してないよな? ローラ? いや、道中、スミルノフ司教との会話を避けまくっていたと言っていた。ビットーリオが話すはずもない。そもそも、ぼくが話題に上る理由がない。とすると、結界を破って強襲してきた夜、あれだけの会話でなにかを感じとったのか? どんだけ鋭いんだよ……。
「それにしても、ローリエくんを抱いた翌日に処女とデートですかー。クズですね-」
あんたがそういうふうに仕組んだんでしょうが! それから、「ローリエくん」をそういう話題で強調するのは、頼むからやめて! 拠点の外でこんな思いをするのは、契約の外のはずですよ!
スミルノフ司教に押し出されるように、ぼくはエリーゼとともに馬車で商業区に向かった。車内にはエリーゼと彼女の侍女、そしてぼく。侍女のキツい視線がガシガシと刺さってくる。つらいぜ……。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




