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『緋色の傭兵団の物語』「ゲルマニア編」  作者: 嵗(sai)
第七部:盤上の真実と三つの極

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第七部 第6章:廃都の断罪――「天秤」が刻む終止符

かつて皇帝が民を睥睨した宮殿前広場には、今、圧倒的な死の予感だけが漂っていた。 茶色の蛇傭兵団・団長ホルツフェラーと、彼を護衛する三十名の精鋭たち。彼らはゲルマニアの血生臭い戦場を数多潜り抜けてきた自負を剣に乗せ、こちらを睨み据えていた。 だが、その瞳の奥には、自分たちの倍以上の兵力を一瞬で「消失」させた緋色の傭兵団への、言いようのない恐怖が滲んでいた。


「きっ、貴様はぁ……! 貴様らぁぁぁ!」 ホルツフェラーが、裏返った声で吠える。 俺はその怒号を、春先の風のように受け流しながら歩みを進めた。 背後では、クリスが左右の通路で瓦礫に阻まれ遊兵と化している敵兵に対し、精密な狙撃を繰り返していた。一射一殺。まさに「神速の弓兵」の名に相応しい無駄のない動きだ。 「クリス、雑兵と遊ぶな。矢がもったいない」 ヤミルがグレイヴを肩に担ぎながら軽口を叩くが、クリスは無言で次の矢を放つのみ。彼にとって、戦場での私語は集中を乱す雑音でしかない。


敵陣まで残り二十歩。 俺は立ち止まり、背中に背負った「双刃」の柄に手をかけた。 「ホルツフェラー団長。殲滅される準備は整いましたか?」 「死ねぇぇぇ!!!」 ホルツフェラーが堪らず剣を振り上げ、咆哮した。それを合図に、精鋭たちが一斉に突っ込んでくる。


「いいねぇ、いいねぇ! やっと手応えがありそうだ!」 俺が気合を入れ直すより先に、横をガーブが疾風となって駆け抜けていった。彼女の瞳は獲物を見つけた「女狼」そのものだ。 「ああ、もう。……皆、続け!」 俺の号令と共に、緋色の主力部隊が激突した。


ガーブの大刀が、敵の重い剣を紙切れのように弾き飛ばす。そのまま一閃。首が宙を舞う。彼女は即座に重心を落として躱し、返す刀で敵の胴を薙ぐ。逃げ場を失い、絶叫を上げて突っ込んでくる者の喉元に、大刀の切っ先が深々と吸い込まれた。 一方のヤミルは、二メートルを超える巨躯を独楽のように回転させ、グレイヴを振り回す。風を切る音が響くたび、敵の剣は折れ、盾は砕け、三人の首がまとめて切り飛ばされた。「立ち止まるは悪手だぜ」と呟く彼の周囲には、瞬く間に血の海が広がる。


俺は傭兵たちの間を縫うように疾走した。双刃を抜くまでのこともない。手に馴染んだナイフが、敵の死角を突き、一人、二人、五人と確実に急所を薙いでいく。 ハンスは独特の、音を消した歩法で攪乱に徹していた。敵の間合いを幻惑し、懐へ飛び込んだかと思えば、逆手に持った短刀で的確に頸動脈を貫いていく。 そして、ガーブに徹底的に絞り上げられたアインツ、ツヴァイル、ドライデン、フィーアの四人も負けてはいない。彼らは「冒険者」気取りの甘さを捨て、一人で、あるいは二人がかりで効率的に敵の数を減らしていく連携を見せていた。


敵の数が残り三分の一を切ったところで、俺は遊撃隊に指示を飛ばした。 「アインツ、左右の応援に回れ! 逃がすなよ!」 やや不満げな顔をしながらも、彼らは左右の通路へと散っていった。広場の端で展開していたハンスの斥候部隊がそこに合流し、混乱する敵兵を背後から冷酷に処理していく。


中央正面。そこにはもはや「戦闘」と呼べるものは存在しなかった。ただの「作業」だ。 「ふう」 俺は一息つき、血を払った。 ガーブは大刀の刃こぼれを確認し、なぜか「物足りない」と言わんばかりに不満げだ。ヤミルは血塗れのグレイヴを担ぎ、一人残ったホルツフェラーをニヤニヤと見つめている。ハンスは音もなく地に伏した敵の生死を確認し、クリスは最後に残った遊兵に止めの一矢を放った。


