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『緋色の傭兵団の物語』「ゲルマニア編」  作者: 嵗(sai)
第八部:覇道の蹄音

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第八部 第十章:傭兵の黄昏と「国家」の胎動

シンのテントに集まった幹部たちの間に、かつてない重苦しい沈黙が流れていた。 ヴィットマン子爵との交渉を終え、ゲルマニア東部の火種が消えた今、俺たちは次の、そして最終的な目的地である「ガウス自治領」を見据えていた。だが、そこには単なる武力衝突以上の「不都合な真実」が横たわっていた。


「……これから俺たちが直面する問題は二つある」 俺は酒を一口煽り、地図を指し示した。


「一つ目。ガウス自治領に陣取る一万の傭兵群団との決戦において、戦闘の主体はあくまでミューラー公国――アレク大公の指揮下にある『正規軍』である、という建前が必要になる」 アレク殿下の狙いは明確だ。新国家の誕生を民衆に知らしめる際、それは「秩序を守る正義の軍」と「利権にまみれた無頼の傭兵」との闘いという形でなければならない。 ならば、同盟者でありながら「傭兵団」という看板を掲げる俺たち『緋色の傭兵団』は、その軍列にあっては極めて異色であり、アレク殿下の描く盤上においては、いずれ排除、あるいは隠蔽されるべき異物でしかない。


「考えてもみろ。傭兵による支配を打破しようと兵を挙げている英雄が、傭兵の力を借りて勝利したという事実は、新国家の正当性を揺るがしかねない」 俺の言葉に、赤い鷹のシーゲル団長が険しい顔を見せた。俺は続けた。 「だから、ガウスとの戦いの前に、アレク殿下は俺たちに最後通牒を突きつけるだろう。ミューラー公国軍の正式な部隊として軍門に降るか、ここで袂を分かつか――剣を捨てるか、ゲルマニアを去るか、だ」


シーゲル団長が立ち上がり、声を荒らげた。 「……だからか! だから俺たち『赤い鷹』は、直接ミューラーに付くのではなく、あかいお前たちに組み入れられたのか? 後々、一纏めにして『処理』しやすくするために!」 彼は怒りに肩を震わせ、さらに問うた。「だが、それならアドルフィーネの『黒狼傭兵団』はどうなんだ! あいつらだって傭兵だろう!」


俺は静かに首を振った。 「シーゲルさん、傭兵になる者がどんな背景を持っているかは、あんたが一番よく知っているはずだ。食い詰めた農民、略奪に手を染めた盗賊、敗残兵、そして――主を失った騎士だ」


「まさか……」 「笑えない冗談だが、真実だ。彼らの正式な名称は『黒狼騎士団』」 シーゲルが絶句する。「馬鹿な! 黒狼傭兵団は設立から百年以上経っている。かつての群団を乗っ取ったはずだ」 「その通り。つまりミューラー公国は、百年以上も前からゲルマニア統一という遠大な野望を抱いていたんだよ。公国の正規兵を傭兵という隠れ蓑に身をやつさせ、実戦経験を積ませながら牙を研ぎ続けてきた。この事実は最高機密として隠されてきたが、帝国の崩壊から存続しているヴィットマン子爵だけは気づいていたようだ」


ハンスが影の中から顔を顰めた。斥候部隊の諜報網ですら掴めなかった、公国という組織の恐るべき根深さ。 俺たち傭兵は「生き残ること」を最優先する個人の集団だが、アレク殿下たちは「秩序による支配」を目的とした、国家という名の組織的な生命体だったのだ。


俺はここで一旦言葉を切り、ガーブ、ヤミル、オットーさんを見やった。 「いいな、三人とも」 三人は静かに頷いた。俺たちは元々、この地で骨を埋める気などない。 「シーゲルさん、イエーガーさん。そしてノインにツェン。……俺たち緋色の傭兵団、初期メンバー六人の目的は、このゲルマニアで力を蓄え、フランク王国へ戻り、仲間を使い潰したオルレアン伯爵を討つことだ」


「だから俺たちは、アレク殿下の臣下になることはできない。あくまで対等な同盟者だ。だが、あんたたちは違う」 俺は厳しい口調で、だが誠実に告げた。 「俺たちの目的を隠したまま、望まない決断を強いる気はない。ガウスとの決戦後の去就は、それぞれ自由に選んでくれ。ミューラーの軍に加わるもよし、剣を捨てて一国民として生きるもよし。俺たちは何も強制しない」


狩人部隊のイエーガーさんが、物問いたげに口を開いた。 「シン君。フランク王国における傭兵の立場はどうなっているんだ?」 「……最悪ですよ」俺は苦く笑った。「オルレアン伯爵は傭兵を『捨て石』としてしか見ていない。俺たちがいた団も、俺たち六人を残して文字通り全滅した。傭兵が『卑怯者』として世論工作をされ、まともに稼業を続けられる土地じゃない」 「なら、アレク殿下の創る国はどうだ?」 「傭兵群団は討伐対象、傭兵団は解散。傭兵という職業そのものが廃止されるでしょう。残るなら国軍の歯車になるか、野に下るか――さもなくば『賊』として狩られるかだ」


「ハハ、はっきり言うなぁ。軍の部品になるか、賊になるか……ゲルマニアに自由はなくなる、か」 イエーガーさんはため息をついた。彼ら狩人は元の森へ帰ればいい。ゲルドさんは鍛冶師に、エマおばちゃんたちは食堂へ、マルコや孤児たちも、俺たちが授けた読み書きと基礎訓練があれば、この地で生きていけるはずだ。


「ノイン、ツェン。君らの才能はこれからのゲルマニアに不可欠だ。アレク殿下に推薦してもいい」 俺の言葉を、ノインが遮った。 「シン、待ってください。私はシンさんやガーブさんがいるから、皆の役に立ちたいから、この『知恵』を貸しているだけです。あの冷徹な殿下の元で働く気はありませんよ」 「私も同感です」ツェンが不敵な笑みを浮かべた。「それよりもシン。少し先走りすぎでは? ガウスの一万を前にして、俺たちの役割をまだ説明していません。……『戦場の天秤』の、次なる最適解を聞かせてください」


流石はツェンだ、俺の「逃げ」の思考を見抜かれた。今はそれでいいだろう。 「……そうだな。状況と立ち位置を理解してもらったところで、本題に入ろう」 俺が合図を送ると、ハンスが音もなく入室し、テーブルの上に最新の地形図を広げた。 ガーブが「やっとか」という顔で笑い、シーゲルとイエーガーは表情を引き締める。


「ツェン、状況説明を頼む」 「はい」 ツェンが駒を動かし始める。アレク殿下と俺が角を突き合わせ、数多の犠牲を前提とした「公国の戦術」をいかにして「緋色の生存戦術」へと書き換えるか。 その、狂気じみた勝利の青写真が、語られようとしていた。



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