↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神功皇后 ― 海を越える巫女王 ―  作者: 筑前由紀
第三章 運命の岐路

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/36

第32話|神は嘘をついている

七日七晩の神楽が終わった、その次の晩のこと。


香椎宮の庭に、足仲彦天皇《たらしなかつひこのすめらみこと》と息長帯姫《おきながたらしひめ》は並んで座っていました。

空には、無数の星が輝いています。


「神楽、良かったな。特に豊姫の踊りが良かった」

「ええ。あの子にあんな才能があったなんて」

帯姫は笑って言いました。

「私も、踊りの伴奏となる楽器が何か弾けたら良かったわ。何か習おうかしら」

「琴なら我も弾けるぞ」

「まぁ」

天皇は人を呼び、自室から琴を持って来るよう命じました。


「それにしても、磯良《いそら》が出て来てくれて良かったな」

「ええ、本当に。」

「今日は早速、航海の話をしたのであろう」

「はい。興味深い話が多くございました。……磯良の話では、内海と外海では、海の渡り方がまるで違うそうです」

帯姫が空を見上げながら言いました。


「内海ならば、朝に出て、日が暮れる前にはどこかの港へ入ります」

「しかし、朝鮮半島や大陸へ向かうとなると、そうはいかぬな」

「はい」


天皇も星を見上げました。

「夜の海を渡ることになる」


「それ故、船頭たちにも星を読む術を覚えてもらう必要があるそうです」

「それでは、航海にはまだ時間がかかりそうだな……」


天皇が次の言葉を切り出そうとした時、武内宿禰が琴を運んできました。


天皇は琴の前に座り、弦に指を置きます。

静かな夜の庭に、琴の音が響き始めました。

帯姫は黙って、その音を聞いていました。


やがて曲が終わると、天皇は琴に手を置いたまま、ふっと息を吐きます。


「……ところで、熊鷲《くまわし》のことだが」

天皇は、香春岳《かわらだけ》や古処山《こしょさん》の状況と、さらに、不弥国《ふみこく》の者から聞いたことも話しました。

「熊鷲一族は徐々に勢力を広げている。まだ数は少ないが、不弥国でも襲われる者が出て来ているそうだ。不安がっておった」

不弥国は、香春岳とも古処山とも比較的近い位置にあります。

熊鷲を恐れるのも無理はありません。

「このまま野放しにしておくと犠牲者も増える。我は熊鷲を撃とうと思うが、いかがか?」


その瞬間でした。

久方ぶりの感覚。

帯姫に、天皇が熊鷲の矢に射られる姿が見えました。

「ああっ!」


どうすれば回避出来る?

そう思い、その光景に目を凝らして、詳しい時間や場所を探ります。

この時間にこの場所が駄目なら、それを避けて、こちらからはどうだろうか。


帯姫は、見えた未来の先を何度も追いました。

けれど、どこへ逃れても、どの道を選んでも、最後には熊鷲の矢が天皇に突き刺さります。


「帯姫、大丈夫か?……神託が、降りてきているのか?」

青ざめた顔で、じっと虚空を見つめて喘ぐ帯姫に、天皇は不安そうに寄り添います。


「熊鷲は、良くない……」

無理だ、と帯姫は思いました。

どう頑張っても、熊鷲に立ち向かおうとする限り、天皇の死は避けられそうにありません。


では、どうすればいい。


熊鷲を討とうとしなければ、天皇は死なないのではないか。


ならば……。


海の向こうに行こう。

国内のことは捨て置いて、海の向こうへ。


そうすれば、熊鷲と戦わずに済む。


『このまま野放しにしておくと犠牲者も増える。』


確かにそうかもしれない。

でも、だからといって天皇を死なせるわけにはいかない。


『ごめんなさい』


心の中で謝ると、帯姫は顔を上げ、必死に声を絞り出して言いました。


「どうして兵を挙げて討つ必要がありましょう。まばゆいばかりの宝が、海の向こうにあります。宝を手に入れれば熊鷲も、自然と服従します。わざわざ危険を冒して戦う必要はありません」


「……誠か?」

頷く帯姫を、天皇はじっと見つめてしばらく考えていました。

そして、言いました。

「神は、嘘をついている」


あまりにもキッパリと言い切る様子に、側に控えていた武内宿禰の方がギョッとしました。

今まで、帯姫がどんなことを言おうと素直に従っていたのに、一体どうしたことか、と。


帯姫も驚きました。


しかし、天皇の言葉を聞いているうちに、胸の奥にあった思いが、少しずつ形を変えていきました。


そうだ。

神は、嘘をついているのだ。

天皇が死ぬなど、嘘に決まっている。


これまで神を信じてきた。

神の声に従ってきた。

そのために、自分の個人の望みも、恐れも、普通の人が送る人生も捨ててきた。


けれど――。


天皇の命まで捨てろというのなら。

そんな神など、もう信じない。

天皇が死ぬなんて、嘘だ。


そう思った瞬間でした。


身体が、全く自分の意思では動かせなくなりました。


「神を疑うか」

わははははは、と、帯姫の身体を使って神が笑いました。

「天皇は、近いうちに死ぬ。海の向こうの宝を得ることはない」

「なっ……」


それを聞いた天皇は、息を呑みました。

しばらく黙って、帯姫の姿をした神を見つめています。


そして、ぽつりと言いました。

「……我が死んだら、誰が次の天皇になるのだ?」


その言葉に、神も思わず面食らったようでした。


天皇は、死にたくないとは言いません。

なぜ死なねばならぬのかとも問いませんでした。


自分が死ぬことよりも、その後の国のことを案じている。

神にとっては、それが意外でした。


神は、しばし黙ってから答えました。


「この大后《おおきさき》が産む子だ。その子は宝を得るであろう」

次回、第33話「譲れぬもの」。


神に自らの運命を告げられた足仲津彦は、残された時間の中で何をすべきかを考えます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。