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『緋色の傭兵団の物語』「ゲルマニア編」  作者: 嵗(sai)
第八部:覇道の蹄音

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第九部 第6章:鉄路の咆哮――「車輪」が刻む終焉の轍

戦場の中央で燃え上がる巨大な火柱と、降り注ぐ巨石の雨。ガウス自治領を護るはずの一万の傭兵群団は、当初の猛々しさを完全に喪失し、阿鼻叫喚の渦の中にあった。


俺は戦況の推移を冷徹に見定め、最後尾に控えるアレク公主(大公)へと、高らかに右手を掲げて合図を送った。 「アレク公主! 第二段階へ移行します! 騎士団を展開してください!」


その叫びに応じるように、アレクの手が動く。それを受けたアドルフィーネ・ヴォルフハルトが、黒一色の騎装で駿馬を踊らせた。 「雌伏の時は終わった! 今、この瞬間に! 黒狼騎士団(ミューラー公国正規軍)の名を歴史に刻め! 我らの蹄の音で、偽りの王者の眠りを叩き起こしてやれ! 続けぇ!!」


「「「「応!!!」」」」


アドルフィーネを先頭に、八百騎の黒狼騎士団が解き放たれた。彼らは突進の最中に鮮やかに分裂し、百騎ずつの八つの集団となって、傭兵群団の両側面に斜めから突き刺さった。 それは「車輪の陣」。騎士団は反時計回りに円を描いて回転しながら、圧倒的な速度を殺すことなく敵陣の横腹をズタズタに切り裂き、巨大な「塊」であった敵軍を細かな「破片」へと分断していく。円運動を続ける騎士団の輪は、徐々に敵の後方へと移動しながら、獲物の逃げ道を完全に封鎖していった。


傭兵群団は、中央を火責めにされ、周囲を騎士団の鋭い刃で削られ、逃げ場を失って前方――すなわち鉄鋼兵の壁の前へと押し流されてくる。


俺は、一歩も引かずに構える前面部隊に次なる号令を飛ばした。 「歩兵部隊、突撃! ヤミル、槍兵を斜めに構えて逃げ道を塞げ! シーゲルさん、赤い鷹の底力を見せてやれ! クリス、退路を断つ狙撃を絶やすな! イエーガーさん、騎射で側面をさらに絞り込め!」


シンの指示に従い、緋色の傭兵団という「組織」が、まるで一つの有機体のように連動し始めた。 鉄鋼兵の隙間から、ヤミル率いる長槍歩兵が突き出し、浮き足立った傭兵を次々と串刺しにしていく。シーゲル率いる赤い鷹の剣士たちは、アレクから「死して礎になれ」と命じられた呪縛を振り払うかのように、生を実感するための苛烈な斬撃を繰り出した。


クリスの弓隊が退路を正確に狙い撃ち、狩人部隊のイエーガーが騎馬弓兵として戦場を駆け抜け、矢の雨を降らせる。 一万三千という「数の暴力」は、極限まで狭められた空間に押し込められたことで、自重に耐えきれず、同士討ちとパニックを引き起こし始めた。


「ゲルドさん! 構わん、残りの火種をすべてカタパルトで中央にぶち込め!」 工兵隊の雄叫びと共に放たれた追加の焼夷弾が、密集した敵の頭上で炸裂する。火だるまとなった傭兵たちが転げ回り、その狂乱がさらに陣形を崩壊させていった。


個人の武勇と勢いだけで生きてきた傭兵たちにとって、この戦場は理解を超えた地獄だった。先頭で兵を鼓舞すべき小団長たちは、シンの狙い通り、クリスの矢や遊撃隊の奇襲によって真っ先に仕留められた。残された団員たちは、指揮系統を失い、場当たり的な抵抗を続ける中で、急速にその数を減らしていった。


「五倍の敵? 一人で五人倒せば済む話だろうが!」 開戦前、ガーブやヤミルが嘯いていた言葉が、現実の光景として刻まれていく。


________________________________________


敵将、「茶色の羆」ヨハンは、血走った目で目の前の光景を眺め、唖然と立ち尽くしていた。 「なんだ……これは、何が起こっている! こちらには一万もいるんだぞ! なぜ蹂躙されているのが俺たちの方なんだ!」


「群団長……もうダメだ、逃げましょう! カタパルトにバリスタ、あの黒い騎馬……こんな戦い方、俺たちは知らねえ!」 「うるせぇ! 黙れ! がたがた抜かすくらいなら突っ込め!」


ヨハンは背後のゲルニーハーヘンに目を向けた。かろうじて道は開いているように見える。(逃げ込むか?)という思考が過るが、部下たちが口々に叫び始める。 「群団長、一旦引いて城壁に立て籠もりましょう!」 「逃げるだと? バカ抜かせ! 『宣戦布告』を受けたんだぞ、ここで逃げたら群団の名は地に堕ちるんだ!」 「名誉より命だ! 俺は逃げるぞ!」


「……てめぇ、勝手に逃げるのは許さねぇと言ったはずだ!」 ヨハンは抜剣するなり、逃走を叫んだ部下を袈裟斬りに伏せ、返す刀でその首を跳ね飛ばした。 「策を考えろ! 起死回生の策はねぇのか!!」


だが、個人戦闘の優劣のみで勝敗を決めてきた彼らに、戦場全体を「支配」するシンの知略を覆す術はなかった。


________________________________________


本陣のアレク公主は、シンの描いた設計図通りに推移する戦場を、戦慄を以て凝視していた。 (シンの知略が、これほどまでに俺の演算を凌駕するというのか? 『戦場の天秤』……この男の二つ名の真実を、俺は見誤っていたのか)


アレクは自身の爪を噛み、冷徹に現状を分析する。 (だが、欠点はある。時間だ。機動力を維持するには体力が消耗する。相手はまだこちらの倍以上の数が残っている。……後一手、この硬直を突き破る『重み』が足りない)


その時、アレクの視線がシンのそれと重なった。シンは静かに、アレクに向かって力強く首を縦に振った。 (! そうか。お前の思惑は、そこにあるのか。いいだろう、シン。お前の望む通り、俺自身が『最後の一手』になってやろう)


アレクは腰の剣を抜き、それを冬の太陽の下で高く掲げた。 「ミューラー公国正規軍! 俺に続け! ゲルマニアの新しい夜明けを、その手で掴み取るぞ!!」


「はぁっ!!!」


アレク率いる公国軍二百騎。静かなる盤上の支配者が自ら駒となって戦場へ降り立った瞬間、天秤は決定的な終焉へと傾き始めた。



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