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11-24 二つ目の条件

条件交渉継続中。おかしな方向に曲がっていきます。

「そ、それは……」


 あまりに趣味が悪いと、ぼくはそう言いつのろうとして、ギリギリのところで止まった。趣味が悪いだけではない。あまりに生産性がない。ぼくは、スミルノフ司教に、ローラには指一本触れさせないと宣言したし、彼女もそれを理解したと言った。ならば、それで彼女がローラをどうこうするきっかけに、ということもありえない。そんなことを考える程度の相手ならば、交渉は打ち切っている。

 そして、彼女がマイヤと同じような趣味を持っていたとして、それでニマニマと楽しめるのは、せいぜい最初の数回だろう。そのあとは、何も残らない……はずだ。


(本当に何も残らないのか? 何か残るモノがあるとしたら、何だろう?)


 彼女が毎晩この家にいるとする。学舎を卒業するまでは、ぼくも毎晩ここに顔を出すわけではないが、何日かに一度はぼくがローラをベッドに誘う夜にかち合うだろう。その前、あるいはそのあとには彼女と顔をあわせる。そうすると、ぼくは彼女が脳裏(のうり)に浮かべているであろう、おぞましいイメージを思い浮かべる。実際に彼女がそれを想像しているかどうかにかかわらず、ぼくは一瞬であってもそのことに思考が飛んでしまう……。


(そうか、ぼくにそれを思い浮かべさせたいんだ……)


 これは、彼女の意趣返し、もしくはいやがらせだ。ぼくがイヤな思いをする以外に、何も生み出さない。純粋な悪意のメカニズムである。しかも、彼女が覚えていようが忘れていようが、ぼくがローラを誘おうと思うたびにオートマチックでぼくがイヤな思いをするという、非常に精巧なメカニズムでもある。それだけの負の感情を、ぼくが生み出したということだろう。


 ぼくからすれば、もちろん納得できるものではない。しかし、彼女にすれば、ローラがお気に入りで、そのローラをぼくが「奪い取って」しまったわけである。具体的なアクションに及ぶならまだしも、彼女が何を感じたか、ということに、ぼくは口を挟めない。理不尽だ、とか考えてもまったく意味はない。むしろ、表面上それでチャラにしてくれるというなら、おとなしく受け入れるべきだろう。


「……この話は、いっさい他言無用ということでいいですか?」


 スミルノフ司教はぼくに一瞬鋭い視線を向けたあと、フニャッと笑ってみせた。


「もちろんですー。じゃあ、席に戻って二つ目の話、行きましょうか-?」




「ア、アンリ、ど、どうなったのかな?」


 自分が話の中心近いところに登場しているという自覚のあるローラは、ぼくがソファに座るときに、おそるおそる尋ねてきた。


「問題なし!」


 ぼくがニッコリ笑ってみせたら、ローラはホッとしたような笑みを見せた。その表情を見て、ぼくは改めて決意を固める。


(大丈夫だよ、ローラ。ぼくは決してきみに悟られないようにするから。きみが男のアレをつけて、ぼくと絡み合っている映像が、ひょっとしたら今もリアルタイムで妄想されているなんて……)




「さて、最初の条件を受け入れていただいたところで-、二つ目の話し合いにうつりましょうか-」


 ぼくとスミルノフ司教以外の、ラウンジにいるすべての目がぼくに集まった。みな、「えっ?」という声にならない声が見て取れる。みな、ぼくが条件を受け入れるとは思わなかったらしい。当然ではあるが、いま細かく説明するわけにはいかない。とりあえずみんなと目を合わせないようにして、彼女に頷いてみせる。


「二つ目は、アンリさんから値段を提示していただきます-。と申しますのはー、わたしとしても、アンリさんがわたしにどこまでを期待していらっしゃるのかを知りたいですから-」


「どこまでって、具体的にはどういうこと?」


 どこまでを教えてもらえるか、ということだろうか? あるていど突っこんだことまで教えてもらわなければ意味がないので、そんなに幅があるとは思えないが。


「こんなことを察することができないとは、少しガッカリですね-。わたしがここに自由に出入りすることの意味を、少しは考えてほしいモノです-」


 意味って、ぼくへのいやがらせ……いや、そういうことじゃないだろう。ここに自由に出入りできるのは、ぼくの仲間、っていうことで、それ以外は、実力で排除するから……、あ……!


「スミルノフ司教は、ぼくの敵でしょうか?」


「べつに味方をしたいとは思っていませんが-、実際問題として、あなたは敵をここに自由に出入りさせるのですか-?」


「どんな手を使っても排除しますね」


「わたしは死にたくはないですしー、ここに出入りしなきゃなりませんからー、あなたの敵にならないことが絶対条件になるじゃないですか-」


 出入りしないという選択肢はないのだろうか? そこまでいやがらせが大事か?


