表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『緋色の傭兵団の物語』「ゲルマニア編」  作者: 嵗(sai)
第八部:覇道の蹄音

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/63

第八部 第3章:覇道の蹄音と「緋色」の契約

ミューラー公国の公主代行、アレク・フォン・ミューラー殿下。若干十六歳。十二歳で公主代行に就任してからの四年間、彼は国内の旧弊を次々と打ち破る改革を主導し、富国を成し遂げた。その実績と莫大な資金を背景に、徹底的に鍛え上げられた強兵を育て上げ、公国をゲルマニアで一、二を争う勢力へと押し上げた「戦争と政治に長ける天才児」である。


またの名を「静かなる盤上の支配者」が、ついに俺たちの拠点である旧帝都へと姿を現した。それは、あまりに突然の、そして圧倒的な暴力の顕現であった。


その日の早朝、ハンスがかつてないほど真剣な、苦々しい表情を浮かべて俺を呼びに来た。 「……十キロ先の旧街道に、大規模な騎馬団が現れた」 「黒狼傭兵団だな?」 俺の問いに、ハンスは短く頷いた。 「ああ。数は約二百。小集団に分かれて野や森、悪路を駆け抜け、その地点で合流・集結したようだ」


通常、これだけの軍勢が動けば、街道沿いの斥候網に引っかかるはずだ。だが奴らは街道を外し、起伏の激しい地形を馬の機動力だけで踏破してきたのだ。 「それで、彼らは?」 「馬から降りず、その場に留まっている。おそらく、あるじの到着を待っている。揃い次第、ここへ向かってくるはずだ」


「総員起こせ! 迎撃……いや、最大限の礼遇をもって受け入れ準備を急がせろ! ゲルド、工兵隊にカタパルトを隠させろ! オットーさんは物資の確認、ヤミルは歩兵を広場に整列させろ!」 俺は怒鳴るように指示を飛ばした。 「それからガーブを叩き起こせ! バケツで水をぶっかけてでも今すぐだ!」


拠点は一気に戦場のような慌ただしさに包まれた。遠くで「ぎゃーっ!」というガーブの悲鳴が聞こえたが、構ってはいられない。 「黒狼、動き出した!」 ハンスの鋭い報告が飛ぶ。 「オットーさん、準備は!」 「すべて整っている。不測の事態に備え、裏の者たち(壱・弐・肆)も配置につかせた」 「ヤミル!」 「問題ねぇ! 重装歩兵も槍兵も、一糸乱れぬ構えで待機させている!」


俺たちは建物の外へ出た。後ろからは、まだ髪が濡れたままのガーブが、不機嫌を全身から漂わせながら続いてくる。エマおばさんが「シン、ひどいよ」とぼやきながら、タオルでガーブの髪を拭い、体裁を整えていた。


やがて、街道の先から陽炎のように空気が揺らめき、地響きが伝わってきた。 速い。馬蹄の響きがまたたく間に大きくなる。 先頭に二騎。黒毛の駿馬に跨った、黒一色の装束を纏う騎兵。彼らが掲げる旗は二本。 一本は、漆黒の地に吠える狼を象った「黒狼騎士団」の団旗。もう一本は、鮮やかな青地に白の十字を刻んだ「ミューラー公国」の国旗である。


それに続く騎馬の群れ。十、五十、百、二百……総勢三百騎を超える集団だ。驚くべきことに、従卒さえもすべてが騎馬。誰も一言も発さず、ただ蹄の音だけが廃都の静寂を切り裂いていく。 全騎が拠点前の広場に入り、左右に分かれて中央の路を開け、完璧な規律で整列した。


冷や汗が背中を伝う。これほどの規模の騎馬軍団を黒狼傭兵団(黒狼騎士団)が有しているという情報は、俺の網にも掛かっていなかった。彼らの乗馬技術は一流を優に超えている。


前方から、二騎がゆっくりと進み出てきた。 一人は、俺たちとも因縁のある黒狼の長、アドルフィーネ・ヴォルフハルト。そしてもう一人は、全身を黒の鎧兜で包んだ小柄な人物だ。 「ミューラー公国公主代行、アレク・フォン・ミューラー殿下である!」 アドルフィーネの声が広場に轟く。


兜を脱ぎ、さらりとした金髪を露わにしたのは、アレク殿下その人であった。 馬車ではなく、自ら馬を駆って現れる。馬の機動力をこれほどまでに見せつけ、戦術的優位を誇示するとは……。つくづく、この少年の演算には驚かされる。


アレク殿下は鮮やかな動作で下馬し、俺たちの方へと歩み寄ってきた。 俺とガーブ、そして幹部たちは即座にその場に膝を突いた。殿下は十歩手前で足を止め、その碧眼で俺たちを見渡した。


「ガーブ団長、シン。……跪いていては握手ができぬ。立て。お前たちは俺の同盟者なのだろう?」


その声には、若さに似合わぬ威厳と、確かな期待が込められていた。 俺はガーブを促して立ち上がった。殿下はガーブの前に進み、右手を差し出した。 「『茶色の蛇』との戦い、その実力はしかと確認した。このアレク・フォン・ミューラー、貴様ら緋色の傭兵団と、正式に同盟を結ぼう」 ガーブは、いつもの不敵な笑みを浮かべ、その手をがっしりと握り返した。 「よろしく、アレク殿下」


俺たちは、殿下とアドルフィーネを拠点の会議室へと招き入れた。ハンスが音もなく寄ってきて、耳打ちする。 (拠点の周囲三十キロまで斥候を広げたが、彼らの一部始終を見つけることはできなかった。今も外周で数騎が哨戒を続けている) (……わかった) 俺は戦慄を覚えながら、殿下の向かいに座った。


「どうだ、シン。驚いたか」 椅子に深く腰掛けたアレク殿下の声には、自慢げな響きはない。ただ、自らの演算が正しく出力されたことを確認するような静謐さがあった。 「……はい。拠点から十キロ地点まで誰にも気づかれず接近されたこと。三百騎を超える完全武装の騎馬軍団。そして殿下ご自身の乗馬。……すべてが想定外です。アレク殿下は、恐ろしい方だ」


俺の率直な感想に、殿下はわずかに口角を上げた。 「褒め言葉として受け取っておく。……今回、俺は父から公主の地位を正式に継承することになった。公主として、俺はこのゲルマニアを獲る。貴様らとは、新たなゲルマニアの礎となる同盟を契約したい」


俺は表情を消し、その契約を呑んだ。 「……承知いたしました、公主閣下」


そこで、ガーブが身を乗り出した。 「アレク殿下。俺たちは協力する。ゲルマニア統一に力を貸す。だから……俺たちがフランク王国に戻り、オルレアン伯爵を討つ時。あんたの力を貸してほしい」


アレク殿下は、迷うことなく頷いた。 「了解した。だが、まずはゲルマニアを獲る。この腐った傭兵支配の土地を掃除し終えてからだ」 その答えに、ガーブは子供のように満面の笑みを浮かべた。


数日後、ゲルマニア全土に衝撃が走った。 ミューラー公国アレク・フォン・ミューラーの公主就任。そして、無能な領主、強欲な商人、無頼な傭兵を駆逐し、ゲルマニア全土を一つの「軍」と「法」の下に統一するという『開戦宣言』が発布されたのである。


歴史の天秤は、一人の少年と、緋色の旗を掲げる傭兵たちの手によって、劇的に傾き始めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