第五部 第2章:廃都の深淵と再生の礎
旧帝都という巨大な廃墟を掌握するためには、光の当たる場所だけでなく、暗がりに巣食う住人たちをどう扱うかが鍵となる。どんなに寂れた町や村でも、裏社会の住人たちは必ず存在する。スリ、恐喝、強盗、密売、賭博、そして暗殺。彼らは放置すれば俺たちの活動を妨げる毒となるが、屈服させればこれ以上ない戦力、あるいは「目と耳」になると俺は考えた。
俺はハンスを呼び、冷徹に命じた。
「手間だが、殺さないで徹底的に屈服させてくれ。クズでも使わなきゃならない状況だ。誰がこの街を抑えているのかを身体に刻み込ませ、俺たちの軍門に下らせる。その上で『教育』するんだ」
ハンスは短く「分かった」とだけ答え、闇に消えた。それから六日間、旧帝都の裏路地では人知れず凄惨な「掃除」が行われていたらしい。六日目の朝、ふらりと戻ってきたハンスは「終わった。今晩面通しをするから一緒に来てくれ。寝る」とだけ言い残し、自室へ消えた。
その夜、俺はハンスとガーブを伴い、制圧された組織の根城へと足を踏み入れた。そこには四つの組織のボスらしき男たちと幹部、合わせて三十名ほどが整列して待っていた。俺たちが現れた瞬間、彼らは一斉に、かつ無言で深く頭を下げた。包帯を巻き、松葉杖をついている者が目立つ。 ハンスが静かに俺たちを紹介する。「団長と、団の『頭脳』だ。今日からお前たちはこの二人に絶対服従してもらう。いいな」
「「「「「へい! ボス!!」」」」」 張り詰めた声が響く。その恐怖に満ちた表情を見て、俺はハンスに耳打ちした。 (これ、どういう状況だ?) 「少しガーブに手伝ってもらった。彼女は笑いながら相手をしていたよ」 ハンスの答えに、俺は頬を引きつらせた。ガーブが笑顔で大刀を振り回し、次々と「教育」していく光景が容易に想像できたからだ。
「俺はシン。今日からお前たちは『緋色の傭兵団』に従ってもらう。反抗は一切許さない。今までの悪事は問わないが、今日以降は俺たちのルールに従え。いいな」 俺の宣言に対し、彼らはちぎれんばかりに首を縦に振った。
翌日、末端のチンピラを含めた百名以上の男たちを広場に集めた。俺の掲げる組織論において、彼らは「緋色の傭兵団」という巨大な個体を形作るための重要なパーツとなる。 まず基礎訓練を課した。走り込み、柔軟、武器の扱い。俺、ヤミル、ハンスが交代で指導に当たったが、ガーブだけは参加を止めた。彼女が「次は私!」と手を挙げた瞬間、新入りたちが青ざめて逃げ出そうとしたからだ。
次に、個々の素質を見極め、四つのグループに再編した。
戦闘部隊(手足):荒事に慣れた六十名をヤミルに預けた。個人戦闘だけでなく、軍隊としての集団戦闘術を徹底的に教え込ませる。
斥候・特務隊(目と耳):機転が利き、裏路地の地理に明るい二十名をクリスに預けた。情報収集や索敵、そしてクリス直伝の精密な技術を叩き込む。
兵站・交渉部隊(内臓):読み書き計算ができるインテリ崩れの二十名をオットーさんに預けた。団の運営資金の管理、調達、そして商人ギルドとの過酷な交渉術を学ばせる。
補給・給食隊:手先の器用な十名を、新たに加わったエマおばちゃんに預けた。
エマおばちゃんは、かつて旧市街で食堂を営んでいたが、俺たちが孤児を引き取ったと聞いて「男所帯でろくな飯も作れないだろ!」と強引に乗り込んできた傑物だ。「一人で百人以上の大所帯の飯が作れるか! 何人か寄こしな!」と怒鳴る彼女に、元チンピラたちを預けたわけだ。
最初は「飯作りなんて」と腐っていた連中も、エマおばちゃんの「黙ってやりな!」の一喝と、オットーさんの「食事は傭兵にとって最も重要な補給である」という理詰めの説得に屈した。 何より、エマおばちゃんの作る飯は最高に旨かった。特にガーブは「おばちゃん、おかわり!」と何杯も平らげ、元裏社会の面々も「旨い飯が食える」という一点で、組織への帰属意識を高めていった。組織運営の肝は胃袋を掴むこと――俺はこの時、その真理を痛感した。
組織が溜め込んでいた不正な資金はすべて没収し、オットーさんに預けて団の運営資金に回した。人が増えれば金がかかる。商業ギルドとの契約報酬が入るまでの当面の現金は、こうして確保された。 組織的な犯罪活動は止めさせたが、酒場と賭場だけは継続させた。ただし、ぼったくりやイカサマは厳禁だ。「不正をしたらガーブに遊んでもらう」という脅しは、どんな罰則よりも効果的だった。
一ヶ月も経つと、彼らは見違えるほどまともな動きをするようになった。まだ傭兵としては未熟だが、街の守衛としては十分通用するレベルだ。 また、彼らの過去を断ち切るため、俺はボスの名前を捨てさせ、新たに命名した。 「今日からお前は『壱』。次が『弐』、『参』、『肆』だ。文句はないな?」
かつて「憂国の傭兵団」にいた頃、不名誉なあだ名で呼ばれていた仲間たちを思い出し、俺はあえて数字で呼ぶことにした。これは冷遇ではなく、新たな人生の始まりだ。 特に『弐』は酒場と賭場の公正な運営を任されたが、報告のたびにオットーさんに算盤で叩かれていた。「計算間違い、モレ、ダブり。理屈が通っていませんよ」と理詰めで追い詰められる『弐』は、常に涙目だ。
『壱』はオットーさんに連れ回され、商人たちとのえげつない交渉現場を見せつけられていた。壱いわく「俺たち裏社会の人間すらやらないような、冷徹で合理的な取引だ」とのことだ。 そう、老獪な商人は暴力よりもずっと恐ろしい。それを身を以て学ぶことが、彼らがこの過酷なゲルマニアで「生き残る」ための唯一の道なのだ。
こうして、「緋色の傭兵団」は旧帝都の深淵を飲み込み、より強固な組織へと変貌を遂げていった。