「そういうことなら納得ですが、どこまで、というのは? 必要な情報を教えてほしい、というのがこちらの希望ですから、その対価を考えたいと思うのですが……」


「ニブいですね-。わたしに、どういう立場で情報を教えてほしいのですか-?」


 立場……敵か、味方か……いや、もうひとつある。中立? いや違う。「宙ぶらりん」だ。


「参考までに教えてほしいんですが、いまのスミルノフ司教は、教会にどの程度忠誠心が?」


「忠誠心なんか、最初からありませんよ-。わたしの目的のためにいちばん便利だったというだけで、その目的も誰かさんに奪われてしまいましたし-」


 やぶへび一歩手前だ。


「え? ナターリャはなにか目的があって教会に行ったの?」


 スミルノフ司教がニッコリ笑って口を開きかけた。ヤバい、取引はまだ成立していない。


「そ、それはともかく、スミルノフ司教はどちらでもいい、ということなんですか?」


「参考までに、『どちらでも』とはー?」


 確信があるわけじゃないが、心から教会のためにはたらく気がないのだとしたら……。


「教会に所属し続けるか、教会を抜けるか、ですね?」


「「「「ええっ?」」」」


 シルドラ、リュミエラ、ローラ、ビットーリオの驚愕の声がハモった。だが、それにもかまっている余裕はない。それぞれに対応する「値段」をはかりかねているからだ。


「正解ですー」


 さて、どちらの値段が高いか。そして、スミルノフ司教自身の価値をどう計るか。

 

 内部に情報源を確保することは大きな価値がある。今回のことで、教会がよからぬことを企む組織だということがわかっただけになおさらだ。が、教会にとどまってもらうことで、流すと危ない情報は教えてもらうわけにはいかなくなる。一方で、とんでも魔法使いのスミルノフ司教をこちら側に完全に引き込む可能性を確保することは、将来の戦力的に大きいが、彼女と教会の縁は切れる。

 対価を考えてみる。教会を去ってもらう場合は、じつは決めている。卒業後のぼくの家のお抱え魔法使いの待遇だ。要するに、ニートとしてぼくの家にいてもらう、ということである。根拠はないが、これはいけるのではないかという気がしている。

 だが、教会に残ってもらう場合はどうしたものか……。おそらく彼女は、金にはそんなに執着していない。魔法の力を見こまれての司教の位階だから、それなりの待遇は得ているだろうし、もともと貴族として育っている。いまのぼくでは、彼女を満足させる対価を見つけることは難しい。


「教会と縁を切ることはできますか?」


「「「「ええっ?」」」」


 また驚愕の声のハモりだ。


「条件次第ですねー」


「捕らぬ狸の皮算用なのですが……ぼくが学舎を卒業したあと、家のおかかえ魔法使いにさせてもらえればな、と」


「家、というのは、アンリさんのご実家ですかー? 貴族のご子息とはいえ、こんなところで貴族らしからぬことにいそしんでおられるからには、長男ではないのではー? そんなことを決められるお立場なのですか-?」


「いえ、じつはぼくは卒業後、家を出て爵位を頂くことになりそうなので……」


「ほう……少し詳しくお話を……」


 今度は彼女がぼくを、ラウンジの隅に誘った。




「背景的なモノをうかがう前にですね-、お抱え、の趣旨をもう少しきかせてくださいます-?」


「出来たての家なので、金銭的な報酬はさほど、ですね。要は、うちで寝食を負担しますので、お好きに過ごしてください、ということです。研究とかで必要なモノがあれば、相談には乗ります」


「頼りになるのかならないかいまひとつ不明ですが-、実現するなら話としては美味しいですね-。あとは、お話の裏付けを伺います-」


「卒業後、ニスケス侯爵の骨折りで家を興させてもらうことになっています」


「ニスケス侯爵というと-、ドルニエの財務を握る実力者ですか-。そんなかたが後ろ盾、というのであれば、食客(しょっかく)として転がり込む価値はありますねー」


 さすがだな。他国の情報もしっかり把握している。


「ただ、どうしてそんな大物があなたに目をつけてそこまで引き立てるんでしょうか-? どんな才能を買われたんでしょう-?」


 やはり言わないとダメか。でないと、話にまったく信頼性が生まれない。


「実は……学舎で同期のニスケス侯爵のお嬢さんと、卒業したら結婚することになってまして……」


「学舎にいるニスケス侯爵のお嬢さんと言えば、ベアトリーチェさんですか-。ギエルダニアにも稀代の才媛として名前がきこえてますね-。そんなかたをガキンチョの時に親を含めて落としてしまうとは-。ローリエくんもホントなら逆にドルニエにも名が通るような才媛なわけですし-。あの色っぽい美人のお姉さんも、只者ではないです-。なるほど、あなたは確かに才能に満ちあふれたかたのようです-」


 ちょっと待て。


「参考までに、どういう才能だと?」


「女たらし?」


「やめてください、誤解を呼びます」


「結論として、いい話だと思いますー。お礼に、参考情報をひとつ-」


 こっちの話、きいてねえ。

 

「エリーゼちゃんだけど……」


「誰です?」


「フェルナンデス枢機卿の孫娘ですー。あなたたちが英雄として目をつけた子ですね-」


 おお、さっそくいい感じの情報か?


「世間知らずで、素直ないい子ですよ-。あなたなら、遠征本番までに簡単にいけますね-」


 え?


「い、行けるってどういうことでしょう?、」


「問題なくオトせますよー。もう、イチコロですね-」



お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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