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『緋色の傭兵団の物語』「ゲルマニア編」  作者: 嵗(sai)
第六部:盤上の怪物と動かざる天秤

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第六部 第2章:静かなる盤上の支配者との邂逅

俺たちは、接見指定日の三日前にケッセルブルグ城へと到着した。先んじて地勢を把握し、主導権を握るための「早着」だったが、城門を仰ぎ見た瞬間にその目論見は瓦解した。


城の周囲には、すでにミューラー公国軍の正規兵が整然と展開しており、野営の煙があちこちから立ち上っている。さらにハンスの鋭い観察眼によれば、正規軍とは明らかに身のこなしが異なる「別の手練れ」――のちに判明する、黒の槍傭兵群団の頂点、黒狼傭兵団をも展開させていたのだ。


(アレク君、用意周到すぎるだろう……)


俺たちは門衛に誰何され、身分を明かして招聘状を提示した。武器を預けるよう命じられ、俺とガーブの二人だけが城の上階へと促される。ハンスやイエーガーさんたちは、一階の広間で正規兵に幾重にも囲まれ、留め置かれることになった。 当初の予定ではハンスに周囲を探らせるはずだったが、これでは身動き一つ取れない。俺は苦虫を噛み潰したような顔のハンスに「休んでいてくれ」と目配せし、階段を上がった。


三階の謁見室。従卒に促されて重厚な扉をくぐると、そこには豪華な円卓が置かれていた。壁際には八人の正規兵が彫像のように直立し、隙のない殺気を放っている。 円卓の正面、主座の後ろには一人の壮年の男が立っていたが、肝心の「主」の姿はない。ふと視線を転じると、窓際で独り、外の景色を眺めている少年がいた。


彼はクルリとこちらを向いた。 肩まで伸びる柔らかな金髪、すべてを見透かすような冷徹な碧眼。整った顔立ちは美形と呼ぶに相応しいが、その眼光には子供らしさなど微塵もなかった。身長は百六十センチほど。ミューラー公国・公主代行、アレク・フォン・ミューラーその人である。


「接見は三日後だったはずだ、緋色の傭兵団」 高く、しかし芯の通った声が部屋に響く。俺は即座に膝を突き、深々と頭を下げた。 「直答をお許しください。アレク・フォン・ミューラー殿下。ご尊顔を拝し恐悦至極。私は『緋色の傭兵団』副団長を務めますシン、そしてこちらは団長のガーベラでございます」


アレクは窓際を離れ、正面の席に腰を下ろした。


「形式的な挨拶は抜きにしましょう。座ってください。遠路はるばる、毒にもならぬ道をよく来た。茶を用意させる、楽にするがいい」 後ろに控えていた男――側近のブランシュタインが合図を出すと、従卒が茶を運んできた。まずアレクの前に、続いて俺たちの前に磁器のカップが置かれる。アレクは優雅な仕草で茶を一口啜った。


「どうした、茶は嫌いか?」 「え、いや……」俺が戸惑っていると、アレクはふっと不敵な笑みを漏らした。


「もういい。普通に喋れ、俺もそうする」 その瞬間、彼の言葉遣いから「貴族の鎧」が剥がれ落ちた。

「俺は十二歳まで市井で暮らしていたんだ。堅苦しいのは反吐が出る。ブランシュタインはうるさいがな」 背後で眉をひそめる側近を一瞥し、アレクはカップを置いた。


「分かった」 ガーブが即座に応じ、豪快に茶を煽る。「……う、苦い」 「はは、ガーベラ殿は茶が苦手か」 「アレク殿下? ガーブと呼んで」 「失礼、ガーブ殿」


俺は冷や汗を流しながら、この「怪物」との対話に神経を研ぎ澄ませた。さすがは公国御用達の茶だ、苦味の奥に深い芳醇さがある。だが、味を楽しむ余裕などない。

「殿下、では普通に話させていただきます。なぜ、我々を呼ばれたのですか?」 「んー、君たちに会ってみたくなった、というのは理由にならないか?」 「我々に興味があると?」 「そうだ」


アレクは再び茶を啜り、今度はソーサーに静かにカップを戻した。その碧眼が、獲物を見定めた。 「フランク王国から流れてきた、たった六人の傭兵。どの群団にも属さず、小規模な盗賊や傭兵団を屠り、さらには五十人規模の『鉄鎖傭兵団』を瞬殺した。その後、旧帝都を掌握し、わずか三ヶ月で百人規模まで膨れ上がらせた。今やゲルマニア中の群団が注目している『緋色の傭兵団』」


アレクはガーブを見つめた。 「その団長。『緋色の傭兵』、またの名を『首狩りの女狼』。ガーベラ殿」 ガーブの肩がピクリと跳ねる。 「そして団の知恵袋、参謀。『戦場の天秤』にして『双刃そうじん』。シン殿」 にっ、と無邪気な子供のようにアレクが笑った。 俺は飲んでいた茶を噴き出しそうになった。なぜ、俺たちの過去の、しかもあの屈辱的な敗北の中で付けられたはずの二つ名まで知っている。


「……その二つ名」 ガーブが地を這うような声で呟いた。 「ん?」 「その二つ名は嫌いです。名で、ガーブで呼んで」 「ああ、失礼した。『戦場でその名を呼ぶ者は還ってこない』……だったか。恐ろしい名だ、ガーブ殿」 「ぐぬぅ……」 ガーブが顔を真っ赤にして身悶えし始めた。彼女の忍耐が限界に近い。 「アレク殿下。ガーブをからかうのは止めてください。俺も、その名で呼ばれるのは本意ではありません」


「ははは! 失礼、ついな」 アレクは本当に楽しそうに笑った。だが、俺はその笑顔の裏側にある「精密な演算」を幻視して戦慄した。 今まで聞いてきた評判では、彼は冷徹で静謐な支配者だ。難局を予定調和のように捌き、世界を「解かれるのを待つ数式」として扱う男。その瞳に焦燥など映るはずもない。


(これも演技だとしたら……とてつもなく底の知れない化物だ)


アレクは急に笑いを収め、真剣な眼差しで俺を射抜いた。 「本題に入ろう、シン。君は、今のゲルマニアをどう思う?」 来た。ここからは言葉の戦場、言語戦だ。


「どう、とは?」 「質問を質問で返すか。君もゲルマニアに思うところがあって、あの泥沼のフランクからやって来たのだろう?」 「……その通りです。ですが先にアレク殿下。あなたのお考えを伺っても? 弱小傭兵団の意見など、殿下の盤面を汚すだけでしょう」 「なかなかに固い守りだ。いいだろう」 アレクは気分を害した様子もなく、背後の地図を指し示した。 「私が把握している、この『腐ったゲルマニア』の成り立ちから語ろうか」



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