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『緋色の傭兵団の物語』「ゲルマニア編」  作者: 嵗(sai)
第八部:覇道の蹄音

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第九部 第7章:終焉の赤――「首狩りの女狼」と天秤の決着

「ミューラー公国軍! 我に続け!」


アレク大公(公主)の号令と共に、最後尾に控えていた二百騎の精鋭が平原を蹴った。その突撃は、シンの知略によってズタズタに引き裂かれ、火と石に翻弄された一万の傭兵群団にとって、とどめの一撃となった。 アレクの動きに呼応し、ヴィットマン子爵の「鉄鋼兵」が重厚な足音を立てて地響きと共に前進を開始する。さらに、車輪の陣で敵を削り続けていたアドルフィーネの「黒狼騎士団」が円陣を解き、黒い疾風となって戦場を縦横無尽に駆け抜け始めた。


シンは、アレクが自ら「最後の一手」として盤上に降り立ったことを見届け、隣に立つ相棒へと視線を向けた。 緋色の傭兵団長、ガーブは、これまでの凄惨な光景を前にしてもなお、退屈そうにあくびを噛み殺していた。 「ふあぁ……。シン、まだか? 身体がなまっちまうよ」


シンは敵陣の最奥、狂乱する傭兵たちに囲まれ、孤立しつつある一塊の集団を指差した。 「ガーブ。あそこだ。あそこに、俺たちが今日、この手で狩るべき『首』がある」 その瞬間、ガーブの瞳が獲物を見定めた餓狼の如き黄金色に輝いた。 「応」 彼女は背負った大刀を静かに引き抜き、背後に控える八名の精鋭に短く命じた。 「遊撃隊。行くよ」


アインツ、ツヴァイル、トライデン、フィーア、フェン、ゼクス、ゼーヴ、アハト。緋色の傭兵団が誇る「最強の手足」が抜剣し、ガーブの後に続く。 「ツェン。後は任せた。ハンスからの情報を逐次精査し、全軍を差配しろ」 「承知しました。……ご武運を、副団長」


シンはツェンに戦場の指揮を預けると、ガーブの隣に並んだ。彼の背には二振りの刀「双刃」が静かに眠っている。今はまだ、その手に握られているのは数本の投げナイフだけだ。 歩みは瞬く間に加速し、鉄鋼兵の分厚い壁を追い越す頃には、弾かれたような疾走へと変わっていた。


「雑魚はヤミルたちに任せろ! 俺たちが狙うのは『茶色の羆』ヨハンの首だ! 首狩りだ!!」 「「「「「「応!!!」」」」」」


立ちふさがる敵兵は、もはや障害物ですらなかった。ガーブの大刀が一閃するたびに肉が裂け、シンの投じるナイフが的確に喉を貫いていく。 戦場はもはや軍隊同士の衝突ではなく、圧倒的な「質」による一方的な屠殺場へと変貌していた。 ヤミルは全身に返り血を浴びながらグレイヴを旋回させ、敵をゴミのように払い落とす。クリスは尽きかけた矢を敵の死体から奪い取り、一度に三本の矢をつがえては神速の射撃で敵の逃走を阻む。イエーガーの狩人部隊は騎上から正確な斬撃を加え、シーゲルの「赤い鷹」はかつての帝国兵の誇りを取り戻したかのような苛烈な剣技で敵を蹂躙した。


阿鼻叫喚の地獄。腹を裂かれ臓物を零す者、バリスタの巨大なボルトに胸を貫かれ吹き飛ぶ者、焼夷弾の火に巻かれ炭化していく者。 「こっちだ!」 シンは混乱の極みに達した戦場の最短距離を算出し、遊撃隊を敵本陣へと誘導する。


やがて、彼らの前に一際強固な盾の壁が見えてきた。 茶の剣傭兵群団長ヨハンと、その幹部、そして死に物狂いの護衛三十名。 「敵襲だ!」護衛が叫びを上げるより早く、シンのナイフがその口の中へと吸い込まれた。 シンは双刃を抜き放ち、流れるような動作で敵の隙間へと滑り込む。ガーブとアインツたちも扇状に散開し、乱戦の火蓋が切られた。


