第29話|伽耶の鉄
足仲彦天皇が田川を訪れ、香春岳の様子を見ていた頃。
豊浦宮では、別の話が持ち上がっていました。
「誉屋別王が、伽耶に?」
「はっ」
武内宿禰が深く頭を下げます。
「伽耶に向かった襲津彦が、皇子と共にいるはずの葉山媛を見かけたと報告してきました」
「伽耶で?」
「鉄鉱山へ向かう人々の中に見たとのことです」
「鉄ね……」
息長帯姫は、ふと考え込むように黙りました。
「伽耶には、豊富な鉄があります」
武内宿禰が続けます。
「しかし、鉄を掘り、加工するには多くの人手が必要です。伽耶では鉄を求めて、各地から人が集まっております」
伽耶。
それは、一つの大きな国ではありません。
いくつもの小さな国が集まり、それぞれの王が治めています。
倭から移り住んだ者も少なくありません。
活目天皇の時代から、海を渡って伽耶へ移り住む者は増えていました。
倭人だけではありません。
新羅や百済、その他の土地から流れてきた者もいます。
様々な人々が行き交い、暮らしている土地でした。
「新羅も伽耶の鉄を狙っていると聞きます」
武内宿禰が言いました。
「新羅に取られる前に、我らが手を伸ばすべきではないでしょうか?」
「……誉屋別王のこともありますものね」
帯姫は少し考えました。
「伽耶へ向かう理由としては、十分でしょう」
伽耶の鉄を確保すること。
それは、倭国そのものを強くすることにつながります。
鉄は武器になります。
鉄剣。
鉄矛。
また、農具にもなります。
戦いだけでなく、生活の質の向上に繋がります。
「我が国にも鉄はあります。ですが、伽耶の鉄は、それ以上です」
「しかも、他の国々が狙っている」
武内宿禰は頷きました。
「伽耶へ兵を出すべきでしょう」
帯姫は言いました。
「誉屋別王を救い出し、他国より先に伽耶との結びつきを強め、鉄を確保する。そういうことですね」
「大王」
しばらくして田川から戻った足仲彦天皇に、武内宿禰が声をかけました。
「伽耶の件、申し上げたいことがございます」
天皇は顔を上げました。
「伽耶?」
「はい。誉屋別王のことと、鉄のことでございます」
武内宿禰は、伽耶へ兵を出すことの意味を一つずつ説明しました。
「なるほど、伽耶へ兵を出す価値はありそうだ。しかし、どれほどの人数で行く想定だ?襲津彦は、半島の者が用意した船に乗せて貰って向かったのであろう。兵を出すとなれば、それだけの船と、それを操る船乗りが必要になる。…まだ、奴国最高の船乗り、阿曇磯良を説得出来ていないのであろう?」
「確かに、阿曇磯良の説得はまだです。ですが、その点については良い知らせがあります」
「何だ」
「奴国側から、ぜひ奴国へ天皇をお迎えしたいとの申し出がありました
「……奴国へ?」
「はい。阿曇磯良を説得するにも、奴国へ赴いて話をするのがよいかと」
天皇は、羽白熊鷲に囚われている田油津媛のことを考えていました。
古処山へ向かうにしても、豊浦宮からより奴国からの方がずっと近い。
「よし、それであれば、さっそく奴国へ行く準備をしよう」