団員が増えたことで、戦いの質が劇的に向上したのを実感する。 死傷者を確認したが、幸いにして死者はゼロ。十数名が負傷したが、重傷者はいない。後方で待機していたマルコの訓練部隊やエマおばちゃんの給食隊が、速やかに負傷者を後送していく。 本来、俺とガーブで敵陣深くに突撃し、首を狩るのが俺たちの「戦場」だった。だが、組織として戦場を支配する術を、団員たちは見事に証明してみせた。


さて、始末をつけよう。 俺たちは、愕然と膝をつくホルツフェラーに歩み寄った。 「茶色の蛇傭兵団団長、ホルツフェラー」 「ぐっ……、あ、ああ……」 「あんたの負けだ。地獄で茶でも飲んでろ」 俺の「双刃」が、迷いなくその首を刎ね飛ばした。


「戦闘終了! 勝者、緋色の傭兵団!!」 裁定者、アドルフィーネ・ヴォルフハルトの朗々たる声が広場に響き渡った。 周囲の野次馬傭兵たちから、地鳴りのようなどよめきが沸き起こる。 「信じられねぇ……百二十人で、あの蛇の精鋭を含む三百人を殲滅しやがった」 「立ち上げて半年の独立系が、茶の剣のナンバー3を食ったぞ……」


俺は静かに納刀した。 「みんな、お疲れ様。帰るぞ」


イエーガーさんが指揮する狩人部隊や歩兵隊が、秩序を保ったまま下がっていく。 俺たちはアドルフィーネの元へ向かったが、ガーブが我慢できずに走り出す。 「アドルさん! 次は俺とやろう! 本気で!」 「ガーブ、やめろ」 俺は慌ててヤミルにガーブを引き剥がさせ、アドルフィーネに向き直った。 「ヴォルフハルト団長。裁定の役、感謝します。……あなたから見て、俺たちはアレク殿下のお眼鏡に適うでしょうか」


「それは私が決めることではない」アドルフィーネは不敵に笑った。「だが、個人的な感想を言わせてもらえば――流石は『戦場の天秤』。見事な采配であった。俺は満足したぞ」 彼女は部下から馬の手綱を受け取り、颯爽と走り去っていった。


________________________________________


その夜。拠点の食堂は、戦勝の熱気とエマおばちゃんの炊き出しの香りに包まれていた。 商人たちが供出してくれた酒が振る舞われ、住民たちも混じっての宴が盛り上がる中、俺たちは奥の小部屋で「感想戦」を行っていた。


団長ガーブ、ヤミル、ハンス、クリス、イエーガー、壱、弐、そしてオットー。 観戦していたオットーの客観的な指摘は、戦場の興奮で曇りがちな俺たちの視界を鋭く矯正していく。 「死者はなし。だが、歩兵部隊で重傷者が二名出ました。一命は取り留めましたが、傭兵を続けるのは無理でしょう」 オットーの言葉に、部屋の空気が一瞬沈む。だが、彼は容赦なくソロバンを弾いた。 「……ということで、今回の結論。『赤字』です」


「えぇっ!? 勝ったのに!?」 ガーブが叫ぶ。 「当たり前です! 勝利は最低条件。どれだけ低コストで最大の結果を出すかが『経営』なのです。宣戦布告の準備、武器の損耗、矢の消費、そしてこの宴会の費用……計算が合いませんよ、シン君」 俺は苦笑し、頭を下げた。 「オットーさんの言う通りです。今回は実力を示すためのデモンストレーション代として計上してください。これからは控えますから」


重傷を負った二人のための生活基盤をどう保証するか、それをオットーと話し合いながら、俺は宴の喧騒へと戻った。 俺たちは生き残った。そして、ゲルマニアの盤面を大きく揺り動かした。 その先に待つアレク・フォン・ミューラーの冷徹な碧眼を思い浮かべながら、俺はエールを一気に煽った。



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