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『緋色の傭兵団の物語』「ゲルマニア編」  作者: 嵗(sai)
第八部:覇道の蹄音

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第九部 第1章:深淵の豪商と狂犬の宴――北都の胎動

第九部:深淵の豪商と狂犬の宴


「勝利の代償は同盟解消。天秤が支配した戦場の果てに、狼たちは真のオルレアンを見据える。」


一万三千の傭兵連合を粉砕するゲルニーハーヘンの決戦。勝利後、危険視されたシンたちは報奨金を手に、復讐の地フランク王国へと帰還します。


第九部 第1章:深淵の豪商と狂犬の宴――北都の胎動


ゲルマニア北方、北大海の冷たい風が吹き抜ける港湾都市ゲルニーハーヘン。南北二キロ、東西十二キロに及ぶその巨大な都市国家は、二十メートルを超す強固な外壁と、大型船十隻を同時に収容できる巨大な港を擁し、旧帝都に代わる経済の心臓部として君臨していた。


その海岸線に立ち並ぶ倉庫街の中で、ひときわ高く聳え立つ五階建ての石造建築――ホーハーベン商会の商館最上階には、ゲルマニアの経済を裏から操る四人の大商人と、一人の傭兵が集っていた。


豪華な装飾が施された商館長執務室には、暖炉の薪が爆ぜる音と、注がれるワインの音だけが響いている。 出席者は、ゲルマニア商人ギルドを創設し、経済を独占するホーハーベン商会会頭マンフレート・ホーハーベン。 海運業を一手に引き受け、北方諸国との交易を担うガウス海運商会のパウル・アルトマン。 そしてマンフレートに吸収された二つの商会の長、ロルフ・ハースとアントン・グラーフ。 最後に、この「商人の街」を武力で守護する茶の剣傭兵群団長、兼「茶色のひぐま」ヨハンである。


マンフレートが、不快感を隠そうともせずにヨハンへ問うた。 「……で、戦況の見通しはどうなったのだ。傭兵よ」 「はっ! 商会長殿は相変わらず繊細だなぁ」 ヨハンは下卑た笑いを浮かべ、高級なワインを喉に流し込んだ。「こちらの軍勢は、茶、青、緑、黄を合わせて一万三千だぜぇ? 対するミューラーの小僧どもは、かき集めても二千五百。五倍だ、五倍! 勝ったも同然だろうが!」


「そう言うが、一年前、貴様の群団のナンバー3だった『茶色の蛇』三百人が、百人足らずの緋色の傭兵団に一方的に殲滅されたことを忘れたわけではあるまいに」 マンフレートの冷ややかな指摘に、ヨハンの額に青筋が浮かぶ。 「あの『蛇』に茶色の羆の精鋭はいなかった! 俺もな! 今回は格が違うのさ。ミューラーとかいうガキも、あの小生意気な『緋色』も、まとめてお仕置きしてやるよ」


「……信じて良いのだな?」 「おう、任せとけ! その代わり、約束通り勝ったらゲルマニアの治安維持の一切を俺たちに任せてもらうぜ。つまり、全ての通行税と警備報酬をな」 「ふん。糧食と資金は用意してやる。役立たずで大赤字にならぬことを祈るのだな」


ヨハンは杯をテーブルに叩きつけるように置くと、獲物を狙う獣のような足取りで執務室を去った。それを見送る商人たちの間には、別の冷笑が流れる。 「傭兵風情が。図に乗りおって……」マンフレートが吐き捨てる。 「全くですな」「まこと、まこと。ならず者を飼っておくのも骨が折れますな」と、ロルフとアントンが揉み手で追従した。


しかし、海運商人のパウル・アルトマンだけは、その楽観的な輪に加わらなかった。 「マンフレート殿。本気で、あのならず者たちでミューラーの天才児に勝てると思っているのですか?」 「一万三千対二千五百だぞ、パウル。勝てぬ道理がなかろう! ヨハンには多額の金と女を与え、他の三つの群団まで取り込ませたのだ。今更負けなど許されん」 マンフレートは大言壮語を続ける。 「勝てばミューラーを我が傀儡にし、たとえ負けても、俺たちの物流網なしでゲルマニアの経済は回らん。いずれ頭を下げて麦を売ってくれと乞い願うことになる。次はフランク王国、そして世界を金の力で支配してやるわ!」


パウルは内心、その傲慢さに危惧を抱いていた。 (果たしてそう上手くいくか……。商売人が先の夢を語り始めたら終わりだ。商人は常に足元を悲観的に見つめ、最悪の事態に備えるものだ) パウルの脳裏には、数日前、緋色の傭兵団の副団長オットーから秘密裏に届けられた書類の内容があった。それは、ホーハーベンとの決別を促し、新国家への帰順を提案する「盤上の最後通牒」だった。


「……それは上々ですな。さて、私も仕事に戻るとしましょう」 パウルは恭しく一礼し、商館を辞した。 自社に戻るや否や、彼は番頭たちを招集し、鋭い口調で命じた。 「至急、全船の船長に出航準備をさせろ。積荷は今のままでいい。二日以内に、商館の従業員とその家族全員を乗船させ、この街を離れる。……もはやこの街は、沈みゆく泥舟だ」


________________________________________


一方、商館を出た「茶色の羆」ヨハンは、街の正門近くにある馴染みの娼館へと向かっていた。そこは茶の剣傭兵群団の本陣と化しており、青、緑、黄の各群団長たちが酒を食らい、騒いでいた。


「おい! 野郎ども! 楽しい、楽しい『首狩り』の時間だぜぇ! 支度しやがれ!」 ヨハンの咆哮に、荒くれ者たちが応える。 「おっしゃぁ! 祭りだぁ!」「気合入れろぉ!」 ヨハンはギラついた目で付け加えた。 「緋色の傭兵団、あの『双刃』と『女狼』は俺の獲物だ! 手ぇ出すんじゃねえぞ。分かったか!」


傭兵たちが歓声を上げて店を飛び出していく中、副団長がヨハンに耳打ちした。 「団長、あいつら(青、緑、黄)を勝手に突っ込ませて良いんですかい?」 「構わん。青、緑、黄の六千人には、ミューラーの正規軍やヴィットマンの『鉄鋼兵』と遊んでもらえばいい。その隙に俺たち茶の剣四千で、憎き緋色を叩き潰すのさ」


五倍の兵数という「数の暴力」に陶酔し、ヨハンは勝ち誇っていた。 「……ふん。まだ時間はたっぷりある。女将、一番いい酒と、上等な女を二人三順れてこい。今夜は最後の前夜祭だ」


彼は階段を上がり、淫靡な空気の中へと消えていった。 その平原の先で、「戦場の天秤」がすでに彼らの命を測り終え、カタパルトの準備を整えていることなど、夢にも思わずに。



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