第21話|熊鰐の帰順
ほどなくして、熊鰐へ使者が送られました。
従うのであれば、争う必要はない。
共に海を治めよう、と。
熊鰐たちは、その言葉を容易くは信じませんでした。
これまで彼らは、誰かに従わずとも生きてこられたのです。
海峡を知るのは自分たちだけ。
潮を読み、
岩を避け、
船を導けるのも自分たちだけでした。
だからこそ、大和へ頭を下げる理由を感じておりませんでした。
ですが――
今、海は変わろうとしております。
穴門は広がり、
これまで通れなかった大船までもが、
やがてこの海へ入って来るでしょう。
そうなれば、海を巡る人も、物も、
これまでとは比べものにならなくなる。
その流れから外れれば、
取り残されるのは自分たちの方かもしれません。
しかも、
大和は熊鰐を滅ぼそうとしているわけではない。
むしろ、
その海の知恵を求めている。
ならば――
共に動いた方が、
得るものは大きい。
熊鰐の長は、静かにそう考えていたのです。
数日後。
一艘の船が、静かな海を進んできます。
船首には榊が立てられておりました。
そこへ掛けられているのは、
鏡。
剣。
勾玉。
敵意なき証。
恭順の印でした。
船に乗る熊鰐たちは武装しておらず、
その先頭には、熊鰐の長が立っております。
彼らはさらに、防府の佐波までやって来ました。
そこには、大和の兵が並んでおります。
熊鰐の長は、その前へ進み出ると、深く頭を垂れました。
「これより後、魚の獲れる浦、潮の採れる浜、その道を共にいたしましょう」
海を知る者たちの降伏でした。
足仲彦天皇も帯姫も、
彼らを辱めることはいたしませんでした。
宴が開かれ、酒と魚が振る舞われます。
「そなたらの海の知恵は、何より貴い」
天皇はそう言いました。
「我らは、そなたらと争いたいわけではない」
帯姫も続けます。
「共に栄える道を探したいのです」
熊鰐たちは、最初こそ警戒しておりました。
ですが、
敵として扱われぬことを知ると、
少しずつ表情を和らげていきます。
「行き交う船が増えれば、魚も塩も、もっと遠くまで売れるやもしれませぬな」
誰かがそう呟くと、別の者も頷きました。
「大和の兵が海路を守るなら、商いもしやすくなろう」
熊鰐の長もまた、盃を手に、ゆっくりと息を吐きます。
もはやこれは、屈服ではありませんでした。
新たな海の時代へ加わること。
その実感が、胸の内に芽生え始めていたのです。
やがて笑い声も混じるようになりました。
海を巡る新たな縁が結ばれたのです。
次回、第22話「功満王の帰化」では、
海の道が開かれた豊浦宮へ、秦の流れを汲む渡来人、功満王が蚕種を携えて帰化を願い出ます。




