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『緋色の傭兵団の物語』「ゲルマニア編」  作者: 嵗(sai)
第七部:盤上の真実と三つの極

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第七部 第3章:盤上の鏡像と同盟の真実

俺はアレク殿下がこれまでミューラー公国で断行してきた施策を、脳内で立体的な盤面へと組み上げていた。そして一つの結論に達する。


「殿下。あんたの戦い方は、正規軍で鉄壁の守りを固め、そこを支点として黒狼傭兵団という最強の矛で敵を粉砕する。極めて合理的だ」 俺は一呼吸置き、さらに踏み込む。


「だが、そこに欠けているものがある。それは、殿下の思考を共有し、独断で戦局を塗り替えられる『自律した遊撃隊』の不在だ。殿下、あんたは一人ですべてを差配しすぎている。一人の頭脳が同時に動かせる駒には限界があるはずだ」


アレク殿下の眉がわずかに動く。俺は確信を持って言葉を重ねた。


「黒狼傭兵団は正面戦線の中核であり、殿下の正規軍と双璧をなす要石かなめいしだ。彼らは手元から離すべきではない。だが、これからのゲルマニア統一戦は、既存の五色の傭兵群団との泥沼の抗争になる」 正規兵も経験を積み始めてはいるが、金と生存にのみ執着する傭兵特有の「薄汚く、かつ合理的な戦い方」に対応するには、まだ危うさがある。


「だからこそ、俺たち『緋色の傭兵団』に興味を持った。そうでしょう?」 俺はアレク殿下の碧眼を真っ直ぐに見据えた。 「俺はあんたを、『平和を望む人々を救う手立てを知る者』と認める。だからこそ、俺たちはあんたの道具ではなく、その理想を実現するための『力』そのものとなりたい。ゲルマニアの未来を共に切り開く、対等な同盟を提案する」


静寂が部屋を支配した。アレク殿下はしばらく何も言わず、ただ冷淡に俺を見つめていた。その瞳には、精密な演算装置が火花を散らしているかのような鋭さがあった。 やがて、殿下は短く鼻で笑った。 「……俺はお前が嫌いだ、シン。ふん、いわゆる同族嫌悪というやつだな」


心臓が跳ねた。勢いに任せて公主代行と同等の立場で喋りすぎたか。俺は思わず俯きかけたが、殿下の言葉は続いた。 「だが、お前の考えは理解した。俺もまた、内側からゲルマニアを腐敗させる傭兵や商人の支配を終わらせ、民の生活を守り抜く強力な統一国家を築きたいと考えている」


俺が顔を上げると、殿下は不敵な笑みを浮かべていた。 「いいだろう。同盟は結ぶ」 喜色を浮かべる俺を制するように、殿下の声が低くなる。


「だが、まだ実力を評価するには足りない。お前たちが、俺の盤上に乗るに相応しい怪物かどうか、証明してみせろ」 「……証明、ですか」


「旧帝都を囲んでいる茶の剣傭兵群団を蹴散らして見せろ。やり方は問わん。その結果で決めさせてもらう。対等の同盟者として迎えるか、あるいは俺の手足となるだけの駒として扱うかをな」


「分かった。勝って、また会いに来る。明日、旧帝都に戻る」 俺は力強く拳を握り、殿下のもとを去った。


________________________________________


部屋から立ち去ったシンの背中に、アレクは冷淡な眼差しを向けていた。ブランシュタインが音もなく近寄り、新たな茶を差し出す。


「殿下、よろしかったのですか? あの小僧に、そこまでの自由を与えて」 「構わぬさ。緋色の傭兵団がどんな戦いをするのか、見極める良い機会だ。俺が手渡した資料からあれだけの分析を引き出した知恵、そして『首狩りの女狼』という暴力をどう御すか……。“戦場の天秤”の実力、拝見させてもらう」


アレクは茶を一口飲み、視線を衝立ついたての奥へ向けた。 「ところで、いつまでそこに隠れているつもりだ? 出てきたらどうだ、アドル」 影が揺れ、黒狼傭兵団団長、アドルフィーネ・ヴォルフハルトがニヤニヤと笑いながら姿を現した。


「殿下、気づいていなければそのまま帰るつもりでしたよ。しかし、あの小僧……言いたい放題言って出ていきましたな」 「アドル、お前はどう思った」 「シンはあいつなりに、必死に食らいついてきましたな。同盟の成否は、明日以降の緋色の『勝ち方』次第でしょう」


「勝ち方……。勝つことは前提か?」 「はは、負けたら俺が奴の首を刎ねて、殿下の盤面を掃除してやりますよ」 アレクは無感情に頷いた。アドルがふと真面目な顔になり、問いかける。


「一つだけ。今は良いでしょうが、いつか殿下とシンの考えが分かたれた時、殿下はどうされます?」 「その時は、切る。それだけだ」 「結構。では、私も明日出発し、この目で顛末を確認してきましょう」 アドルが退出し、アレクは一人残された部屋で地図を見つめた。


「……それはお前も同じだぞ、アドル」 彼の呟きは、月明かりの差す冷徹な盤面へと吸い込まれていった。


________________________________________


翌早朝、俺たちは馬上にあった。 全身を包帯で巻かれていたガーブは、「食べたら治った」と豪語し、目を覆う包帯以外はすべて取り外していた。驚異的な回復力だ。 俺、ガーブ、ハンス、そしてイエーガーさんら騎馬隊を伴い、ケッセルブルグ城を後にした。


「ハンス、オットーさんからの定時連絡は?」 「大きな事件は起きていない。だが、旧帝都周辺の包囲網は確実に厚くなっているとのことだ」 「分かった。急ごう。戻ってすぐに仕掛ける」


強行軍の末、四日目にして俺たちは拠点の旧帝都へ帰り着いた。だが、街に近づくにつれ、殺気立った傭兵たちの視線が突き刺さるようになる。 先行して情報を集めていたハンスが、険しい顔で俺に耳打ちした。 「茶の剣傭兵群団から、実力四番手とされる『茶色の蛇傭兵団』が到着した。団員数は約三百」 その団長ホルツフェラーは、すでに旧帝都を包囲している分団から百名を選抜し、住民への嫌がらせや商人の通行妨害を激化させているという。


「……俺たちと住民の離反を狙っているのか。やり方が単純だな」 俺は一行を急がせながら、思考を戦闘モードへと切り替えた。 「帰ったらすぐに軍議を開く。主要メンバーを集めてくれ。それから、信頼できる住民と商人の代表にも声をかけろ」


茶色の蛇、ホルツフェラー。奴らには教え込んでやる必要がある。 これまでのゲルマニアで通用した「傭兵の好き勝手」が、この旧帝都ではもはや通用しないことを。 そして俺たちは、奴らのような寄生虫とは全く異なる、新しい「秩序」そのものであるということを。



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