第五部 第3章:異分子の合流と「冒険者」の洗礼
旧帝都に拠点を構えて数ヶ月。組織の骨組みが整い始めた頃、俺たちの団に大きな変化が訪れた。二つの異なる集団が加わったのだ。戦力の底上げという意味では「即戦力」と言えるが、手放しで喜んでばかりもいられない事情があった。
一つは、東部森林地帯から流れてきた、二十名ほどの狩人中心の独立系傭兵団。団長はイエーガーという初老の男だ。 彼らはもともと「傭兵団」というより、特定の主君を持たず各地の村々を渡り歩く「雇われ狩人」の集団だった。害獣駆除や魔獣退治を専門としてきた彼らは、森林戦や追跡術、そして何より遠距離からの狙撃に長けていた。
聞けば、ヴィットマン子爵領で依頼を完遂した際、その腕前を子爵に気に入られ「配下になれ」と強要されたらしい。それを断って逃げ出したところ、今度は五色の傭兵群団にも目をつけられ、行き場を失って俺たちの噂を頼ってきたという。 実力を検分したが、その弓術は本物だった。最後に、団で一番の腕利きだというイエーガーの娘・マギーと、我が弓隊長のクリスが競ったところ、射程距離ではマギー、速射性能ではクリスが勝り、結果は引き分け。 「中長距離戦の幅が広がるし、何より彼らが狩ってくる獲物で食卓が豊かになる」という俺の判断に、食いしん坊のガーブは大賛成した。
もう一つは、妙な四人組だ。 アインツ、ツヴァイル、ドライデン、フィーアという三男一女の独立系グループ。彼らは俺たちの前に現れるなり、耳慣れない言葉を口にした。
「俺たちは傭兵じゃない。『冒険者』だ」
冒険者? 何だそれは。 彼らの説明によれば、ゲルマニアのさらに北、北方諸国領域の南端出身で、そこでは少人数のグループで困っている人を助け、遺跡を探検し、魔獣を退治して報酬を得る者をそう呼ぶらしい。
「正義のために戦うのが目的だ!」などと、泥沼のゲルマニアでは笑い種にしかならない世間知らずな理想を抜かしていた。 だが、彼らは自称「俺たち強ええ」と言うだけあって、道中で絡んできた二十〜三十人規模の傭兵集団を何度も退けてきたらしい。確かに、個々の装備や身のこなしには隙がなかった。
しかし、彼らはゲルマニアのルールを知らなかった。傭兵ギルド証も持たず、傭兵と同じような仕事をしていれば、既存の群団から睨まれるのは当然だ。各所でトラブルを起こし、ようやく自分たちの置かれた状況を把握した頃、俺たちの評判を耳にしたという。 そして、あろうことか「なら、俺たちがこの団を負かして、ここを乗っ取ればいいじゃないか!」と、エマおばちゃんが作った絶品の飯をモリモリと食いながら宣言したのだ。
「そうですか。分かりました。では、『宣戦布告』をしましょう」 俺はゲルマニアの鉄の掟である「宣戦布告」のルールを説明した。敗者は勝者に絶対服従し、その軍門に下る。 「乗った! すぐやろう!」 彼らは自信満々に答え、いま、拠点の訓練場にてガーブと対峙している。
フィーアという細剣を持つ娘が、不安げに口を開く。
「あの……、本当に四対一で良いのですか?」 準備運動を終えたガーブが、好戦的な笑みを浮かべて応える。 「いいよ。久しぶりに手応えのありそうな相手と『遊び』たかったからさ」
彼らは知らないのだ。目の前の「緋色の傭兵」ことガーベラが、かつてフランク王国の戦場で「首狩りの女狼」と恐れられた本物の化け物であることを。 審判はオットーさんが務める。互いに四十歩の距離。
「双方、よろしいですか? では……始め!」
合図と同時に四人が飛び出した。 アインツは片手剣と丸盾、ツヴァイルは両手剣、ドライデンは短槍、フィーアは細剣。それぞれが連携を意識した動きでガーブに迫る。 対するガーブは、愛用の大刀を右手に持ち、腰を低く据えたかと思うと——弾けた。
一足で十歩の距離を消し飛ばす圧倒的な瞬発力。
「がはぁっ!?」 最初にフィーアの腹部にガーブの蹴りが突き刺さった。彼女は声も出せずに後方へと吹っ飛んでいく。内臓を傷めないよう、威力を外側に逃がすガーブなりの手加減だ。 「え?」「何だ、この速さは!」 男たちが動揺する。だが、吹っ飛んだ仲間を見ている暇など戦場にはない。それは致命的な「油断」だ。
ガーブは大刀の峰でドライデンの足を払い、バランスを崩して仰向けに倒れた彼の腹部に、鋭い踵落としを見舞った。「ぐあっ!」ドライデンは白目を剥いて沈黙した。 残されたアインツとツヴァイルが慌てて飛び下がり、ガーブを睨みつける。
ガーブは大刀をだらりと下げ、首を傾げてぽつりと呟いた。
「……君たち、弱いね?」 その言葉に激昂したツヴァイルが、両手剣を力任せに振り下ろす。「舐めるなー!」 ガキィィィン! という金属音が響く。ガーブは片手で持った大刀でその一撃を容易く受け止め、鍔迫り合いに持ち込んだ。 ツヴァイルは顔を真っ赤にし、全身の体重をかけて押し込もうとするが、ガーブの腕は微塵も揺るがない。
その隙に、アインツがガーブの背後へと回り込む。だが、彼は武器を振るわない。 「どうして手を出さないの?」 ガーブが背後のアインツに問いかける。 「……それは卑怯じゃないか! 一対一で戦っている最中に後ろから斬るなんて!」
その答えを聞いた瞬間、ガーブは深い溜息をついた。 「はぁー……。君たち、弱い上に、本当の『戦場』を知らないんだね」 ガーブの左手が、ツヴァイルの腕を掴んだ。ミシリ、と骨が軋む音がする。「ぐうぅ!」骨が砕けんばかりの握力にツヴァイルの集中が途切れた。ガーブはその勢いを利用し、ツヴァイルの巨体を軽々と振り回してアインツへと投げつけた。
「うおっ、しまっ!」 降ってきた仲間に押し潰され、後ろに倒れ込むアインツ。その鼻先に、ガーブの大刀の鋭い剣先が突きつけられた。 アインツの頬を、一筋の冷や汗が流れる。
ガーブは感情の欠片もない冷たい声で告げた。 「君たち、それじゃ死ぬよ?」
「勝者、ガーブ!」 オットーさんの宣言が響く。 ガーブは興味を失ったように背を向け、大刀を納めて立ち去っていく。その背中を、アインツはただ呆然と見送るしかなかった。
「……ぐう、馬鹿力女め」 ツヴァイルが痛む腕をさすりながら悪態をつき、フィーアがよろよろと歩み寄る。
俺は彼らに歩み寄り、腰をかがめてアインツに視線を合わせた。
「アインツ。君たちは個人の技量なら確かに強い。だが……ガーブが言った通り、死線が日常である戦場には出たことがないんだろうね」 アインツが唾を飲み込む。
「あの人は……ガーブさんは、強すぎます……」 「強いよ。でも、今の君たちなら俺でも倒せる。なぜだか分かるか?」
アインツは答えない。俺は天を仰いでため息をついた。 技術はあっても、殺し合いの哲学がない。このゲルマニアの泥沼で彼らをどう「教育」し、俺の組織論における「手足」へと変えていくか。新たな課題に頭を抱えつつも、俺はこの異分子たちがもたらす可能性を計算し始めていた。




