第九部 第3章:天秤の計略――「生存」と「殲滅」の二重奏
「カタパルト十二基とバリスタ二十基。 これらは、対面戦闘と個人の武勇にのみ依拠してきた旧来の傭兵群団を粉砕するための、我が緋色の傭兵団が誇る決戦兵器です」
俺が盤上に置かれた茶器――攻城兵器の代用――を指し示すと、天幕内の空気はさらに重く沈み込んだ。俺は、ツェンと共に練り上げた「生存のための殲滅戦術」を説明し始めた。
「俺の考えた陣形はこうです。まず、中央前面にはヴィットマン卿の『鉄鋼兵』を配置します。彼らの堅牢な防御力こそが、この戦いの要となる。その後方に、我が緋色の歩兵部隊とクリスの弓兵隊、そして工兵隊を置きます。工兵隊のさらに後ろから、移動式のカタパルトとバリスタを展開し、初手で敵中央に人の頭の二倍以上の巨石を打ち込むのです」
俺は地図上の駒をさらに動かし、敵軍がパニックに陥る様子をシミュレーションしてみせた。 「さらに、油と火種をカタパルトで敵陣深くに投げ込み、クリスの弓隊による火矢で一気に着火します。火災と巨石による物理的な圧砕により、一万の敵は逃げ場を失い、密集を強いられる。そこに左右両翼から黒狼騎士団と赤い鷹傭兵団が突撃し、敵を包囲・分断します。最後は、混乱した敵本陣へガーブ率いる遊撃隊を投入し、茶羆傭兵団長ヨハンをはじめとする群団幹部の『首狩り』を完遂する」
「むう……」とヴィットマン子爵が唸り声を上げた。あまりに非情で、かつ合理的な戦術。アレク大公(公主)は目を閉じ、黙したまま、自身の演算と俺の提案を照らし合わせているようだった。
その静寂を破ったのは、小気味よい拍手だった。 「見事な作戦案だ、シン君」 声を上げたのは、黒狼騎士団のアドルフィーネ・ヴォルフハルトだった。彼女は、野戦に攻城兵器を組み込むという発想に、隠しきれない興奮を滲ませていた。 「野戦でカタパルトか。目立つはずのそれをどうやって秘密裏に用意した? これを君一人が考えたのか?」
俺はアドルフィーネの視線を真っ直ぐに見返した。 「……緋色の傭兵団には、組み立て式の兵器を設計する天才や、それを形にする優秀な鍛冶がいるのです。そして何より、軍略の検証を専門に行う参謀もいます。全員で知恵を絞り、『生き残るため』に準備してきた結果ですよ、アドルフィーネ騎士団長」
「……おや、困るな。我々はあくまで『黒狼傭兵団』だよ?」 アドルフィーネがおどけて見せるが、俺は冷淡に返した。 「とぼける必要はありません。ヴィットマン卿からも伺いましたし、我々独自に貴公らの来歴も調べさせていただいた。ミューラー公国が百年以上かけて牙を研いできた正規の精鋭部隊。それが黒狼の本性でしょう」
アドルフィーネは不敵に笑い、俺たちの実力を認めるように頷いた。「君たちは面白いね。単なる傭兵ではなく、あらゆる兵科を混成させた一つの軍隊だ」
俺はそこで、再びアレクの方を向いた。 「殿下、俺の作戦案はどうですか」 アレクがゆっくりと目を開けた。その碧い瞳には、憎しみにも似た鋭い光が宿っていた。俺の「生存の合理」が、彼の「統治の合理」――傭兵を使い潰し、国家の礎にするという計算――を完全に看破し、否定してしまったからだ。
「シン。貴様は……」 「この案は素晴らしい」 アレクの言葉を遮り、ヴィットマン子爵が割って入った。「この作戦通りに推移すれば、味方の損害を最小限に抑えつつ、一万の敵を確実に壊滅させられる。私は賛成したい。アレク大公、いかがか?」
アレクは低く、抑えられた声で言った。 「……ヴィットマン子爵。この戦いは、これからの国軍が領民を守る正義であることを示すためのものだ。だからこそ、ゲルマニアを食い物にしてきた傭兵は、たとえ同盟者であっても排除せねばならぬ」
「だから、我々を捨て石にしようと? ……そのお考えは理解できます。だが、俺たちは傭兵だ。『生き残ってなんぼ』が信条ですよ」 俺は畳み掛けるように続けた。 「この戦いが終われば、俺たち緋色の傭兵団はゲルマニアを去ります。残留する者は団を抜け、国軍に入るか庶民に戻るかを個々に選ばせると約束してきた。赤い鷹も殿下に降ることを決めている。……緋色のことは、もはや盤上の不確定要素として数える必要はありません」
「……その言葉、信じてもよいのだな?」 アレクの碧眼が俺を射抜く。俺は臆することなく頷いた。「ええ。一筆書きましょうか?」
沈黙が天幕を支配した。ブラウンシュタインとアドルフィーネが息を潜めてアレクの決断を待つ。 「……分かった。シンの作戦案で行こう」 アレクのその一言で、天幕内の張り詰めていた空気が一気に弛緩した。俺はテーブルの下で、誰にも気づかれないよう拳を固く握りしめた。
「感謝します、アレク殿下」 「……礼には及ばぬ。だが、戦闘が終わり、後始末が済み次第、緋色の傭兵団との同盟は解消する。万一、再びゲルマニアに傭兵として足を踏み入れることがあれば、次は全力で排除させてもらう。そのつもりでいろ」
交渉が決裂に近い形で成立した後、会議はガウス自治領そのものの解体、および四大商家の処遇へと移った。ここで俺は、ハンスとオットーに依頼していた「裏の工作」を披露した。
住民の教化と世論誘導(ハンスの担当):ハンス率いる特務隊がゲルニーハーヘン市内に潜伏。庶民を食い物にする傭兵群団の悪評や、大商家のあくどい商売の実態を噂として流布させ、市民の反感を極限まで高めた。
経済的包囲網の形成(オットーの担当):ガウス以外の商業ギルドや行商人を掌握し、大商家からの離反を促進。さらに、四大商家の一角、ガウス海運商会のパウル・アルトマンと接触。ホーハーベン商会と決別し、新秩序に協力すれば既得権益を保護すると持ちかけ、彼に「中立」を約束させた。
「これは一傭兵が考える戦略ではないな。アレク殿下、シンを宰相として引き抜いてはどうだ? 死ぬまでこき使えるぜ」 アドルフィーネの冗談に、俺は愛想笑いで「お断りだ」と返した。
深夜に及んだ軍議の結果、以下の九項目が最終決定された。
一、対傭兵群団戦にはシンの作戦案を全面採用する。
二、敵将ヨハンをはじめとする群団長は全て討ち取る。
三、ゲルニーハーヘン市街への攻撃は回避する。
四、ホーハーベン商会会頭マンフレートを捕縛、抵抗すれば討ち取る。
五、恭順したガウス海運商会には不干渉を貫く。
六、勝利後、アレク大公はゲルマニア統一と国家樹立を宣言する。
七、事後処理完了後、緋色の傭兵団はゲルマニアを離脱する。
八、赤い鷹傭兵団は解散後、大公直轄の戦闘団として再編する。
九、緋色を退団し、ゲルマニアに残る者に罪は問わない。
決戦は四日後。 俺たちは、傲慢に胡座をかくガウス自治領に対し、正式な「宣戦布告」を投げつけた。 歴史の天秤は、ついに最終的な均衡へと動き出した。




