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『緋色の傭兵団の物語』「ゲルマニア編」  作者: 嵗(sai)
第七部:盤上の真実と三つの極

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第七部 第7章 閑話:盤上の火種と狂犬の咆哮

ミューラー公国の首都レーベンヘルン。その城の奥深く、燭台の炎が揺れる執務室にて、公主代行アレク・フォン・ミューラーは一通の分厚い報告書を机に置いていた。


対面に座るのは、つい先日まで旧帝都で「宣戦布告」の裁定者を務めていた黒狼騎士団団長、アドルフィーネ・ヴォルフハルトだ。彼女は椅子に深く腰掛け、不敵な笑みを浮かべながら口頭での補足を続けていた。


「……以上が『茶色の蛇』と『緋色』による宣戦布告の全容だ。結果は報告書の通り、緋色の完勝。一方的な蹂躙と言ってもいい」 「ふむ。アドル、お前の目から見てどうだ。彼らは三百人規模の傭兵団を、ただ数で圧倒したのか?」 アレクの碧眼が、暗闇の中で冷たく光る。


「茶色の蛇は団長ホルツフェラーを筆頭に、個人の武勇に頼るだけの脳筋集団だ。集団戦の『型』を知らん。圧倒したからといって、緋色の実力が本物であるとは限らんさ」 アドルは肩をすくめたが、アレクの指摘はさらに鋭い箇所へ及んだ。


「……アドル。シンは今回、あえて『首狩り』を封印したのだな?」 「ああ。ホルツフェラーの首を刎ねたのは、敵団を完全に殲滅した後。……最後の一仕事としてだ」


その言葉を聞いた瞬間、アレクの口角がわずかに上がった。 「ならば、彼らの傭兵団としての実力は、我々の予測を上回っている。シンという男は、ガーベラという『暴力の化身』をただ突っ込ませるのではなく、組織という『機構』で敵を磨り潰す術を心得ているということだ。戦場全体を冷徹に制御コントロールしている……」


「それは、『静かなる盤上の支配者』としての感想かしら?」 アドルがからかうように言うと、アレクは即座に表情を消した。 「その二つ名は俺に相応しくない。二度と口にするな」


アレクは静かに立ち上がり、壁に掲げられたゲルマニアの勢力図を見つめた。そこには「西の深森」から始まった緋色の傭兵団の足跡が、赤いリボンで記されている。


「彼らは俺の『同盟者』としての資質を、血と鉄によって証明してみせた。……面白い。頃合いを見計らって、俺自ら旧帝都の拠点へ出向くとしよう。アドル、お前も付き合え」 「いいわ。あの小娘ガーブとの決着も、まだついていないしね」


アレクは部屋を出て、長い回廊を私室へと向かった。歩きながら、脳裏にはシンのあの不遜な言葉が響いていた。 (俺はあんたを「平和を望む人々を救う手立てを知る者」と認める。だから俺たち傭兵がその「力」となることでゲルマニアのために、未来を切り開く同盟を提案する)


アレクは内心で冷笑した。 (俺より年上のくせに、俺より青い理想を抱いている。……いいだろう。その理想ごと、同盟という名の『枷』を嵌めてやろう。お互いの道が分かたれるその時までな)


________________________________________


ガシャン!!


激しい破壊音と共に、高価な酒瓶が壁に激突した。 砕け散った破片と琥珀色の液体が、高級な絨毯に無残な染みを作っていく。


「馬鹿野郎が! 恥をかかせやがって……!!!」 茶の剣傭兵群団の群団長であり、「茶色のひぐま」と恐れられる男、ヨハンは、獣のような咆哮を上げてテーブルの上の杯を薙ぎ払った。


「くそがっ! くそがっ、くそがぁぁぁ!!!」


その荒れ狂う背中を、副団長らしき洒脱な男が、呆れたように眺めていた。 「まあ落ち着けよ、団長。血圧が上がるぜ」 「うるさい! 落ち着いていられるか! 面子を潰されたんだぞ! たかだか二百人足らずのポッと出の弱小が、俺の群団の『ナンバー3』を殲滅したんだぞ! ゲルマニア中に恥を晒しちまった! この落とし前、どうつけてくれようか!」


「……向こうは正当な『宣戦布告』の手続きを踏んじまったからな。あっちの勝ちだ。直接の報復(闇討ち)は掟に触れる。他の群団から袋叩きに遭うぞ」 「分かっている! 掟くらい、この俺が一番知っている!」


ヨハンが肩で息をしていると、部屋の外から怯えたような声が掛かった。 「あ、あの……群団長。ガウス自治領の評議会から、緊急の呼び出しが来ております……」


「ちっ! 耳の速い守銭奴どもだ! 忌々しい!」 ヨハンは苛立たしげに髪を掻きむしった。評議会の商人ども、特にホーハーベン商会のマンフレートは、この敗北を理由に報酬の引き下げや無理難題を吹っかけてくるに違いない。


「そうは言っても、彼らは俺たちの最大のパトロンだ。行かないわけにはいかないだろう? さあ、機嫌を直して顔を出しに行こうぜ」 男に促され、ヨハンは毒づきながら立ち上がった。だが、その瞳には暗い、粘着質な殺意が宿っていた。


「……待てよ。直接叩けねえなら、別のやり方がある。あいつらを干上がらせてやる。旧帝都に引きこもるネズミどもに、食糧も、資材も、一切回らねえようにしてやるのさ。簡単なことだ……」


ヨハンは不気味な笑みを浮かべ、ブツブツと陰湿な策を呟きながら部屋を出て行った。


一人残された男は、床に散らばった戦闘報告書を拾い上げた。 「……しかし、この『シン』という参謀、ただの傭兵じゃないな。戦い方が合理的すぎる」 男は報告書の端に記されたシンの経歴に目を留める。 「頭脳はフランク王国出身……オルレアン伯爵の地獄を生き残った連中か。遅まきながら、徹底的に洗わせてもらうとしよう」


男の呟きは、酒の匂いが充満する部屋の静寂に消えていった。 ゲルマニアの盤面は、一人の傭兵の「布告」によって、取り返しのつかない変容を始めていた。



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