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神功皇后 ― 海を越える巫女王 ―  作者: 筑前由紀
第一章 神に選ばれし姫

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第9話|新しき船出

敦賀を離れる朝、息長帯姫おきながたらしひめはしばし海を見つめていました。


白く整えた気比宮けひのみや

秩序を取り戻し始めた港。

ようやく根を下ろし始めた地でした。


胸の奥が、わずかに痛みます。


――けれど。



あのとき、帯姫は申し上げたのです。

海の先へ進むには、穴門を押さえるべきこと。

そのための船を整えるには、良き木のある地へ赴くべきことを。


その願いに、天皇は応えて

そして、自分を呼んでくださいました。


その事実が、帯姫の足を軽くしていました。


大王おおきみがお待ちです」


その一言だけで、十分でした。


帯姫は急ぎ、天皇のもとへ向かいました。




足仲彦天皇たらしなかつひこのすめらみことが滞在していたのは、紀伊国きいのくに徳勒津宮ところつのみや


紀伊国は、深い森に覆われた地でした。

武内宿禰の出身地でもあり、良材となる木が豊かに育つ場所です。


徳勒津宮は、森を縫うように流れる川に抱かれた中州に、ひとつの島のように佇んでいました。


帯姫の進言を受け、天皇はこの地へと赴き、造船を命じていました。


宮に着いた帯姫を出迎えたのは、潮の香ではなく、木の匂いでした。


そして――


海辺に目を向けた帯姫は、思わず息を呑みます。


大きく、堂々とした船が、浜に控えていました。


太い梁。

高く反る舳先。

帆柱は空に向かってまっすぐに伸びています。


まだ新しい木肌が陽を受けて輝いていました。


――もう、ここまで。


帯姫は胸の内で驚きます。


あのわずかなやり取りから、これほどの形にまで整えてしまうとは。


「如何だ」


背後から、どこか誇らしげな声がします。


振り返ると、足仲彦天皇が立っていました。


その表情には、少年のような満足げな笑みが浮かんでいます。


「……見事にございます」


帯姫は素直に感嘆しました。


「これならば、遠くの海にも出られましょう」


それは、自らの言葉が形になった喜びでもありました。


帯姫は静かに頭を下げました。


「……かように早くお整えになるとは、さすがにございます」


その声には、心からの敬意がこもっていました。


考えることと、成すことは違う。

それを、帯姫はよく知っていました。


天皇は頷きます。


「木はこの地に尽きぬほどある。船を増やし、海路を整えれば、国はさらに開けよう」


そして、ふと思い出したように続けました。


「先月、淡路に屯倉みやけを置いた」


帯姫の目が柔らぎます。


淡路。


あの島は、イザナギとイザナミが最初に生んだと伝えられる島。


国生みの始まりの地。


「最初の屯倉に、これ以上ふさわしい地はございません」


帯姫は微笑みました。


「始まりの島から、次々と良きものが生まれましょう」


天皇は、満足そうに笑います。


「そなたにそう言われると、心強い」


風が穏やかに吹き、帆がかすかに鳴りました。


二人の間に、柔らかな空気が流れます。


「乗ってみるか」


天皇が手を差し出します。


帯姫は、その手を見つめました。


あの夜、雪の中で触れた温もりを思い出します。


今は春。

けれど、その熱は変わりません。


「はい」


二人は並んで浜へと歩みます。


船へ続く板を渡ろうとした、そのとき――


帯姫の足が、止まりました。


波のきらめきが、にじむ。

空の青が、ゆがむ。

何かが一一来る。

帯姫は、息を呑みました。

次回、第7話「穴門で会おう」。


帯姫は天皇の死を予知し、未来を変えるために別々の舟で進む決断を下します。

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