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『緋色の傭兵団の物語』「ゲルマニア編」  作者: 嵗(sai)
第八部:覇道の蹄音

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第八部 第11章:天秤の拒絶――「生存の合理」と戦場の青写真

「ツェン、状況説明を頼む」 俺の言葉に、作戦部員のツェンが深く頷き、大きな羊皮紙の地図の上に駒を並べ始めた。


「はい。目標はゲルマニア北方、北大海沿岸の巨大港湾都市ゲルニーハーヘン。南北二キロ、東西十二キロに及ぶこの都市は、それ自体が単独の自治領であり、居住者は三万人を超えます。現在、その周辺にある四つの領主領は、茶、青、緑、黄の四つの傭兵群団が占領し、根城にしています。彼らの総兵力は約一万。実質的な『ガウス自治領軍』です」


ツェンは、敵味方の兵力を地図上に正確に配置していく。

「対する我が統一連合軍は、三方向から集結中です。

 西方: ミューラー公国正規軍400、黒狼騎士団800。

 東方: ヴィットマン子爵領・鉄鋼兵400。

 南方: 緋色の傭兵団200、赤い鷹傭兵団650。 総数二千四百五十。

 一万三千の敵に対し、兵力差は五倍以上です」


俺たちは、その絶望的な数字が並ぶ地図を沈黙して見つめた。俺は自分の考えを口にする。 「アレク殿下の狙いは、俺たち『緋色』と『赤い鷹』を中央に据えることだ。俺たちに私怨を持つ『茶の剣』が突っ込んでくるのに合わせ、中央をあえて下げさせる。そして左右の両翼から挟撃する――つまり、俺たち傭兵を『デコイ』にするつもりだ」


一同に戦慄が走った。俺は冷徹に言葉を継ぐ。 「アレク殿下にとって、次の戦いは新国家の正当性を示すためのパフォーマンスだ。民衆にとっての『正規軍』は、強く、正しくなければならない。ならば、過去の遺物である傭兵同士をぶつけ合い、共倒れにさせるのが、彼の計算における『最適解』なんだろう」


「ツェン、その場合の損害予測を動かしてみてくれ」 「承知しました」 ツェンが駒を動かしていく。正面衝突、乱戦、そして挟撃。 「……戦闘終了。統一軍全体の損害率は六割。ですが、中央で肉壁となる緋色の傭兵団と赤い鷹の損害は八割から九割に達します。対して公国軍は三割以下の損害で勝利を手にする計算です」


「推定で六割が死ぬ『辛勝』か。代償が大きすぎるな」 俺の言葉に、赤い鷹のシーゲル群団長が唸った。「茶の剣はよほど俺たちを潰したいらしいが……シン、それはあくまで推測だろう?」 「その通りだ。だが、あの殿下なら必ずこの手を選ぶ。傭兵を使い潰し、国家の礎(捨て石)にするのが彼の『統治の合理』だからな」


俺は地図上の駒をすべて取り除き、自分の手で再配置を始めた。新たな駒として、茶器をいくつか追加する。 「だから、三日後の代表会議で殿下が案を出す前に、俺たちの『傭兵流・生存戦略』を突きつける。一人も死なせないとは言えないが、損害を一割から二割に抑え、戦場そのものを支配する作戦だ」


俺は再配備した陣形を指し示した。 「正面に鉄鋼兵。その後ろに赤い鷹、弓兵、ヤミル隊。黒狼騎士団を左右に分け、公国軍は殿下の望み通り最後尾だ。そして、遊撃隊と特務隊は戦場を大きく迂回させる」 「ここからが肝だ。作戦実行前に、二つの準備を完了させた。一つはノインに頼んだ『攻城兵器の実戦転用』。もう一つはオットーさんに頼んだ『政治的・経済的包囲網』だ」


そこから二時間、俺は詳細を語り尽くした。カタパルトとバリスタによる遠距離からの戦意喪失。ハンスによる敵陣への「仕掛け」。そして、オットーが準備した最後の一手――ガウス海運商会を味方に引き入れ、ホーハーベン商会の幹部を袋の鼠にすること。


「……これが俺の考えた最善手だ」 全員が無言で盤面を見つめていた。シーゲルがようやく口を開く。 「確かに、これなら圧勝できる。だがシン……アレク殿下がこれを認めなかったらどうする? 彼は俺たちを『無力化』したいはずだ。違うか?」


「違わない。だが、この戦いが終われば俺たちはゲルマニアを去る。フランク王国での戦いが待っているからな」 俺は、ゲルマニアで加入したメンバーや赤い鷹の面々を見渡した。 「殿下に付き合う義理はない。去就は皆の自由だ。だが、俺たちの指揮下にいる間は、勝手に死なせるつもりはない。『戦って生き残る』――それが俺たちの唯一の掟だ」


「いいよ、シン。作戦も、その後のことも」 ガーブがいち早く立ち上がり、欠伸をしながら自分のテントへ戻っていく。 「俺も部隊を犠牲にする気はない。生き残ってなんぼ、だからな」ヤミルもそれに続く。 「赤字にならないよう、最後の詰めをしてくるよ」オットーが壱たちを連れて去り、ノインは兵器の確認に走り、イエーガーは仲間との相談のために席を立った。


最後に残ったツェンが、書類をまとめて一礼した。 「代表会議までに、アレク殿下が反論できないほどの完璧な資料を揃えておきます」


誰もいなくなったテントの中で、俺は一人、蝋燭に照らされた地図を見つめていた。 (あの時……『憂国騎士団』が使い潰されたあの日、俺には決断する力がなかった。団長や親父たちが死にゆくのを、ただ見ていることしかできなかった)


俺は双刃の柄を強く握りしめる。 (でも今は違う。俺には、盤面をひっくり返す知恵がある。仲間がいる。……決して、あの時のような終わらせ方はさせない。決して)


外では、決戦を控えた夜の風が、静かに、しかし激しく吹き荒れていた。


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