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『緋色の傭兵団の物語』「ゲルマニア編」  作者: 嵗(sai)
第七部:盤上の真実と三つの極

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第七部 第2章:盤上の死角と三つ目の選択肢

「ゲルマニアはどうなる。各領主、ガウスの商人ども、ヴィットマン子爵はどう動く。……そして、お前はどうする」


アレク殿下の問いは、鋭い切っ先のように俺の喉元に突きつけられていた。俺は静かに目を閉じ、脳内の地図を再構築する。ここからが正念場だ。俺という人間が、単なる「戦場の駒」に過ぎないのか、それとも彼と共に「盤面を操る者」になり得るのか。


俺は目を開き、アレク殿下の碧眼を真っ直ぐに見つめ返した。殿下の表情には、揺るぎない自信が漲っている。彼は、自身が向かうべき「道」をもう決めているのだ。俺の言葉が、その未来と同じ方角を向いていることを願いながら、俺は口を開いた。


「――ゲルマニアは今、薄氷の上に立っています。周囲を囲む諸国、フランク王国、ノルマンディア、ゴート、デロス……彼らはゲルマニアが最も弱体化する瞬間を、飢えた獣のように見計らっている。特にフランク王国は平原続きで侵攻が容易だ。現在は凄惨な政争の最中にありますが、数年のうちにオルレアン伯爵勢が国をまとめ上げるでしょう。そうなれば、彼らは真っ先にこの肥沃な大地を奪いに来る。


四方から大軍が進められれば、小規模な領主たちが乱立し、内側から腐りかけたこの地は、抵抗する術もなく蹂躙され、分割占領されるでしょう。その時、各地の傭兵たちは戦いません。彼らは負け戦の泥舟には乗らない。むしろ、攻めてきた他国の陣営に、かつての雇い主の首を手土産に売り込む者さえ現れる。それが、金と生存にのみ忠実な『傭兵』という人種の合理だからです」


俺は地図上の特定地点を指差した。


「かろうじて自領を守り抜けるのは、ヴィットマン子爵領くらいでしょう。あの堅牢な山城と『鉄鋼兵』の防衛力があれば、生存は可能だ。しかし、彼らの力はいずれかの国に吸収される運命にある。ゲルマニア亡き後の『次の戦争』のために、どの強国もその矛と盾を欲しがるからです。ヴィットマン子爵の視線はあくまで自領の安堵に向いており、ゲルマニア全土の救済など端から眼中にない。


対して、ガウス自治領は動きません。フランクもノルマンディアも、彼らにとっては単なる『商売相手』に過ぎない。ゲルマニアが他国に分割統治されようと、物流さえ掌握していれば彼らは肥え太り続ける。むしろ、旧来の領主秩序が崩壊した方が商売がやりやすいと喜ぶ商家さえいるはずだ。もし自治領を攻める愚かな国が現れれば、彼らはブリタニア海軍を動かして各国のパワーバランスを操作するでしょう。彼らにとってゲルマニアの地は基盤であっても、固執すべき故郷ではない。戦争こそが、武器防具と糧食を売るための最大の商機であると、彼らは冷笑しながら嘯くでしょう」


そこまで一気に語り、俺は殿下を見た。


「アレク殿下、あなたの考えは……後で聞かせていただきたい。俺たち『緋色の傭兵団』は、かつて俺たちを使い捨てにし、仲間を皆殺しにしたオルレアン伯爵を討つためにゲルマニアへ来ました。正直に言えば、この地の情勢を甘く見ていた。元の考えのまま、ただ武力のみを蓄えていれば、いずれ俺たちも時代の濁流に飲み込まれ、伯爵の首を獲る前にどこかの勢力に取り込まれて終わっていたでしょう。


復讐を遂げて全滅するか、志を捨てて野垂れ死ぬか。二つに一つの選択肢しかないと思っていた」


「……それは嘘だな。今の貴様は、その二つを選ぼうとはしていない」


アレク殿下が冷徹に指摘する。俺は薄く笑った。


「ええ、下手な嘘でした。旧帝都に腰を落ち着けてしばらくは、手詰まりだと思っていました。だが、殿下と話し、その膨大な資料を見せてもらったことで、『三つ目の選択肢』に気づかされたのです。……立場は雲泥の差ですが、アレク殿下。あんたの手を取りたい。形式上、俺たちは殿下の下に付く。だが心は、対等な『同盟者』として組みたい」


「大きく出たな、シン。お前たちに、俺の盤上に乗るだけの価値があるというのか?」


部屋の空気が一気に重くなる。後ろに控えるブランシュタインさんの眼光も鋭さを増したが、俺は引き下がらない。


「それを証明してみせます。旧帝都へ戻り、あの包囲網を食い破ることで」


「なぜ、俺なのだ? 他の力ある領主でも良かったはずだ」


「……ほとんどの領主も、オルレアン伯爵も、ガウスの商人たちも、民を『食い物』にしか見ていない。だが殿下は、そうではないと確信したからです。


オルレアン伯爵領の惨状を俺は見てきました。庶民は重税に喘ぎ、税を払えぬ者は財産を奪われ、農奴へと叩き落とされる。親は子を売り、子は親を捨てる地獄です。逃げ出そうとしても、十人のうち九人は捕まって殺される。逃げ切った者の末路は盗賊か、良くて傭兵。それも、戦場で『肉壁』として使い潰されるだけの存在だ。


ここゲルマニアも、本質的には同じ状況にある。他国に切り取られれば、民の生活はさらに悲惨なものになるでしょう。……俺には、それを回避する高潔な手段は分かりません。俺たちは戦いしか知らない傭兵だ。旧帝都で孤児を預かったのも、本音を言えば自分たちの戦力を補充するためでしかない。


だが、戦い方を知らない、モノを作り、育て、平和を希求する人々を救う術――それを、アレク殿下、あんたは知っている。そして、実行できる力がある」


アレク殿下は無言のまま、先を促すように俺を見つめている。


「殿下は公主代行に就任するずっと前から、この国の『種植え』を始めていた。治水、衛生、産業の育成、食糧増産、公平な税制、そして腐敗した官僚の粛清……これらは一朝一夕で成せることではない。その芽吹いた成果が、今のミューラー公国だ。


そして何より、殿下は『民の安寧を守るには、圧倒的な武力が必要である』ことを誰よりも深く理解している。志願兵による正規軍を、重装騎兵、弓兵、斥候など多種多様な兵種(閃種)に分けて練り上げ、細作を放って情報を掌握し、さらには黒狼傭兵団という最大級の暴力を取り込んでみせた。


俺は、その冷徹なまでの『治政』を尊敬する。俺たちは、勝ってなんぼ、生き残ってなんぼの刹那的な世界に生きてきました。オルレアン伯爵を討てればそれでいいと思っていた。だが、旧帝都でそこに住む人々、守るべき弱者と接して気づいた。……ただ戦うだけでは、何も変わらない。誰かを守るために、この力を振るう必要があるのだと。


傭兵団の在り方を変えたい。戦場を食い物にする寄生虫から、搾取を行う選民どもを打ち倒す『力の具現』、あるいは新しき国家を支える軍の一翼へ。繰り返しますが、俺たちには戦う能しかありません。だが、戦うことで守れるもの、手に入れたい未来がある。……その未来の形が、アレク・フォン・ミューラー、あんたの描く盤面と同じであると信じて、俺たちはここにいます」


俺は深く頭を下げた。磁器のカップから立ち上る湯気が、二人の間の沈黙を静かに揺らしていた。



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