↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神功皇后 ― 海を越える巫女王 ―  作者: 筑前由紀
第三章 運命の岐路

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/35

第35話|残された時間

熊鷲を討つための軍議が開かれていました。

集まった者たちの前で、足仲彦天皇《たらしなかつひこのすめらみこと》は地図を広げ、その上に指を置きます。


「まずは田油津姫《たぶらつひめ》を救い出す。何よりも、それを先にする」

そこに異論を挟む者はいませんでした。

田油津姫が羽白熊鷲の屋敷に囚われていることは、すでに知られていました。


「そのうえで、羽白熊鷲の屋敷に火をかける」

兵たちの間に、ざわめきが起こります。


「火をかけるだけでは、熊鷲を倒せぬのでは?」

「無論だ」

天皇は答えました。


「熊鷲の一族は、良い武器を多く持っている。正面から兵をぶつければ、こちらにも大きな被害が出る。だから、できるだけ直接は戦わぬ方向で行きたい」

天皇は屋敷の周囲を指でなぞりました。


「田油津姫を救い出した後、屋敷に火を放つ。うまくいけば、熊鷲らが逃げ出す前に火が回る」

「しかし、火が燃え広がれば、すぐに気づかれましょう」

「そうだ。だから、火責めだけで殺せなかった場合の用意もする」


足仲彦天皇は続けます。


「火をかけたことに気づいた熊鷲が屋敷から出てくる。そこを射る。……私が射ようではないか」

天皇はにやりと笑いました。

塵輪との戦いを思い出し、兵士達は歓声をあげます。


「しかし、今回は我だけではなく複数の者で狙う。屋敷のどこから出てくるかも分らぬし、熊鷲一族も多くいるからな」

その声には、迷いがありません。


「ただし、今いる者だけでは少ない。もう少し兵を集める必要がある。それから、羽白熊鷲の屋敷に出入りしている者の中に、こちらへ引き入れられそうな者がいる。今、その手筈を整えているところだ。それが済むまでは動かぬ」


天皇は皆を見渡しました。


「それまでは、弓の扱いに慣れておけ。狙いを定め、射る。それを繰り返せ。いざという時に外せば、こちらの命取りになる」

「はっ!」

兵たちが一斉に頭を下げます。

「では、今日はここまでとする」


軍議が終わり、兵たちはそれぞれ散っていきました。

足仲彦天皇も、その場を後にします。


しばらくして、天皇の姿が見えなくなると、兵たちは雑談を始めました。

「最近の大王《おおきみ》、なんだか変わったよな」

「変わったって、どういうふうに?」

「いや……前より、いきいきしてないか?」

「ああ、分かる。前はいつも難しい顔をしていたのに、最近はよく笑っておられる」

「何か良いことでもあったのかねぇ」

兵たちが笑い合います。


その少し離れたところを、武内宿禰が歩いていました。

足を止めることもなく、兵たちの話に耳を傾けます。


「しかし、大后《おおきさき》はどうしたんだ?」

「最近、まったくお姿を見ないな」

「目の保養がなくなって悲しいな」

「こら。聞かれたらどうする」

「でも、病でも患われたのか?」

「一時期、体調を崩されていたと聞くけど……」

「今は女だけで身の回りを固めているらしいぞ」

「なんで?」

「さぁ」


武内宿禰は、それ以上聞くことなく、その場を離れました。


誰も知らない。

先日の神託のことを知っているのは、大王と大后。そして――我だけ。

そう思うと、武内はわずかに口元を緩めました。


足仲彦天皇は、神から死を告げられた。

それだというのに、落ち込むどころか、以前よりも精力的になっている。


不思議なものだ。


これまでの大王は、いつもどこか自分を卑下しているように見えた。

偉大な父、日本武尊の背中を追い続け、自分には何かが足りぬと思っているようだった。


だが、武内宿禰は知っている。

今の足仲彦は、決して凡人などではない。


死という終わりが見えたことで、迷う必要がなくなったのだろう。

終わりの見えぬ道を歩き続けるより、残された時間が分かっている方が、かえって心は楽なのかもしれない。


それに――。


武内は、息長帯姫《おきながたらしひめ》のことを思います。


これまで、大王は大后との間に子をなそうとしていた。

だが、大后はそれを拒んでいた。

大王が、それをひどく気にしていた。

あのこともまた、大王が自分を認められぬ理由の一つだったのかもしれない。


だが、今は違う。

今の大后は、大王を受け入れているのだろう。

だからこそ、大王はあれほど明るい顔をしている。


夫婦の仲が良いことは、良いことだ。

二人の間には、きっと子が生まれる。

その子が――次の大王になる。


武内宿禰は、そこで更に先の未来を考えます。


生まれてくる皇子のそばには、誰を置くべきか。

自分の縁者、またはそこに都合の良い人物を置きたい。


本来ならば、皇太子の側には襲津彦を置くつもりだった。

だが、襲津彦はすでに誉屋別王の方へ回してしまった。


誉屋別王は大王と大后の養子。大王と大后の子のとして、皇太子とするつもりだった人物。

天皇にならない未来が決まったからといって、今さら襲津彦を動かすわけにもいかない。


他にも自分の子はいる。

だが、それぞれに役目がある。

他の勢力の動きを探らせている者もいれば、各地で重役についている者もいる。

今さら動かしたくはなかった。


「……さて」


武内は小さく呟きました。

新たに生まれる皇子が、いずれ次の大王になる。

神がそう告げたのだから、それは間違いない。

今まで、帯姫が口にした神託が外れたことはない。


だが、全て人が神託をすんなり受け入れるわけではない。

よって、その子がすんなりと大王になれるとは限らない。


香坂王もいる。

忍熊王もいる。

ほかにも、天皇に近い血筋の者は多い。

自分こそが大王になるべきだと考える者はいるだろう。


何より、生まれたばかりの子が大王になることになる。

幼すぎることを理由に、別の者を推す者が出てもおかしくはない。


その時、どうするか。


武内宿禰は考えました。

そして、ふっと息を吐きます。

「……まあ、今から考えても仕方がない」


まずは、目の前のことだ。

羽白熊鷲を討つ。それが先だ。


今は大王が指揮を執っている。

だがおそらく、この戦は大王が羽白熊鷲を討つより先に終わる。


大王が死ぬ。

その後、誰が指揮を執るのか。

誰に何を伝え、誰を動かし、どうすれば新たに生まれる皇子を大王の座へ導けるのか。

そこまで考えている者は、今のところ自分しかいない。


武内宿禰は、わずかに目を細めました。

大王が生きているうちは、大王の命に従えばよい。

だが、大王が死んだ後のことまで考えるなら――。


「……我が、考えておかねばならぬな」


その顔には、大王を案じる忠臣の色だけではありませんでした。

次の時代に、自分がどこに立つべきなのか。

そのことまで、武内宿禰はすでに考え始めていたのです。

次回、第36話。


熊鷲から救い出された田油津姫は、天皇への想いを募らせ、やがて帯姫への嫉妬を抱き始める。


お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。