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神功皇后 ― 海を越える巫女王 ―  作者: 筑前由紀
第二章  西国動乱

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第16話|香春岳の火

長峡ながおから峠を越えます。

道は険しく、馬の足取りも重くなっていきました。

しかし夏羽は慣れた様子で先を行き、振り返ることもなく進みます。


やがて――


「あれにございます」

その声に、足仲彦天皇たらしなかつひこのすめらみことは顔を上げました。


視界の先に、山が現れます。

連なるように、三つ。

どこか異様な気配を放つ山々。


香春岳かわらだけ


麓に近づくにつれ、空気が変わっていきました。

土の匂いに混じって、かすかに焦げた気配。


そして、音。


カン、カン、と硬いものを打つ響き。

低く唸るような風の音。

人の声。


「これは……」

天皇は、思わず呟きます。


山のあちこちで、煙が上がっていました。

黒く、重い煙。


その下では、人々が絶え間なく動いています。


岩を砕く者。

土を運ぶ者。

火を守る者。


その動きは粗野でありながら、どこか統率されていました。


熊鷲くまわしにございます」


夏羽が、山の斜面へ視線を向けながら言いました。

その先では、男たちが大声で笑い合いながら、岩や木材を運んでおります。


肌は日に焼け、身体は岩のように太い。

山に生きる獣のような力強さがありました。


「南の熊襲くまそが討たれた折、その一部がこの地へ流れて参りました」


夏羽は静かに続けます。


「現地の者と交わり、生き延びた者たちにございます」


天皇は黙って男達を見ます。

吉備の浦で皇軍の船を襲って来た者たちと、どこか似た空気がありました。


ひとりの男が大岩を抱え上げ、周囲から歓声が上がりました。

並の兵では、あの力には敵うまい。


「今は我らと共に、この地を支えております」


討たれ、生き延び、形を変えながらもなお残った者たち。

山と火の匂いを纏うその姿には、しぶとい生命力がありました。


「よく従うものだな」

天皇がそう言うと、夏羽はわずかに笑みを浮かべます。

「力で押さえつけるだけでは、山の民は動きませぬ」


そう言って、前を歩く田油津姫たぶらつひめへ目を向けました。

「……妹がおるからこそにございます」


田油津姫が振り返りました。

「火を、お見せいたしましょう」

その声はやわらかく、どこか誘うようでもあります。


案内された先には、ひときわ大きな炉がありました。

その中で、火が燃えていました。

赤く、深く、絶え間なく。


炎は揺らぎながらも消えることなく、

まるで生き物のように息づいています。


その熱が、肌に触れました。


「この山では、銅や鉄となる石が採れます」


田油津姫が、静かに言います。

彼女の瞳に、炎が映り込みました。


「銅も、鉄も、国の発展には欠かせぬものにございます」


火が、ぱちりと音を立てました。

その瞬間、火の粉がふわりと舞い上がります。


天皇は、一歩近づきました。

熱が強まります。


この火があれば、剣が生まれる。

この火があれば、国が強くなる。


そして――

この火を握る者が、力を握る。


「見事だ」

天皇は、静かに言いました。

その声には、確かな評価が込められていました。


田油津姫は、わずかに微笑みます。

「恐れ入ります」

その仕草は従順に見えました。

しかし、その奥で何かが揺れていました。


炎と同じように。


「この山があれば、我らは、さらに大きくなれましょう」

夏羽が、言葉を継ぎます。

その声には、抑えきれぬ確信がありました。


足仲彦天皇は、しばしの沈黙の後、

やがて、静かに口を開きました。


「この火は、豊前とよくにのみちのくちだけのものでは済むまい。これより先の国を支えることになろう」


火は、絶えることなく燃え続けていました。


人の手によって。

そして、人の欲とともに。

次回、第17話「山門の女王、田油津姫」では、


熊鷲を従える田油津姫は、筑紫島を治めるには“女王の力”が必要だと足仲彦天皇へ語ります。

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