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『緋色の傭兵団の物語』「ゲルマニア編」  作者: 嵗(sai)
第四部:旧帝都再興編

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第四部 第5章:交錯する思惑と「怪物」の胎動

ガウス自治領、北外海に面した港街ゲルニーハーヘン。その港に近い歓楽街にある、自治領の大商人たちが商談にも用いる高級酒場。その二階、豪華な装飾が施された一室は、現在茶色のひぐま傭兵団、すなわち茶の剣傭兵群団の事実上の前線拠点となっていた。


「おい! どういうこった!」 怒声と共に、重厚なテーブルが叩かれる。


「はっ……。詳しくはまだ伝わっておりませんが、我が群団の傘下、鉄鎖傭兵団が完全に壊滅したとの噂が……」 報告に訪れた男の言葉が終わる前に、空の酒瓶がその頭上に振り下ろされた。


「ガチャン!」という乾いた音と共にガラスが砕け散り、残っていた酒が男の顔を伝い落ちる。


「てめぇ、俺によくそんなふざけた話を持ってこれたな? 七対五十三だぞ? 数十年の歴史を持つ鉄鎖が、たかだか数人の若造に全滅させられただと?」


茶の剣傭兵群団長、ヨハンが目を血走らせて睨みつける。 「……、既に現地に近い分団に調査に向かわせています。判明次第、直ちにご報告を」


「おせえんだよ!」 ヨハンは報告者を力任せに張り倒した。忌々しげに席へ戻ると、残った酒を喉に流し込む。 その向かい、窓際で外を眺めていた洒脱な風体の男が、静かに声をかけた。


「団長、そう怒りなさんな。こいつはわざわざ首を飛ばされる覚悟で、最悪の報告を持ってきたんだぜ。立派じゃないか」 「なんだと、ガルマン?」

「悪い報告をすれば半殺しに遭う。そんな状況で、首を縦に振るだけのイエスマンばかりになったら、茶の群団も終わりだぜ」


ヨハンは鼻を鳴らし、再び拳を握りしめた。 「茶135C分団といい、今回の鉄鎖といい、やってくれるじゃねえか。……『緋色の傭兵団』とか言ったか」


「まぁまぁ、そういきりなさんな。俺も配下の者を走らせる。まずは情報を揃えてからだ」


「おう。てめえも動いてくれるのか。助かるぜ。だがな、俺はそう気が長くねえんだよ。おい! 手の空いている分団をすべて集めろ! 緊急招集だ!」 ヨハンは部屋を飛び出し、廊下に怒声を響かせながら去っていった。


残された男は、一人静かに杯を弄ぶ。


(やれやれ、短気な性格には困ったものだ。下手に動けば他の軍団——黒、赤、青、黄も連鎖して動き出すというのに。それにしても『緋色の傭兵団』か。突然現れて盤上を引っ掻き回してくれる。団員は少ないが、特異体を狩り、五十人を瞬殺する精鋭ぞろいのようだな。……あいつを偵察に出すとしよう。他群団の動きも把握せねばな)


杯に映る月を見つめ、男は思考の海に沈んでいった。「七人の緋色が五十人の茶を潰した」という衝撃的な情報は、既にゲルマニアの裏社会を駆け巡っていた。


________________________________________


同時刻。ミューラー公国、首都レーベンヘルンのレーベンヘルン城。 「静かなる盤上の支配者」と呼ばれる若き公主代行、アレク・フォン・ミューラーの執務室。 膨大な書類と地図に囲まれた十五歳の少年の元へ、側近のブランシュタインが入室した。


「アレク殿下。恐縮ながら、ご報告がございます。お時間を頂戴したく」 アレクは顔も上げず、黙って手元の数値を追い続けている。


「……例の、新興の傭兵団についてですが。ご興味ございませんでしたか。それは残念です」 ブランシュタインが背を向けようとすると、ようやく冷徹な声が響いた。 「……聴こう」 アレクはペンを置き、椅子を回してブランシュタインに向き直った。


「例の傭兵団、『緋色の傭兵団』について三つの要点が上がっております。第一に、鉄鎖傭兵団との宣戦布告戦において圧倒的な勝利を収めたこと。第二に、神聖ロマヌス帝国の廃墟、旧帝都に拠点を築いたこと。そして第三に、彼らの来歴です」


「ふむ……。七対五十三で勝利か。個としての武勇は認めよう。だが人数が少なすぎる。……旧帝都に拠点? 賢明な判断だが、あそこはもはや死んだ街だ。スラムから団員を募るだと? 使える者が何人いるか。結局、フランク王国から逃げ出した敗残兵が、このゲルマニアで一旗揚げようというだけの話か」


アレクの評価は極めて低かった。彼は「統治の合理」に合致しない不確定要素を嫌う。


「使えんな」 アレクは手を振り、退室を促した。しかし、ブランシュタインは動かなかった。 「殿下。若葉の苗木を、ただの雑草と見間違えてはなりませぬぞ」


「……、何が言いたい?」 アレクの碧眼に、鋭い光が宿る。


「これは私見ですが……、彼らが茶の群団の傘下を壊滅させたことで、ゲルマニアの傭兵界隈に巨大な亀裂が走っております。茶のトップである『茶色の羆』が報復のために動き出し、それに呼応して黒、赤、青、黄の各群団も注視を始めた。群団未加入の独立傭兵団の中には、旧帝都を目指して合流を図る動きすらあります。……つまり、この『緋色』を中心に勢力図が塗り替わる可能性があるのです」


「ほう……」


「彼らは弱小ですが、地固めが異常に早い。旧帝都の建物を無償の拠点とし、商業ギルドと契約して治安維持の代価を得る。スラムの住民を吸収し、後衛や兵站、支援部隊といった『組織の骨組み』を真っ先に構築している。……これに即戦力の傭兵が加われば、一気に化けます」


ブランシュタインはさらに声を落とした。


「彼らはフランク王国での戦争において、オルレアン伯爵の計略で使い潰された傭兵の生き残りです。彼らの真の目的が何であるか……、気になりませんか? 将来、我が公国が西フランクへ軍を向ける際、最強の水先案内人、あるいは軍の一翼を担う存在になるやもしれません」


アレクは黙って壁に掲げられた地図を見つめた。 「……可能性、推測、かもしれない。随分と不確かな話だな、ブランシュタイン」


「恐れ入ります」 「褒めたわけではない。……だが」 アレクは自嘲気味に、わずかに口角を上げた。 「……まあ、今の俺自身も、可能性と推測の塊にすぎんか。……よし。会いに行くぞ。ブランシュタイン、支度を命じろ」


緋色の傭兵団が旧帝都で産声を上げてから数ヶ月。 後に「ゲルマニア統一戦争」と呼ばれることになる激動の歴史が、十五歳の天才児と、復讐に燃える一人の軍師の邂逅に向けて動き出した。


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