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神功皇后 ― 海を越える巫女王 ―  作者: 筑前由紀
第一章 神に選ばれし姫

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第8話|二つの影

息長帯姫おきながたらしひめは皇后となりました。


それにともない、敦賀(角鹿つぬが)の地に気比宮(笥飯宮)《けひのみや》を建て、そこを新たな居と定めました。

二月六日のことでした。

海を望む高台に築かれた宮は、白木の柱が陽光を受けて輝き、潮の香を含んだ風が絶えず吹き抜けます。


この造営は、帯姫の発案によるものでした。

しかし、それを形にしたのは足仲彦天皇たらしなかつひこのすめらみことの勅でした。


材木は各地から運ばれ、職人が集められ、ひと月と待たずに堂々たる宮が姿を現したのです。


さらに、渡来人を迎えるための館も併設されました。

大陸や半島から来る者たちをもてなすための迎賓館です。


港には整然とした市が立ち、往来には秩序が生まれました。

敦賀は、ただの港町ではなく、国の窓口へと変わりつつありました。


しかし、調べを進めるうちに一つの問題が明らかになります。


潮の流れの関係で、半島や大陸から敦賀へ渡ってくることはできても、

こちらから直接渡るのは困難だというのです。


半島へ向かうには、瀬戸内海を通り、筑紫を経るのが賢明でしょう。

けれど、その航路にはまだ整備すべき課題が山積していました。


それらを一つずつ確かめるため、

三月十五日、足仲彦天皇は東海道へ巡幸に赴きました。


帯姫や宮の者たちは、気比宮に残されました。




天皇の不在は、宮に静けさをもたらしました。


春とはいえ、海風はまだ冷たく、

夕刻の部屋には淡い影が差し込んでいます。


帯姫は胸の奥に、わずかな空洞を感じました。


――そのとき


戸が叩かれもせず、静かに開きました。


現れたのは、香坂王かごさかのみこでした。

天皇の前妻、大中姫の第一子です。


その目は、最初から冷ややかでした。

観察するように、値踏みするように、帯姫を見ます。


「父にほったらかされて、寂しい思いをしているのではないかと思ってな」


口元だけが笑っています。


帯姫は静かに応じました。


「お気遣いには及びません」


「二十五にもなって婚姻もせぬ女と聞けば、よほど訳ありかと思うだろう」


一歩、近づきます。


「父は何を考えているのか。……よりによって、よそ者を大后おおきさきに据えるとはな」


その言葉には、はっきりとした敵意がありました。


帯姫の背筋が伸びます。


大王おおきみのご判断です」


「大王、か……」


掴まれた腕に、力がこもります。


「父の目が届かぬ場所で誰が力を持つか、分かるか?」


――自分だ、と言外に告げていました。


そのとき。


「取り込み中、失礼」


戸口に、忍熊王おしくまのみこが立っていました。


香坂王が苛立ちを隠さず振り返ります。


「何の用だ」


「引き継ぎだよ。角鹿の政務を、俺が預かることになる」


帯姫は眉を寄せました。


「それは……」


忍熊王は、兄と皇后の間を一瞥します。

状況は理解しているはずなのに、表情は変えません。


「父の使いがまもなく迎えに来る。角鹿は俺に任せるそうだ。次は穴門あなとだと」


淡々とした報告。


香坂王の手が離れます。


忍熊王は帯姫をまっすぐ見ました。


その視線は、兄とは違い、侮りも敵意もありません。

しかし彼は、兄の隣に立つ者です。


「ご安心を。宮は滞りなく運びます」


その声は穏やかでした。


けれどそれは、帯姫の味方になるという意味ではありません。


香坂王は鼻で笑います。


「聞いたな。角鹿は我らが預かる」


皇后は二人を見つめました。


未来が、静かに軋む音がします。


この宮で芽吹いたものは、

やがて大きな争いへと育つかもしれない。


けれど帯姫は、視線を逸らしませんでした。


嵐の芽は、もう目の前にあるのです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

次回、第7話「新しき船出」。


天皇と再会した帯姫は、国の未来を乗せた大船とともに、新たな航路へ踏み出そうとします。

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