「どけええええ!!!」 ガーブが咆哮と共に大刀を振るう。一撃で二人の護衛を盾ごと真っ二つにし、返しの刃で三人目の首を跳ね飛ばした。 混戦の中、トライデンが敵と刺し違え、ゼーヴが背後から剣を突き立てられて膝を突くのが見えたが、足を止めることは許されない。 俺たちは「殺意の塊」となり、ついにその中心へと辿り着いた。


「……茶の剣傭兵群団、群団長ヨハン。その首、もらうよ」 ガーブが、血に濡れた大刀を肩に乗せ、無造作に歩み寄る。 「ふざけるな! 小娘がぁ! 貴様こそその首、俺が噛み砕いてくれるわ!」 ヨハンがようやく重い剣を引き抜き、上段に構えた。


間合いが重なる。ヨハンが力任せに剣を振り下ろす。 ガーブは大刀を両手で保持し、正面からその一撃を受け止めた。 ガギィィィン!!! 体格差のあるヨハンが上から圧力をかけるが、ガーブの足は一歩も退かない。 「うおぉぉぉりゃあああ!!」 ガーブが全霊の力を込めて刀を押し戻すと、ヨハンの巨躯が容易く仰け反った。 そこへ、ガーブの大刀が下からの切り上げを見舞う。ヨハンは間一髪で顎を引き、致命傷を避けるが、勢いに押されて無様に尻餅をついた。


ガーブが追撃を加えようとした瞬間、ヨハンが右手の剣を振り回そうとした。 その手首を、シンの双刃の一振りが正確に貫き、地面へと縫い付けた。 「ぎゃああああああ!!!」 「な、なんで……に、二対一……、ひ、卑怯じゃねえか……」


ヨハンの恨み言に、シンは冷淡な視線を投げ返した。 「卑怯? どの口が言っている。戦って、勝ち残り、最後に身銭を稼ぐ。それがあんたら傭兵の商売だろう? 今更正々堂々なんて、笑わせるな」 ヨハンが左手で土を掴み、シンの目に投げつけようとしたが、シンはもう一振りの刀でその手首を無慈悲に切り飛ばした。


「うごあああああああ!!!」 絶叫する「茶色の羆」を前に、シンは一歩下がり、静かに告げた。 「ガーブ。れ」 「待て……待っ……!」


ガーブは大刀を高く振りかぶり、一切の慈悲を排して振り下ろした。 ―――ごろり。 ゲルマニアを裏から支配していた巨魁の首が、泥にまみれて転がった。


シンは周囲を見渡した。遊撃隊による幹部たちの掃討も完了している。 いまだ続いている殺戮を止めるため、シンは肺腑を震わせて叫んだ。


「敵将ヨハン! 緋色の傭兵、ガーブが討ち取った!!」


遊撃隊の面々がそれに続く。「敵将討ち取ったり!」「ヨハンは死んだぞ!」 その叫びは戦場を波及し、緋色の傭兵団、赤い鷹、黒狼騎士団、そして鉄鋼兵たちの勝利の雄叫びへと変わった。 「勝ったぞー!」「生き残ったぞ!!」


武器を捨て、両手を挙げて跪く敵傭兵たち。 一万三千の軍勢が崩壊し、ゲルマニアの歴史を塗り替える一戦は、ここに決した。


シンは、遠く本陣でこちらを見つめるアレクの姿を探した。 (見たか、アレク。これが傭兵の、俺たちの戦い方だ。……今回の盤面、あんたの「支配」よりも、俺たちの「生存の合理」が勝ったんだよ)


血と死臭が漂う戦場に、夕闇が静かに降りようとしていた。 俺たちは、あの日、オルレアン伯爵に使い潰された「憂国の傭兵団」の亡霊を、ようやく一つ、振り払うことができたのかもしれない。



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