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『緋色の傭兵団の物語』「ゲルマニア編」  作者: 嵗(sai)
第六部:盤上の怪物と動かざる天秤

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第六部 第1章:盤上の怪物と動かざる天秤

第六部:盤上の怪物と動かざる天秤


「最強の矛と不屈の狼。二人の怪物の邂逅が、ゲルマニアの運命を加速させる。」


アレク大公との緊迫した初会談、そして「黒狼」アドルフィーネとの凄絶な無手の決闘を経て、対等な「同盟」を勝ち取る物語の大きな山場です。


ミューラー公国、公主代行アレク・フォン・ミューラー。


若干十五歳。十二歳でその地位に就いてからの三年間、彼は周辺諸国の「子供に政治ができるものか」という侮りを見事なまでに、かつ冷徹に粉砕してきた。当初、弱体化したミューラー公国を獲る絶好の機会だと攻め入った軍を、彼はことごとく退けただけでなく、逆に攻め入り、周辺四領を統合。さらにこの半年でもう一領を加え、五つの領を平定した。特筆すべきは、その大半を「決定的な戦い」を避けたまま成し遂げたことだ。


その成果により、彼は「戦争と政治に長ける天才児」と称えられているが、アレクの真価はそれだけではない。政治面では、実父に代わり実権を握ろうとした叔父を退けて公国の意思を統一。公国民の税を一割下げ、商人たちに便宜を図り、租税を下げることで物流を爆発的に活性化させた。治水や流通網の整備に加え、鍛冶などの産業に自ら手を加えて新しい道具をいくつも発明し、庶民生活の安定と生産力の強化を同時に図ったのだ。


さらに防衛面では、志願兵を中心とした常備軍制度「国民皆兵」の元、正規兵の質を大幅に高めている。巷では、ゲルマニア傭兵の頂点の一角、黒色傭兵群団(黒狼傭兵団)との専属契約を結んだのではないかという噂さえ流れている。


「質実剛健」。 そんな言葉を地で行く国を、十五歳の少年が差配している。始めたのは十二歳。天才という言葉では足りない、本物の「怪物ばけもん」だ。


「おっと、思考の海に沈み込んでいる場合ではないな……」 俺は小さく首を振った。俺たちがゲルマニアに入った当初、最終的にはミューラー公国に渡りを付け、復讐のための助力を請うと宣言したが、俺の計算ではそれは二、三年先の話だった。まずは団員を五十人以上に増やし、相応の実績を積んでからと考えていたのだ。


もっとも、現在のように旧帝都の拠点をぐるりと敵対勢力(茶の剣傭兵群団など)に包囲されるような事態は、いかに俺の「計算」といえど想定外だったがな。 今はやれたこと、やれなかったことを顧みている場合じゃない。「今」を見据えて「次」にどう動くかを決めるべきだ。


俺は机の上に置かれた一通の文に視線を落とした。 『十日後、ケッセルブルグ城にて接見の場を設ける』


本当にアレク殿下は俺たちに会ってくれるらしい。……いかん、冷静になろう。殿下の思惑はなんだ? これは好機であると同時に、緋色の傭兵団にとって最大の危機でもある。何が殿下の琴線に触れたのか。あるいは単に、特異体を狩り、鉄鎖を瞬殺した「面白い奴」を検分してやろうという気まぐれか。


考えがまとまらず、俺は狭い部屋の中を右に左にと歩き回った。 そんな俺の姿を、開いた扉の影から覗いている者が二人いた。マルコとガーブだ。


「ガーブさん、シンさんはどうしたんでしょうか。あんなに落ち着きがないのは初めて見ます」 「んー、ぐちぐち悩んでるね。今は『ダメな方のシン』だわ」 「ヘー、ソーデスカ」


「ちょっと行ってくる」 ガーブはつかつかと部屋に入ってくると、思考の迷宮にいた俺の襟首を無造作に掴み、そのまま引きずり出した。 「おい、ガーブ! なんだ、どうした。今は大事な考え事をしてるんだ!」 「黙って来て」


連れて行かれた先は、活気あふれる訓練場だった。そこでは稽古を終えたアインツたち遊撃隊の面々が、へとへとになりながら水分補給をしていた。


「あれ? ガーブさんとシンさん?」 ガーブは答えず、壁に立てかけてあった二本の木剣を俺に放り投げた。そして自分も少し長めの一本を手にする。 「いや、ガーブ。今はこんなことをやっている時ではなくてな……!」


がきん! 俺は反射的に二本の木剣を交差させ、ガーブの一撃を防いでいた。十歩の距離を一瞬で詰める神速の一撃。俺の思考は強制的に、平穏から激動へと引き戻された。


がががん、ひゅん、しゃ! ガーブの猛攻が続く。上段、横殴り、突き、下からの切り上げ。俺は「双刃」の技術を総動員し、それらすべてを受け、躱し、流し、捌いてゆく。 「すげっ!」とドライデンが呟き、フィーアが息を呑んで見つめる中、俺たちは交差して再び対峙した。


「ん。温まってきた。次行くよ」 ガーブが地を蹴る。喉元への突きを半身で避け、回転して放たれた後ろ回し蹴りを受け流す。俺も反撃に転じ、左右の木剣を交互に振るうが、ガーブはそれをすべて紙一重で回避し、逆に俺の腕を掴んで投げ飛ばした。俺は空中で勢いを生かして着地したが、目の前には既にガーブの剣先があった。横に飛び、転がって距離を開ける。


ガーブは追撃せず、木剣を下ろした。 「シン、落ち着いた?」 「落ち着いたも何も……、死ぬかと思ったぞ」


「違う」 「何が?」 「部屋にいたシンはダメな時のシンだった。シンは止まってはダメ。悩んじゃダメ。」


ガーブが真っ直ぐに俺を見る。


「シンは動いている時が一番冴える。いっぱい考えて、溜めて、動いている時に、一番いい答えを出す。それが『いい時のシン』」 「……」 俺は手で顔を覆った。ちきしょう、こいつは俺のことをよく見ている。深呼吸を一つ。 「ああ。そうだな。ありがとうガーブ、さすが俺の相棒だ。目が覚めたよ」


俺は木剣を置き、自室へ戻った。迷いは消えた。 ガーブが少し耳を赤くしていたのを見逃したがな。彼女は俺を見送った後、アインツたちに向き直った。


「休憩終わり。続き、やるよ」 「うぉおい!」 悲鳴のような声が上がったが、その日の稽古はそれまで以上に激しいものとなったらしい。


数日後、俺は方針を固めた。


「俺と団長のガーブ、ハンス、そして機動力のためにイエーガーさんの狩人部隊から騎馬十名を連れてケッセルブルグ城に向かう」 「拠点はオットーさんに任せます。茶の剣の包囲網には十分注意を」


「はい、任されました。道中お気をつけて」


三日後、俺たちは馬を使って拠点を出発した。速度を重視したのは、周囲の雑多な敵対勢力に手を出す隙を与えないためだ。迅速に行動し、早めに目的地周辺の地勢を確認したかった。斥候のスペシャリストであるハンスを伴ったのも、正規軍の目を盗んで周囲を探らせるためだったのだが……。


甘かった。


俺たちは五日で目的地ケッセルブルグ城に到着した。会談指定の三日前だ。だが、その城の周囲は、既に完璧な布陣を敷いたミューラー公国軍によって固められていた。


「……来るのが早過ぎないか、アレク君!」


俺の計算を遥かに上回る速度。静かなる盤上の支配者は、俺たちが到着するよりずっと前に、この戦場の主導権を握っていた。



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