↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神功皇后 ― 海を越える巫女王 ―  作者: 筑前由紀
第三章 運命の岐路

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/36

第34話|あなたの子が欲しい

息長帯姫《おきながたらしひめ》が目を覚ましたのは、翌日の夕方でした。


「……ああ、良かった!」

目を開けた帯姫の顔を覗き込んでいたのは、豊姫《とよひめ》でした。


神託の後、帯姫は深い眠りに落ちていました。

どれほど眠っていたのかも分かりません。


「豊姫……?」

「ずっと眠っていたのですよ。心配しました」

豊姫はほっとしたように笑いました。


帯姫は身体を起こそうとしました。

「無理をなさらないでください」

「大丈夫です。もう平気です」

そう言うものの、身体にはまだ重さが残っています。


豊姫は帯姫の側を離れませんでした。


食事を持ってくるよう他の女に頼み、やがて足仲津彦天皇《たらしなかつひこのすめらみこと》を呼びに行かせました。


しばらくして、食事が運ばれてきました。

帯姫は少しずつ口に運びます。


食べ終えた頃でした。

「天皇がお見えになりました」


足仲津彦が部屋へ入ってきました。

豊姫たちは顔を見合わせると、静かに部屋を出ていきました。


帯姫と足仲津彦、二人きり。


足仲津彦は、帯姫の側に座ります。

やがて、静かに尋ねました。


「大事ないか?」

「ええ、私は……もう大丈夫です」


そう答えた帯姫でしたが、足仲津彦の顔を見ると、胸の奥が詰まりました。


昨夜、死の宣告を受けた人。

それなのに、今はこうして自分を気遣ってくれている。


その優しさが嬉しくて、そして悲しくて、帯姫は泣きそうになりました。


足仲津彦は、そんな帯姫をじっと見つめていました。

そして、少しためらうように口を開きました。


「……念のために聞くのだが」

「はい」

「そなたは、すでに身ごもっているようなことはないか?」

「えっ……?」


帯姫の顔色が、怒りで赤く変わりました。

「まさか!そんなことはございません!」

思わず声が大きくなります。


「そ、そうか」

足仲津彦は、帯姫の剣幕にたじろぎました。

「なら、良かった」


しばしの間、二人の間に沈黙が落ちました。


やがて、帯姫が俯きました。

「……あなたの代わりに天皇になる子なんて……」

声が震えます。

「私は、産みません」


足仲津彦は絶句しました。

何らかを言おうと口を開けては閉じます。


何を、どう伝えれば良いのか。

俯く帯姫をしばらく見つめ、ふーとため息をつき、意を決して立ち上がります。


足仲津彦は帯姫を寝所に突き飛ばし、帯姫の両手首をまとめて掴み、帯姫の頭の上に拘束し、床に押し当てました。


そして、耳元で低く言いました。

「産まぬ、と申すか。......だがな、帯姫。男には、女の意思など構わず、子をなすことができるのだ」


血の気がひく帯姫。

はっ、はっ、と浅い呼吸しか出来ません。


足仲津彦はそおっと、帯姫の手首を掴んでいた手を離し、その手で帯姫の身体をなぞります。

そして、悲しそうに笑いました。


「……今日は、もうよい」

そう言って帯姫から離れ、部屋から出ようとしました。


「お待ちください!」

帯姫が呼び止め、足仲津彦の背中に縋りつきました。


「違うのです」

やがて、震える声で言いました。

「私は、産みたくないのではありません」

目には涙が浮かんでいました。


「初めての夜も……あなたが嫌だったからではありません」

足仲津彦は黙って聞いています。

「あなたが死ぬ未来が、見えたから……ただそれが、怖かったのです」


帯姫の頬を涙が伝いました。

「あなたのこと、ずっとずっと、お慕いしております」


足仲津彦は、何も言いません。

帯姫は涙を拭い、そしてゆっくりと、腕を足仲津彦の腰に回しました。


「私だって、本当はずっと……あなたの子が欲しいと思っていました」


足仲津彦は、自分の腰に巻き付いた帯姫の腕に自分の手を重ねました。

「……誠か?」

帯姫は、神妙な面持ちで大きく頷きました。


けれど、足仲津彦の表情は次第にほころんでいきます。

その場でくるりと身体の向きを変え、帯姫と向かい合わせになりました。


「誠に誠か?帯姫は、たまに嘘をつくからなぁ」

「……もう!これは嘘ではありません」

帯姫は困ったように顔を赤らめました。

足仲津彦の冗談のおかげで、張り詰めていたものが少しずつほどけていきます。


足仲津彦も、嬉しさを隠すように小さく息を吐きました。


「もう、嘘だと言っても、止められぬからな」

足仲津彦は、帯姫をそっと抱きしめました。

帯姫もまた、その胸に身を預けます。


長い間、二人の間にあったものが、ようやくほどけていきました。

次回、第35話「残された時間」。


熊鷲討伐の準備が進む中、神託によって天皇の残された時間を知る武内宿禰は、その後の時代に思いを巡らせる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。