第23話|海路の異変
穴門の海が変わってからというもの、豊浦の津は日に日に賑わいを増しておりました。
筑紫島より訪れる船。
畿内から運ばれる荷。
そして、海の向こうより姿を現す異国の船。
港には市が立ち、倉には穀や鉄が積み上げられます。
船木の里では昼夜を問わず槌の音が響き、有帆では帆が織られ、縄地では太い纜が綯われておりました。
豊浦は今や、西国一の港へと姿を変えつつあったのです。
「海が、人を集めているな」
港を見渡しながら、足仲彦天皇が静かに言いました。
帯姫は微笑み、頷きます。
「人だけではございません。やがて国と国も、この海で結ばれるでしょう。」
天皇は目を細めました。
帯姫が見据えているのは、一つの港ではありません。
この海そのものを、人と国を結ぶ道とする未来だったのです。
◇
ある日の夕刻、一人の使者が豊浦宮へ駆け込んでまいりました。
衣は潮に濡れ、息も絶え絶えです。
「申し上げます!」
帯姫と足仲彦天皇は、ほぼ同時に使者へ視線を向けました。
「対馬に賊が現れました!」
その場の空気が凍りつきます。
「島の船が襲われ、港が焼かれております! ……壱岐でも、同じことが起きております!」
しばし、誰も口を開きませんでした。
やがて天皇が静かに問われます。
「賊は、今も島におるのか。」
使者は力なく首を横に振りました。
「島の者たちが力を合わせ、どうにか退かせました。しかし……。」
言葉を切り、深く息をつきます。
「いつ再び現れるか分かりませぬ。島の者らは皆、怯えております。」
対馬と壱岐。
海の道を守る最前の島々です。
その先には半島があり、古くより大陸からの使者も商人も、この道を通って倭国へやって来ました。
もし賊がさらに南へ下れば――。
末盧。
伊覩。
奴。
「これは、対馬や壱岐だけの話ではありません。」
帯姫が静かに申しました。
「海の道すべての危機です。」
足仲彦天皇はゆっくりと頷かれます。
「島々だけで防ぐには限界があろう。」
そう言って海図へ視線を落としました。
「賊を退けるだけでは足りぬ。二度と、この海へ近づけぬようにせねばならぬ。」
豊浦宮には重い沈黙が流れました。
やがて帯姫は顔を上げます。
「末盧、伊覩、奴……海に面する国々へ使いを。皆で、この海を守る術を考えましょう」
武内宿禰は深く一礼しました。
「承知致しました。」
その夜、豊浦宮から幾艘もの小舟が夜の海へ漕ぎ出していきます。
海風を受けた使者たちは、筑紫各地の首長のもとへ急ぎました。
やがて、その知らせを受けた者たちが、一人また一人と豊浦宮へ集うことになるのです。
次回、第24話「海を守る者たち」では――
敵の正体が分からぬ中、帯姫と足仲彦天皇は筑紫各地の首長たちを集め、海の道を守るための盟約を結びます。




