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『緋色の傭兵団の物語』「ゲルマニア編」  作者: 嵗(sai)
第八部:覇道の蹄音

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第八部 第7章:山岳の巨龍と「静かなる雷鳴」

ゲルマニア東部、空を切り裂くような険峻な岩肌が連なるヴィットマン子爵領。この地を統べるイワノフ・フォン・ヴィットマンは、かつて山岳地帯ゆえの食料不足に喘いでいたが、一年前の麓の領主による一方的な食料供給停止を機に、その牙を剥いた。子爵は自領の正規軍である、忍耐強く堅牢な重装歩兵部隊「鉄鋼兵」を派遣。彼らはその歩みこそ遅いものの、圧倒的な防御力で領主軍をじりじりと駆逐・占有し、周辺の二領をも併合することで、食料の完全自給と領民の安寧を勝ち取ってみせたのである。


アレク大公(公主)からは、「ヴィットマン子爵とは敢えて戦火を交える必要はないが、敵対する逃亡者に対しては容赦するな」との密命を受けていた。俺はヴィットマン子爵に対し、逃げ込んだ敵対領主の身柄引き渡しを求めて対話を試みたが、子爵は「我が領に庇護を求めた者を差し出す道理はない」とこれを一蹴。この不遜な拒絶により、俺たちはゲルマニア屈指の精鋭「鉄鋼兵」との衝突を余儀なくされた。


戦場は、平地から急激に切り立つ岩山へと変貌する境界線だった。ヴィットマン子爵は山の手前の穀倉地から兵と領民を速やかに引き揚げさせ、険峻な山腹に立て籠もるという徹底した防衛陣を敷いた。見通しの悪い巨岩が点在するその斜面に、約四百名の鉄鋼兵が縦深陣地を展開し、俺たちを見下ろしていた。


試しに弓兵隊に一斉射撃を命じたが、分厚い甲冑に身を包んだ鉄鋼兵たちは微動だにしない。クリスが「無理、矢の無駄」と短く断じるのを聞き、俺は攻撃を中止させた。不用意に歩兵を突撃させれば、岩山の境界で足を止められ、高所からの死角攻撃によって一方的に狩り取られるのは明白だった。


膠着する戦場。俺は頭の中にこの一帯の立体図を広げ、ある「策」を練り上げた。 俺はテントにガーブ、ハンス、ツェン、そして発明家のノインを招集した。ハンスがもたらした斥候の情報を地図に落とし込み、俺は二つの案を提示する。沈思黙考していたツェンが賛意を示し、ガーブとハンスは獲物を狙う目をしてテントを飛び出していった。


「さて、ノイン。準備はいいか?」 「任せてください。……工兵! 急ぎ『あれ』の組み立てを開始しろ!」 ノインの号令で、工兵隊が慌ただしく動き出す。その間、俺は全軍に休息を命じた。


その様子を見ていた赤い鷹のシーゲル群団長が、焦れたように近づいてきた。 「シン、俺たちが突破口を開こうか? あの程度の坂、赤い鷹の突進力なら食い破れる」 「意気込みは買いますが、今は止めておきましょう。共倒れになれば、それこそアレク殿下の思うツボです。俺は子爵を味方に引き入れたい。被害を最小限に抑え、対話のテーブルに引きずり出すための舞台を整えるまで、時間をください」 俺は笑ってシーゲルを宥めた。


それから二日間、俺たちはあえて剣を抜かず、周辺の厳重な警戒のみを継続した。そして三日目の朝、ノインと工兵隊は、旧帝都での拠点作りの中で試作を繰り返していた移動式の秘密兵器を完成させた。投石器カタパルト四基と、巨大な弩弓バリスタ二基である。


この岩だらけの急斜面を「動く城壁」と見立て、俺はこれら攻城兵器の実戦投入を決断した。鉄鋼兵には遠距離攻撃手段がない。俺はカタパルトを岩山の縁ギリギリまで前進させ、赤い鷹の二個分団に周囲を固めさせた。


「発射ぁ!」 ノインの号令と共に、人の頭ほどの巨石が空を切り、山なりに飛翔した。ドガン、ドガンと岩の間に落ちる石。一射目は命中精度こそ低かったが、鉄鋼兵の間に確実な動揺を生んだ。


「二射目、用意! ……放て!」 間断なく岩が打ち込まれ、砕けた石の破片が山肌に散る。さらに、遮蔽物の影から姿を現した鉄鋼兵に対し、俺はバリスタの水平射撃を命じた。 ゴウン! 丸太の先を鋭く削った特製のボルトが、一人の鉄鋼兵の胴体を直撃した。鋼の甲冑を凹ませ、その巨躯を数メートルも吹き飛ばす。貫通こそしなかったが、衝撃だけで戦闘不能に追い込んだその威力に、味方から大歓声が上がった。


俺はカタパルトの投石とバリスタの狙撃を断続的に続け、敵に「どこにいても死の指先が届く」という極限の緊張を強いた。数日後、鉄鋼兵たちはさらに二十メートルほど山の上方へと後退を始めた。 逸る歩兵部隊を制止し、俺はさらに五日間、この「射程による暴力」を継続した。山の上から石を落とされる危険を冒してまで肉薄する必要はない。俺が狙っているのは、彼らの戦意そのものの摩滅だった。


そして決戦開始から八日目。 山の上方から、一騎の騎士が白い旗を掲げて降りてきた。騎士の合図で、鉄鋼兵たちは一瞥を残して静かに山へと消えていく。俺は攻城兵器の投擲を停止させた。


「……決着がついたか。よし! 全軍、警戒態勢のまま待機!」 俺はオットー、シーゲル、そして軍監二人を呼び、ヤミルの護衛を伴って騎士のもとへ歩み寄った。


「ヴィットマン子爵閣下より、停戦の申し出を預かって参った。……代表者はどなたか!」


騎士の言葉に、俺は静かに頷いた。 血に塗れた武力の時代が終わり、ここからは「言葉」という名のもう一つの戦場――政治の時間が始まる。



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